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手掛かりの1つ

決闘の刻──中編

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「……行け」
「……行きなさい」


双方の発する声は同時。また、双方が率いる部下らが動くのも、同時だった。
 地を蹴る音が響き、それに続いて、


「グッ……!」
「カハッ…………」


苦悶の声が聞こえるは、我々《仙藤》の処理班から。 
 迷彩服の戦科部隊に倒されていく黒服たちは、1人、また1人と地に伏せていく。
 しかし、こちらも黙ってやられるワケにはいかない。これは、ほんの下調べに過ぎないのだから。


「各々、戦力差の確認は終わったな? なら──」


《仙藤》が代々と継ぎ重ねてきた、その対応力を見せてやろう。
 

3人1組スリーマンセルで隊を組め!」


予め用意しておいた、隊列の確認。しっかりと反映できているようだと感心してから、俺は辺りを見渡す。 
 見えるは、素早く移動をしている迷彩たち。《雪月花》も多対一は不利だと理解したのか、周囲の人員を集め、小隊を組んだ。


「チームを組んだだけで対抗したつもりか? 生憎だが、チームワークだけはこちらが上だ。各個撃破はお前らのお得意のようだが、こちらはチームワークに至っては右に出るモノは無いぞ?」
「ふぅん。随分と自信過剰ね。…………皆、扇形に組みなさい」


俺の嫌味を軽くあしらった美雪は、即座に纏まった小隊を大隊へと移行していく。
 それは、指揮官である彼女を守るように。倉庫前を扇形に囲んでいった。
 だが──だったな。
 そう心中でほくそ笑み、俺は更なる手を開示する。


「水球、圧縮」


俺の言葉に、処理班の『水』や『圧縮』系の異能者が集まる。
 掌から創造された不規則な水の泡は、圧縮されたことによって確りと質量を持った。それらが幾つも創られていく中、俺は次の手を出す。


「焔槍、構え」


直後、熱波が俺たちを襲う。その発生源は、紛れもない《仙藤》処理班から。
 『発火』と『念動』の2つが組み合わさったそれは、まるでグングニルの如く、紅く燃え盛っていた。
 照準は今にも《雪月花》へと向けられ、放とうと思えばいつでも放てるだろう。


「……全面防御」


その凶器の切っ先を向けられた彼女ら《雪月花》は、陣形を崩さぬまま、有り合わせのトタンや木片を集め、横の広い盾のように構えた。
 恐らくそれは、あちら側に『硬化』系統の異能者がいるあたり。見た目とは裏腹に、かなりの強度を誇るだろう。

なら、《仙藤》の矛と《雪月花》の盾──どちらが強いか、試してみようじゃないか。


「各員、攻撃準備。……水球、発射」


鋭い風切り音を響かせたそれらは、一直線に《雪月花》へと襲いかかる。
 圧縮された水球はレーザーの如く速さで貫き、防がれたモノは泡沫のように霧散し、霧となり。 


「降らせ」
「…………?」


彼女らの防御を無視した攻撃に、美雪は小首を傾げる。
 直後、頭上に雨雲が発生し──パラパラと、細かな雨を降らせた。
 頬に落ちたそれを拭いとった俺は、美雪へと告げる。


「異能というのは、基本的に単一のことしか出来ない」


だから、その力を最大限まで伸ばそうとする《雪月花》の指導方針は間違ってはいない。ただ、我々《仙藤》とはアプローチの仕方が違うだけで。
 まぁ、いずれにせよ、


「限界は存在する。しかし、それぞれに有利な属性を組み合わせれば──その限界など、容易く超えることが出来る」
「水……焔──っ、全面防御!!」
「……もう、遅い」


どうやら今になって気が付いたらしいが、既に遅い。
 前面にだけ防御を張る。……それが、仇となったな。


「武を担う《雪月花》。攻撃は最大の防御とも言うが──まさか、ここで終わることはあるまいな?」


そして紡ぐは、たった一言。


「──放て」


焔槍は『圧縮』が解放された事により、ジェット噴射の如く飛来していく。
 そしてそれは、従来のモノとは全く異なる……言わば、致死性の暴力。
 しかしそれは、前面にある強固な盾によって防がれてしまう。

──だが、そんなものは余波に過ぎない。

直後、辺り一帯に爆発音が鳴り響く。永いようで、刹那の時。
 防勢の異能者によって護られている俺たちの周囲で、トタンや金属片で創られた建物が次々と破壊されていく。
 残ったものは彼女らの背後にある、3階建ての校舎のみ。
 暫くして霧と煙の晴れたそれを見やれば、


「……効果覿面、だな」


直接の異能によって負傷した者と、先程の爆発に巻き込まれて負傷した者と。
 合わせれば8割方削れたであろうこの状況からは、どちらが優位かは言うまでもない。


「水蒸気爆発、ね……!!」
「ご名答」


腕で顔を覆い、額には僅かながら焦りの色が滲んでいる月ヶ瀬美雪。
 そして瓦礫と化した倉庫から飛び降り、苦々しく呻いた。
 呻きながらも──しっかりと、こちらに対峙してくる。


「水球と焔槍はブラフ。それで攻撃すると思わせておいて──本命は水蒸気爆発での、全体攻撃だ。一手で2回攻撃出来る。まさに一石二鳥」


個々の事象が単一のモノであるならば、それらを組み合わせてやれば良い。
 それはかつての人類がしてきた事であり──得意技だ。

水が非常に高温な物体と接触する事で急激に気化し、爆発する現象。それが水蒸気爆発。爆薬すら要らない、お手軽な攻撃手段。
 さて、今ので《雪月花》の残りは数百人と言ったところか。あの様子だともう戦闘不能だな。
 対して《仙藤》処理班は最初の戦闘で負傷したとはいえ、9割近く残っている。
  

「どうする、月ヶ瀬美雪。人数差は歴然、この状況を打開するには──」
「……たとえ人数不利だろうと、逃げはしないわ」
「……強気だねぇ。それが何時まで続くかな?」


未だこちらを睥睨する彼女。そこまでされても勝算があるのか、と気になるところだが……あるのだろうな。未だ『切り札』とやらが出ていないのだから。


「諸君、残りは任せた。1人残らず逃がすなよ」


俺はそう命令しつつも、頭の中に違和感を感じていた。だが、それが何なのかは分からない。
 彼女ら《雪月花》はこちらの作戦にはまり、大きく戦力を削がれた。これならあと数回焔槍を放てば終わるのだが……。


「……志津二、《雪月花》の数が少ない!」 


隣で叫ぶ彩乃の言葉を聞いて、違和感の正体が解った。
 ……なるほど。そういう、事かッ──!


「流石、天下の《鷹宮》ね。に気付くなんて」


俺がそれを理解すると同時、美雪が──いや。《雪月花》自体が、ジリジリと後ろへ後退している。
 傍目から見れば、撤退。だが、今回は直感的に分かる。


「全方位防御、最大! 何かが来るぞ!!」
 

そう警告する俺の視界に映るは、口元を大きく歪める美雪と、夜空に映える──1つの球体。
 黄金色のそれは、まるでもう1つの月のよう。焦れったいほどゆっくりと降下して、地上へと降り立とうとしている。
 そして確信とも言えぬ何かが、脳裏に走った。

……これが、《雪月花》の──美雪の、『切り札』だと。


「正義は、アタシたち《雪月花》。……神の裁きを受けなさい」


──直後、辺りは真昼の如き光に包まれた。


~to be continued.

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