3 / 5
メイジー・ルーベル
しおりを挟む
「お話、は後で……お願いします」
俺の問いに振り返りもせずそう返した少女は、前方──銀狐を見据え、虚空に手を振りかざす。
刹那、光の粒子と共にその手に握られたのは、少女の身長程ある一振りの刺又。
見惚れてしまう程に紅く、美しいのだが、何処か禍々しさを感じさせる、それ。
少女は刺又を片手で構え、突進してくる銀狐への迎撃体勢をとった。
流石、速い。数十メートルを数秒で駆け、刺又へと肉薄した銀狐だが、少女は銀狐が刺又に当たろうかという寸前、下から大きく振り上げた。
その軌道は銀狐の胴体を音も無く切り裂き、虚空へと静止した──かと思えば。
ビュッ! という風切り音と共に、数瞬の間に驚愕に目を見開いていた猪へと対峙した。
目の前で銀狐が一瞬にしてやられた事で気が動転していたのか。猪はそこから一歩も動く事なく心臓部分を貫かれ、同様に粒子になり霧散した。
その一連の流れに、少年は苦悶の声を上げた。
少年の存在に気が付いたらしい目の前の少女は、僅かに興奮の色が混じった声色で告げる。
「そこの君。……そう、貴方。もっと、遊べるでしょ? 私をいっぱいいっぱい、楽しませてほしいなー」
その幼気な笑顔で獣らを慈悲も無く殺め、更には少年まで狙おうとした。
……この子、初対面でも分かる。戦闘に対して愉しみを持っている、『戦闘狂』だ──!
さっき戦闘不能状態に陥させたのは獣だったから良かったものの、今度は人間を襲う、だって?
流石にそれは看過出来ない。幾ら助けて貰ったといえど。
だから、俺はこう言った。
「……君。もういいよ、ありがとう」
初対面だけれど。この少女の存在なんて微塵も知らないけれど。
「……ホントに? だってあの人たちは、悪い人なんでしょ?」
どんな人間であれ、地位も国籍も異なれど。
「悪くても、人は殺しちゃ──駄目だ」
人として誤った事は教えてはいけないと思った。
──お人好しねぇ。
何処かからそんな声が聞こえてきた気がするけれど、今すべき事は──
「……あれ?」
キョロキョロと周りを見渡し、公園全体を視界に捉える。
だがそこには先程までいた筈の少年も、ドロシーも、アイリスもいなかった。
少女は未だ刺又を手にしたままこっちに身体を向けると、
「どうしよう……追う?」
「い、いや……いいよ。問題ない──」
「ちょっと君たち、何をしてるんだ!」
そこまで、言いかけた時だ。
俺の耳に届いたのは、チリン、というベルの音と、野太い男の声。
恐る恐るその音源へと顔を向ければ…………いた。お巡りさんが。
この状況を見られたら、俺はともかくとしてこの子が捕まる!
瞬時にそう悟り、刺又を隠すように伝えた。
物分りが良いとは言えないが、『自由を奪われる』と大袈裟に言ってみれば、渋々といった感じで手を振りかざして、それを消した。
「あ、何でもありませんよー。ちょっとお話してただけですから!」
「話してるのはいいが、さっさと家に帰れよー!」
そう言って去っていったお巡りさんを見て、俺は少女の手を取る。……この状況、暗闇が味方したな。危なかった。
少女は俺が手を取った意味が分からなかったらしく暫くは頭上にクエスチョンマークを浮かべていたが、「家に帰るんだよ。君も一緒に」と説明したら、状況を理解してくれた様子。
……この子、何処から来たんだろうな。まさか、あの──小説からか?
