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メイジー・ルーベル

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「お話、は後で……お願いします」

俺の問いに振り返りもせずそう返した少女は、前方──銀狐を見据え、虚空に手を振りかざす。

刹那、光の粒子と共にその手に握られたのは、少女の身長程ある一振りの刺又。
 見惚れてしまう程に紅く、美しいのだが、何処か禍々しさを感じさせる、それ。

少女は刺又を片手で構え、突進してくる銀狐への迎撃体勢をとった。
 流石、速い。数十メートルを数秒で駆け、刺又へと肉薄した銀狐だが、少女は銀狐が刺又に当たろうかという寸前、下から大きく振り上げた。

その軌道は銀狐の胴体を音も無く切り裂き、虚空へと静止した──かと思えば。
 ビュッ! という風切り音と共に、数瞬の間に驚愕に目を見開いていた猪へと対峙した。

目の前で銀狐が一瞬にしてやられた事で気が動転していたのか。猪はそこから一歩も動く事なく心臓部分を貫かれ、同様に粒子になり霧散した。

その一連の流れに、少年は苦悶の声を上げた。
 少年の存在に気が付いたらしい目の前の少女は、僅かに興奮の色が混じった声色で告げる。

「そこの君。……そう、貴方。もっと、遊べるでしょ? 私をいっぱいいっぱい、楽しませてほしいなー」

その幼気な笑顔で獣らを慈悲も無く殺め、更には少年まで狙おうとした。
 ……この子、初対面でも分かる。戦闘に対して愉しみを持っている、『戦闘狂』だ──!

さっき戦闘不能状態に陥させたのは獣だったから良かったものの、今度は人間を襲う、だって? 
 流石にそれは看過出来ない。幾ら助けて貰ったといえど。
 だから、俺はこう言った。

「……君。もういいよ、ありがとう」

初対面だけれど。この少女の存在なんて微塵も知らないけれど。

「……ホントに? だってあの人たちは、悪い人なんでしょ?」

どんな人間であれ、地位も国籍も異なれど。

「悪くても、人は殺しちゃ──駄目だ」

人として誤った事は教えてはいけないと思った。


──お人好しねぇ。


何処かからそんな声が聞こえてきた気がするけれど、今すべき事は──

「……あれ?」

キョロキョロと周りを見渡し、公園全体を視界に捉える。
 だがそこには先程までいた筈の少年も、ドロシーも、アイリスもいなかった。
  少女は未だ刺又を手にしたままこっちに身体を向けると、

「どうしよう……追う?」

「い、いや……いいよ。問題ない──」 

「ちょっと君たち、何をしてるんだ!」

そこまで、言いかけた時だ。
 俺の耳に届いたのは、チリン、というベルの音と、野太い男の声。
 恐る恐るその音源へと顔を向ければ…………いた。お巡りさんが。

この状況を見られたら、俺はともかくとしてこの子が捕まる!
 瞬時にそう悟り、刺又を隠すように伝えた。
 物分りが良いとは言えないが、『自由を奪われる』と大袈裟に言ってみれば、渋々といった感じで手を振りかざして、それを消した。

「あ、何でもありませんよー。ちょっとお話してただけですから!」

「話してるのはいいが、さっさと家に帰れよー!」

そう言って去っていったお巡りさんを見て、俺は少女の手を取る。……この状況、暗闇が味方したな。危なかった。
 少女は俺が手を取った意味が分からなかったらしく暫くは頭上にクエスチョンマークを浮かべていたが、「家に帰るんだよ。君も一緒に」と説明したら、状況を理解してくれた様子。

……この子、何処から来たんだろうな。まさか、あの──小説からか?
 まぁ、何処から来たのか今は分からないとしても、

「夜道に女の子一人は危険だよなぁ……」

「……?」

これからどうするか。勢いで連れてきちゃったのは良いけど、この事を知ってそうなアイリスって子に会わなければ何も分からなそうだ。
 そんな思考を脳内に巡らせつつ、家路を辿っていったのだった。


