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手掛かりの1つ

思いの吐露

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結局、特攻科のクエストは受けずじまい。授業に出て多少の単位は貰ったものの、これだけでは進級も未だ怪しい。
 これからどうするか……と悩みながら、俺は本部の食堂で、彩乃たちと夕食をとっていた。


「……うん、美味しかったわ。流石はミシュラン三ツ星のシェフだけあるね」
「お褒めに預かり光栄です」


皿に盛られた料理の数々を残さず食べ切った彩乃は、本部のコック長を大絶賛。
 どうやら好みにベストマッチらしく、「これが無料って羨ましいなぁ」とのこと。

満足そうにナプキンで口を吹いた彩乃は、まだ食事中の俺に向き直って、


「お風呂入りたいんだけど。何処にあるの?」
「あー、そこのドアを出て右側。しかも露天風呂付き」
「ありがと」


トコトコと着替えのためのトランクを転がして、大浴場へと向かっていってしまった。
 あいにく桔梗も彩も事務の仕事中なので、ここに居るのは俺と仕事が既に終わっている職員のみ。殺風景だ。

しかし、唯一の救いといえば──夏も間際で日が伸びている。7時になっても多少は明るくなったことか。
 ガラス張りの窓から見える外は、少し暗くなりながらも夕焼けが僅かに顔を覗かせている。
 遠方には雨雲も浮かんでおり、ゴロゴロと雷の音さえ聞こえてきた。  

何か悪いことが起こる前兆には雲行きが怪しくなるというが、これもその内に入ってしまうのか。
 ……それは、嫌だな。ただでさえ気が滅入ってるんだ。これ以上の事は起こされたくない。

そう思いながら俺は食事を終え、彩乃の後を追うように大浴場へと向かっていった。







ガララ、と大浴場への扉を開けると同時に、湯気がモワッと押し寄せてくる。
 直後に見えたのは、やはり人1人居ない洗い場と浴槽。
 ……1人くらいいてもいいのになぁ。話し相手がいなくてつまらないや。
 
そんなことを思いながら、俺は洗い場へと向かう。
 備え付けられているシャンプーら諸々にも、男女職員のこだわりがある故に、維持費も多く掛かるのだ。
 しかし、これでモチベが上がるなら──と我慢しているのもまた、《長》である俺なのだが。

しっかりと泡立てたシャンプーで頭を洗い、ボディーソープで身体を洗い。
 身も心もサッパリとした頭で、俺は、


(たまには……露天風呂でもいいかもな)


と結論付ける。
 少し天気が悪くなってきたようだが、やはり心身の休養はとりたいモノだ。
 この大浴場の湯は、近場の山から流している。調べてみるとアルカリ性の湯だったようで、美肌効果もあるようだ。女性職員には大好評である。

外に出ると、先程とはまた違う暑さが俺に襲い掛かってきた。
 それを桶に汲んだ冷水で打ち消し、ブルブルと震えながら岩石に囲まれた湯の中に足を突っ込む。我ながら馬鹿らしい。

岩石の中でも一際大きな岩を見つけた俺は、それに背中を預けるようにして空を仰ぎ見る。
 朱色の空に被さるように、鉛色の雲。やはり空模様は怪しいようだ。


(やっぱり用心はしといた方がいいのかねぇ……)


そう心の中で呟いた時、男女湯の仕切りになっている竹柵の向こうから、ドアが開く音がした。何か話しており、楽しそうだ。
 特にすることもないので、俺は……その声の主の話を盗み聞きすることにした。
 澄ませた耳が捉えた音は、2つ。

1つは先程風呂に入ると言った彩乃で、もう1つは、仕事を終えたらしい桔梗の声だ。


「──その年で、志津二の秘書なのねぇ……。驚いたわ」
「私の家系は代々と《仙藤》の側近を務めていましたから。その所為ですよ」
「中3だっけ? 学校に行かなくてつまらなくないの?」
「いえ、特には。ここで働いていれば収入も入りますし、本部の皆さんも居ますし」


そう言った桔梗は、どうやら本心からの様子。
 前々から俺としてもそれは気になっていたのだが、桔梗に不満が無いのなら何よりだ。

それを聞いた彩乃は一拍おいて、


「……好きな人は?」
「っ!?」


唐突な恋バナへの発展。飛躍しすぎだろ。女子ってそういう生き物なのか?


「い、いません……よ……? そ、それよりっ。彩乃さんは?」
「私? いるよ」
「サラリと告げた!?」


彩乃様から彩乃さんに格下げか。随分と仲がよろしくなったようで。
 しても、彩乃に好きな人がいたとはな。意外だ。


「因みに、お名前とか……?」
「え!? ちょ、ちょっとそれは──無理かなぁ……?」
「そこを何とかっ」
「無理っ!」


赤だか黄色だか分からない声を上げた彩乃は、どうやら桔梗を置いて洗い場の方へと走って行ってしまったらしい。飛沫の音がしたし、多分そうだろう。
 ……目的だった盗み聞きもこれじゃ出来ないしなぁ。俺も、戻ることにしますか。
 

~to be continued.



 

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