まぁ、何処から来たのか今は分からないとしても、
「夜道に女の子一人は危険だよなぁ……」
「……?」
これからどうするか。勢いで連れてきちゃったのは良いけど、この事を知ってそうなアイリスって子に会わなければ何も分からなそうだ。
そんな思考を脳内に巡らせつつ、家路を辿っていったのだった。
゜・*:.。..。.:+・゜゜・*:.。..。.:+・゜
ガチャリ、という解錠音と共に扉が開かれる。
そのまま俺は中に入り、後に付いてきた少女をチラリと一瞥した。そして、こう思う。
──一人暮らしで良かった、と。
もしもここに両親がいたとなれば、この子の事を根掘り葉掘り聞かれ、彼女だとからかわれていた事だろう。一人暮らし万歳。
俺の家にいるというのにこの子は緊張するという様子もなく、寧ろ和気あいあい度が増したように思える。まるで幼児のようだ。
今でもずっと俺の手握ってるもんね。自分から握ったとはいえ、こっちが緊張しちゃうよ。
そんな手繋ぎタイムも終えて、少女をリビングのソファーに座らせてやり、俺はずっと気になっていた事を問う。
「……君は一体、誰なんだい? 何処から来たの?」
質問攻めになって悪いと思いながらも聞いてしまう。
そんな俺の問いに目の前の少女は暫し考えると、
「……メイジー・ルーベル、です。ジャーマニーという国の、とある村に住んでました。……あなたは?」
「如月蒼月だ」
簡潔に返し、脳内で思考を巡らせる。
出身国は、ジャーマニー……ドイツか。それにしては日本語が上手いな。
そして、メイジーという名前。
それを聞いて、脳内に一つの結論が浮かんだ。
それはあの小説のタイトルである、ロートケプフェン。この子の正体は、赤ずきんちゃんではないのか?
グリム童話でも赤ずきんちゃんはメイジーという名前だと記載されていたと記憶しているし、何よりドイツ住みだと言ったのが、大きな証拠。
一つ、違うところと言えば──
「グリム童話の赤ずきんちゃんは、刺又なんて持たないわな……」
そんな俺の呟きに答えるように、窓側から聞こえる筈のない声が聞こえた。
「それはグリム童話のお話。《幻想戯曲》は、原作とまた違うのよ」
「「──っ!?」」
突如かけられたその声に、俺たちは揃ってそちらを向く。
聞き覚えのあったその声。手にしている弓。
まさかとは思ったが、本当に来たとは。
「どうやって家が分かったんだ? アイリス……さん」
「尾行させてもらった。……んで、一々『さん』付けしなくていい。アイリス・クラリス──呼び捨てで構わないわ」
というか、と呆れ気味に付け加えたアイリスは、
「窓の鍵くらい閉めたらどう? 常人は普通は来ないとはいえ、こうやって私が入れてるんだから」
「……勝手に入る方も入る方だ。不法侵入で訴えるけれど?」
とまぁ、こんな冗談はさて置き。
「俺に何の用、アイリス?」
「勿論、あなたの《幻想戯曲》……ロートケプフェンよ。後、これ」
お構い無しに部屋に入ってきたアイリスが俺に向かって放り投げたのは、銀狐に引き裂かれ、ズタボロになった鞄。
「学校や警察に個人情報がバレたら困るでしょ? わざわざ私がついでとはいえ、持ってきてあげたのよ。感謝しなさい」
「うん、ありがとう。感謝する」
心が篭ってないなー、と呟きながらリビングへと侵入してくるアイリス。そのままソファーへと腰掛け、俺とメイジーを交互に見た。
そして暫し考えるような仕草をすると、顔を上げてこう言った。
「……あなたが聞きたい事は山ほどあるだろうけど、今はこっちの事情に付き合ってもらうわ。早速本題に入るけど──」
といって視線を移した先は、俺が手にしているロートケプフェン。
「その本の最後のページを開いて、読み上げてみて。そうすれば、契約破棄されるから」
「……契約破棄?」
「ん、こっちの話よ。いいから読み上げなさい」