゜・*:.。..。.:+・゜゜・*:.。..。.:+・゜


ガチャリ、という解錠音と共に扉が開かれる。 
 そのまま俺は中に入り、後に付いてきた少女をチラリと一瞥した。そして、こう思う。

──一人暮らしで良かった、と。

もしもここに両親がいたとなれば、この子の事を根掘り葉掘り聞かれ、彼女だとからかわれていた事だろう。一人暮らし万歳。

俺の家にいるというのにこの子は緊張するという様子もなく、寧ろ和気あいあい度が増したように思える。まるで幼児のようだ。
 今でもずっと俺の手握ってるもんね。自分から握ったとはいえ、こっちが緊張しちゃうよ。

そんな手繋ぎタイムも終えて、少女をリビングのソファーに座らせてやり、俺はずっと気になっていた事を問う。

「……君は一体、誰なんだい? 何処から来たの?」

質問攻めになって悪いと思いながらも聞いてしまう。
 そんな俺の問いに目の前の少女は暫し考えると、

「……メイジー・ルーベル、です。ジャーマニーという国の、とある村に住んでました。……あなたは?」

「如月蒼月だ」

簡潔に返し、脳内で思考を巡らせる。
 出身国は、ジャーマニー……ドイツか。それにしては日本語が上手いな。
 そして、メイジーという名前。
 それを聞いて、脳内に一つの結論が浮かんだ。

それはあの小説のタイトルである、ロートケプフェン。この子の正体は、赤ずきんちゃんではないのか?
 グリム童話でも赤ずきんちゃんはメイジーという名前だと記載されていたと記憶しているし、何よりドイツ住みだと言ったのが、大きな証拠。

一つ、違うところと言えば──

「グリム童話の赤ずきんちゃんは、刺又なんて持たないわな……」

そんな俺の呟きに答えるように、窓側から聞こえる筈のない声が聞こえた。

「それはグリム童話のお話。《幻想戯曲》は、原作とまた違うのよ」

「「──っ!?」」

突如かけられたその声に、俺たちは揃ってそちらを向く。
 聞き覚えのあったその声。手にしている弓。
 まさかとは思ったが、本当に来たとは。

「どうやって家が分かったんだ? アイリス……さん」

「尾行させてもらった。……んで、一々『さん』付けしなくていい。アイリス・クラリス──呼び捨てで構わないわ」

というか、と呆れ気味に付け加えたアイリスは、

「窓の鍵くらい閉めたらどう? 常人は普通は来ないとはいえ、こうやって私が入れてるんだから」

「……勝手に入る方も入る方だ。不法侵入で訴えるけれど?」

とまぁ、こんな冗談はさて置き。

「俺に何の用、アイリス?」

「勿論、あなたの《幻想戯曲》……ロートケプフェンよ。後、これ」

お構い無しに部屋に入ってきたアイリスが俺に向かって放り投げたのは、銀狐に引き裂かれ、ズタボロになった鞄。

「学校や警察に個人情報がバレたら困るでしょ? わざわざ私がついでとはいえ、持ってきてあげたのよ。感謝しなさい」

「うん、ありがとう。感謝する」

心が篭ってないなー、と呟きながらリビングへと侵入してくるアイリス。そのままソファーへと腰掛け、俺とメイジーを交互に見た。
 そして暫し考えるような仕草をすると、顔を上げてこう言った。

「……あなたが聞きたい事は山ほどあるだろうけど、今はこっちの事情に付き合ってもらうわ。早速本題に入るけど──」

といって視線を移した先は、俺が手にしているロートケプフェン。
 
「その本の最後のページを開いて、読み上げてみて。そうすれば、契約破棄されるから」

「……契約破棄?」

「ん、こっちの話よ。いいから読み上げなさい」

そう言われ、ロートケプフェン──その、最終ページを開く。
 アイリスが言うにはここの文章を読み上げればいいらしい、のだが。

「……何も書かれてないんだけれど」

「嘘でしょ。いいから早く」

「いや、だから……本当に何も書かれてないんだよ」

言い、ページをアイリスに見えるように掲げる。
 ここだけではなかった。パラパラと前の方まで捲ってみると、ストーリーの三分の二は白紙だ。 

「嘘おっしゃい。《幻想戯曲》の中身は契約者以外には見えないといっても、未完で終わってる事は有り得ないのよ。少なくとも、私の知っている《幻想戯曲》は全て完結してる」