そう言われ、ロートケプフェン──その、最終ページを開く。
アイリスが言うにはここの文章を読み上げればいいらしい、のだが。
「……何も書かれてないんだけれど」
「嘘でしょ。いいから早く」
「いや、だから……本当に何も書かれてないんだよ」
言い、ページをアイリスに見えるように掲げる。
ここだけではなかった。パラパラと前の方まで捲ってみると、ストーリーの三分の二は白紙だ。
「嘘おっしゃい。《幻想戯曲》の中身は契約者以外には見えないといっても、未完で終わってる事は有り得ないのよ。少なくとも、私の知っている《幻想戯曲》は全て完結してる」
「というか、さっきから言ってる《幻想戯曲》って何なんだ?」
「……召喚型魔導書よ。魔導書の存在は知ってるでしょ? ソロモンの鍵とか、ネクロノミコンとか」
怪訝そうな顔をする俺にアイリスは「風穴空けるわよ」と脅した後、こう言ってきた。
「この本を少なからず読んだのなら。あなたの疑問の一つ、この子の正体は分かっている筈でしょうけれど?」
「…………あぁ」
あぁ、それはほぼ分かっている。確信が持てないだけだが、確信に限りなく近い仮定だ。俺の中では。
何せ、メイジーが発している全ての情報が、小説の中の想像していた少女と瓜二つだったのだから。
「《幻想戯曲》というのは、世界各地に散らばっているのね。それは未発見のモノから、厳重に管理されているモノまで千差満別。その《幻想戯曲》を管理している人間が、《幻想司書》っていうの。私もその一人ね」
そう語るアイリスの瞳は、嘘を吹聴しているようには思えない。
俺自身も、嘘だと思えなくなってきた。にわかには信じ難いとはいえ、こうして見てしまったんだから。
これをいとも簡単に信じられるという事自体、ラノベの読み過ぎかもな。
「そんな私たちの意は、ただ一つ。《幻想戯曲》の存在を秘匿し続ける事よ。その為に全国各地に図書館を建てて、その度に、厳重に管理を頼んだの」
まぁ、その為には、と付け加えたアイリス。
「各国の議員や、防衛大臣なんかを抱き込んだりしたけどね。弱みを握って」
「……黒いな。幻想司書」
「仕方ないでしょ。この存在が公になったら、魔術や魔法の存在を証明する事になっちゃうじゃない。それは文明や次元を変えてしまう程の出来事。そのリスクは大きすぎる」
アイリスの言いたい事はだいたい分かった。
《幻想戯曲》が世界に浸透する事が、安寧を齎すか否かは抜きとして、問題はそこじゃない。
彼女等が危険視しているのは、世界文明の劇的な変化だろう。
「《幻想戯曲》は基本的にその人の魔力量によって、扱える幅が広がるの。それは《幻想司書》の中でも明確に区別されてる。本来それを扱えるのは《幻想司書》だけなんだけれど、私たちは極稀に一般の人間にも《幻想戯曲》を与えてるのよ」
「一般、って……良いのか?」
「その存在を秘匿し続ける事と、対象の魔力量を調べてから界隈で談義して決めるの。破った場合には、それに関しての記憶は全て消えるよう契約してあるから、情報漏洩は心配ないかな」
「とすると、アイリスのその弓は《幻想戯曲》によるモノか。あの、異質な軌道を辿った弓矢も」
「そう。《幻想戯曲》は召喚型魔導書っていったけど、二パターンあるのよ。人間や魔物を召喚する『従魔型』と、武器を召喚する『装備型』がね。そんで──」
……アイリスを長い説明を要約すると、
「《幻想戯曲》には二パターンあり、それぞれ『従魔型』と『装備型』がある。前者は作中のキャラクターとの契約を結ぶ事で出来る。後者は作中に登場した武器を装備する事で、それと同等の力を持てる──と」
そういう事らしい。小難しいな。
この後もアイリスによる説明──俺を襲った少年や、アイリスがここに来た経緯を教えてもらったが、そこはあとで要約してもう一度頭の中で整理する事にしよう。
~to be continued.
俺の問いに振り返りもせずそう返した少女は、前方──銀狐を見据え、虚空に手を振りかざす。
刹那、光の粒子と共にその手に握られたのは、少女の身長程ある一振りの刺又。
見惚れてしまう程に紅く、美しいのだが、何処か禍々しさを感じさせる、それ。
少女は刺又を片手で構え、突進してくる銀狐への迎撃体勢をとった。
流石、速い。数十メートルを数秒で駆け、刺又へと肉薄した銀狐だが、少女は銀狐が刺又に当たろうかという寸前、下から大きく振り上げた。
その軌道は銀狐の胴体を音も無く切り裂き、虚空へと静止した──かと思えば。
ビュッ! という風切り音と共に、数瞬の間に驚愕に目を見開いていた猪へと対峙した。
目の前で銀狐が一瞬にしてやられた事で気が動転していたのか。猪はそこから一歩も動く事なく心臓部分を貫かれ、同様に粒子になり霧散した。
その一連の流れに、少年は苦悶の声を上げた。
少年の存在に気が付いたらしい目の前の少女は、僅かに興奮の色が混じった声色で告げる。
「そこの君。……そう、貴方。もっと、遊べるでしょ? 私をいっぱいいっぱい、楽しませてほしいなー」
その幼気な笑顔で獣らを慈悲も無く殺め、更には少年まで狙おうとした。
……この子、初対面でも分かる。戦闘に対して愉しみを持っている、『戦闘狂』だ──!
さっき戦闘不能状態に陥させたのは獣だったから良かったものの、今度は人間を襲う、だって?
流石にそれは看過出来ない。幾ら助けて貰ったといえど。
だから、俺はこう言った。
「……君。もういいよ、ありがとう」
初対面だけれど。この少女の存在なんて微塵も知らないけれど。
「……ホントに? だってあの人たちは、悪い人なんでしょ?」
どんな人間であれ、地位も国籍も異なれど。
「悪くても、人は殺しちゃ──駄目だ」
人として誤った事は教えてはいけないと思った。
──お人好しねぇ。
何処かからそんな声が聞こえてきた気がするけれど、今すべき事は──
「……あれ?」
キョロキョロと周りを見渡し、公園全体を視界に捉える。
だがそこには先程までいた筈の少年も、ドロシーも、アイリスもいなかった。
少女は未だ刺又を手にしたままこっちに身体を向けると、
「どうしよう……追う?」
「い、いや……いいよ。問題ない──」
「ちょっと君たち、何をしてるんだ!」
そこまで、言いかけた時だ。
俺の耳に届いたのは、チリン、というベルの音と、野太い男の声。
恐る恐るその音源へと顔を向ければ…………いた。お巡りさんが。
この状況を見られたら、俺はともかくとしてこの子が捕まる!
瞬時にそう悟り、刺又を隠すように伝えた。
物分りが良いとは言えないが、『自由を奪われる』と大袈裟に言ってみれば、渋々といった感じで手を振りかざして、それを消した。
「あ、何でもありませんよー。ちょっとお話してただけですから!」
「話してるのはいいが、さっさと家に帰れよー!」
そう言って去っていったお巡りさんを見て、俺は少女の手を取る。……この状況、暗闇が味方したな。危なかった。
少女は俺が手を取った意味が分からなかったらしく暫くは頭上にクエスチョンマークを浮かべていたが、「家に帰るんだよ。君も一緒に」と説明したら、状況を理解してくれた様子。
……この子、何処から来たんだろうな。まさか、あの──小説からか?