「というか、さっきから言ってる《幻想戯曲》って何なんだ?」

「……召喚型魔導書グリモワールよ。魔導書の存在は知ってるでしょ? ソロモンの鍵とか、ネクロノミコンとか」

怪訝そうな顔をする俺にアイリスは「風穴空けるわよ」と脅した後、こう言ってきた。

「この本を少なからず読んだのなら。あなたの疑問の一つ、この子の正体は分かっている筈でしょうけれど?」  

「…………あぁ」

あぁ、それはほぼ分かっている。確信が持てないだけだが、確信に限りなく近い仮定だ。俺の中では。
 何せ、メイジーが発している全ての情報が、小説の中の想像していた少女と瓜二つだったのだから。

「《幻想戯曲》というのは、世界各地に散らばっているのね。それは未発見のモノから、厳重に管理されているモノまで千差満別。その《幻想戯曲》を管理している人間が、《幻想司書》っていうの。私もその一人ね」

そう語るアイリスの瞳は、嘘を吹聴しているようには思えない。 
 俺自身も、嘘だと思えなくなってきた。にわかには信じ難いとはいえ、こうして見てしまったんだから。
 これをいとも簡単に信じられるという事自体、ラノベの読み過ぎかもな。

「そんな私たち幻想司書の意は、ただ一つ。《幻想戯曲》の存在を秘匿し続ける事よ。その為に全国各地に図書館を建てて、その度に、厳重に管理を頼んだの」

まぁ、その為には、と付け加えたアイリス。

「各国の議員や、防衛大臣なんかを抱き込んだりしたけどね。弱みを握って」

「……黒いな。幻想司書」

「仕方ないでしょ。この存在が公になったら、魔術や魔法の存在を証明する事になっちゃうじゃない。それは文明や次元を変えてしまう程の出来事。そのリスクは大きすぎる」

アイリスの言いたい事はだいたい分かった。
 《幻想戯曲》が世界に浸透する事が、安寧を齎すか否かは抜きとして、問題はそこじゃない。
 彼女等が危険視しているのは、世界文明の劇的な変化だろう。

「《幻想戯曲》は基本的にその人の魔力量によって、扱える幅が広がるの。それは《幻想司書》の中でも明確に区別されてる。本来それを扱えるのは《幻想司書》だけなんだけれど、私たちは極稀に一般の人間にも《幻想戯曲》を与えてるのよ」

「一般、って……良いのか?」

「その存在を秘匿し続ける事と、対象の魔力量を調べてから界隈で談義して決めるの。破った場合には、それに関しての記憶は全て消えるよう契約してあるから、情報漏洩は心配ないかな」

「とすると、アイリスのその弓は《幻想戯曲》によるモノか。あの、異質な軌道を辿った弓矢も」

「そう。《幻想戯曲》は召喚型魔導書っていったけど、二パターンあるのよ。人間や魔物を召喚する『従魔しえき型』と、武器を召喚する『装備型』がね。そんで──」

……アイリスを長い説明を要約すると、

「《幻想戯曲》には二パターンあり、それぞれ『従魔型』と『装備型』がある。前者は作中のキャラクターとの契約を結ぶ事で出来る。後者は作中に登場した武器を装備する事で、それと同等の力を持てる──と」

そういう事らしい。小難しいな。

この後もアイリスによる説明──俺を襲った少年や、アイリスがここに来た経緯を教えてもらったが、そこはあとで要約してもう一度頭の中で整理する事にしよう。 
 

~to be continued.
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