まぁ、何処から来たのか今は分からないとしても、
「夜道に女の子一人は危険だよなぁ……」
「……?」
これからどうするか。勢いで連れてきちゃったのは良いけど、この事を知ってそうなアイリスって子に会わなければ何も分からなそうだ。
そんな思考を脳内に巡らせつつ、家路を辿っていったのだった。
゜・*:.。..。.:+・゜゜・*:.。..。.:+・゜
ガチャリ、という解錠音と共に扉が開かれる。
そのまま俺は中に入り、後に付いてきた少女をチラリと一瞥した。そして、こう思う。
──一人暮らしで良かった、と。
もしもここに両親がいたとなれば、この子の事を根掘り葉掘り聞かれ、彼女だとからかわれていた事だろう。一人暮らし万歳。
俺の家にいるというのにこの子は緊張するという様子もなく、寧ろ和気あいあい度が増したように思える。まるで幼児のようだ。
今でもずっと俺の手握ってるもんね。自分から握ったとはいえ、こっちが緊張しちゃうよ。
そんな手繋ぎタイムも終えて、少女をリビングのソファーに座らせてやり、俺はずっと気になっていた事を問う。
「……君は一体、誰なんだい? 何処から来たの?」
質問攻めになって悪いと思いながらも聞いてしまう。
そんな俺の問いに目の前の少女は暫し考えると、
「……メイジー・ルーベル、です。ジャーマニーという国の、とある村に住んでました。……あなたは?」
「如月蒼月だ」
簡潔に返し、脳内で思考を巡らせる。
出身国は、ジャーマニー……ドイツか。それにしては日本語が上手いな。
そして、メイジーという名前。
それを聞いて、脳内に一つの結論が浮かんだ。
それはあの小説のタイトルである、ロートケプフェン。この子の正体は、赤ずきんちゃんではないのか?
グリム童話でも赤ずきんちゃんはメイジーという名前だと記載されていたと記憶しているし、何よりドイツ住みだと言ったのが、大きな証拠。
一つ、違うところと言えば──
「グリム童話の赤ずきんちゃんは、刺又なんて持たないわな……」
そんな俺の呟きに答えるように、窓側から聞こえる筈のない声が聞こえた。
「それはグリム童話のお話。《幻想戯曲》は、原作とまた違うのよ」
「「──っ!?」」
突如かけられたその声に、俺たちは揃ってそちらを向く。
聞き覚えのあったその声。手にしている弓。
まさかとは思ったが、本当に来たとは。
「どうやって家が分かったんだ? アイリス……さん」
「尾行させてもらった。……んで、一々『さん』付けしなくていい。アイリス・クラリス──呼び捨てで構わないわ」
というか、と呆れ気味に付け加えたアイリスは、
「窓の鍵くらい閉めたらどう? 常人は普通は来ないとはいえ、こうやって私が入れてるんだから」
「……勝手に入る方も入る方だ。不法侵入で訴えるけれど?」
とまぁ、こんな冗談はさて置き。
「俺に何の用、アイリス?」
「勿論、あなたの《幻想戯曲》……ロートケプフェンよ。後、これ」
お構い無しに部屋に入ってきたアイリスが俺に向かって放り投げたのは、銀狐に引き裂かれ、ズタボロになった鞄。
「学校や警察に個人情報がバレたら困るでしょ? わざわざ私がついでとはいえ、持ってきてあげたのよ。感謝しなさい」
「うん、ありがとう。感謝する」
心が篭ってないなー、と呟きながらリビングへと侵入してくるアイリス。そのままソファーへと腰掛け、俺とメイジーを交互に見た。
そして暫し考えるような仕草をすると、顔を上げてこう言った。
「……あなたが聞きたい事は山ほどあるだろうけど、今はこっちの事情に付き合ってもらうわ。早速本題に入るけど──」
といって視線を移した先は、俺が手にしているロートケプフェン。
「その本の最後のページを開いて、読み上げてみて。そうすれば、契約破棄されるから」
「……契約破棄?」
「ん、こっちの話よ。いいから読み上げなさい」
そう言われ、ロートケプフェン──その、最終ページを開く。
アイリスが言うにはここの文章を読み上げればいいらしい、のだが。
「……何も書かれてないんだけれど」
「嘘でしょ。いいから早く」
「いや、だから……本当に何も書かれてないんだよ」
言い、ページをアイリスに見えるように掲げる。
ここだけではなかった。パラパラと前の方まで捲ってみると、ストーリーの三分の二は白紙だ。
「嘘おっしゃい。《幻想戯曲》の中身は契約者以外には見えないといっても、未完で終わってる事は有り得ないのよ。少なくとも、私の知っている《幻想戯曲》は全て完結してる」
「というか、さっきから言ってる《幻想戯曲》って何なんだ?」
「……召喚型魔導書よ。魔導書の存在は知ってるでしょ? ソロモンの鍵とか、ネクロノミコンとか」
怪訝そうな顔をする俺にアイリスは「風穴空けるわよ」と脅した後、こう言ってきた。
「この本を少なからず読んだのなら。あなたの疑問の一つ、この子の正体は分かっている筈でしょうけれど?」
「…………あぁ」
あぁ、それはほぼ分かっている。確信が持てないだけだが、確信に限りなく近い仮定だ。俺の中では。
何せ、メイジーが発している全ての情報が、小説の中の想像していた少女と瓜二つだったのだから。
「《幻想戯曲》というのは、世界各地に散らばっているのね。それは未発見のモノから、厳重に管理されているモノまで千差満別。その《幻想戯曲》を管理している人間が、《幻想司書》っていうの。私もその一人ね」
そう語るアイリスの瞳は、嘘を吹聴しているようには思えない。
俺自身も、嘘だと思えなくなってきた。にわかには信じ難いとはいえ、こうして見てしまったんだから。
これをいとも簡単に信じられるという事自体、ラノベの読み過ぎかもな。
「そんな私たちの意は、ただ一つ。《幻想戯曲》の存在を秘匿し続ける事よ。その為に全国各地に図書館を建てて、その度に、厳重に管理を頼んだの」
まぁ、その為には、と付け加えたアイリス。
「各国の議員や、防衛大臣なんかを抱き込んだりしたけどね。弱みを握って」
「……黒いな。幻想司書」
「仕方ないでしょ。この存在が公になったら、魔術や魔法の存在を証明する事になっちゃうじゃない。それは文明や次元を変えてしまう程の出来事。そのリスクは大きすぎる」
アイリスの言いたい事はだいたい分かった。
《幻想戯曲》が世界に浸透する事が、安寧を齎すか否かは抜きとして、問題はそこじゃない。
彼女等が危険視しているのは、世界文明の劇的な変化だろう。
「《幻想戯曲》は基本的にその人の魔力量によって、扱える幅が広がるの。それは《幻想司書》の中でも明確に区別されてる。本来それを扱えるのは《幻想司書》だけなんだけれど、私たちは極稀に一般の人間にも《幻想戯曲》を与えてるのよ」
「一般、って……良いのか?」
「その存在を秘匿し続ける事と、対象の魔力量を調べてから界隈で談義して決めるの。破った場合には、それに関しての記憶は全て消えるよう契約してあるから、情報漏洩は心配ないかな」
「とすると、アイリスのその弓は《幻想戯曲》によるモノか。あの、異質な軌道を辿った弓矢も」
「そう。《幻想戯曲》は召喚型魔導書っていったけど、二パターンあるのよ。人間や魔物を召喚する『従魔型』と、武器を召喚する『装備型』がね。そんで──」
……アイリスを長い説明を要約すると、
「《幻想戯曲》には二パターンあり、それぞれ『従魔型』と『装備型』がある。前者は作中のキャラクターとの契約を結ぶ事で出来る。後者は作中に登場した武器を装備する事で、それと同等の力を持てる──と」
そういう事らしい。小難しいな。
この後もアイリスによる説明──俺を襲った少年や、アイリスがここに来た経緯を教えてもらったが、そこはあとで要約してもう一度頭の中で整理する事にしよう。
~to be continued.
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
魔法のせいだからって許せるわけがない
ユウユウ
ファンタジー
私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。
すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる