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二つの異能者組織

万能の、万能による、万能の為の狂想曲

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「彩乃、好きなだけ落とせ!!」

俺の叫びに呼応するように、久世の周囲のみが、深夜帯でも分かるほどに薄暗くなっていく。即座に異変を察した彼が見上げた先は、頭上。
 そして呆然と立ち尽くしながら、絞り出すような声で、呟く。

「武器、林……!?」

久世の頭上──虚空に所狭しと創られていたのは、数多の武器。
 そして背後の彩乃が勢いよく腕を振りかぶると同時、それらは重力に引かれて落下し、或いは地に突き刺さっていく。
 それを見届けた俺はベレッタを抜き、初めて『魔弾の射手』を適応させる。もう片方には西洋剣も握り、挑発するように久世へと突き付ける。

「手中に収まるのがバレたんなら、別の場所に創ればいい。簡単なことだ」

 ……この状態、死に際の能力開花アゴニザンテは──仙藤一族だけが持つ、極めて特殊な能力。自身が死に直面したと悟った時、自己の防衛本能が最大限に引き出され、脳内の神経伝達物質が過剰分泌されるという、神経系の病気の一つ。

これにより身体能力が格段に跳ね上がり、まさに火事場の馬鹿力とも言えるような状況下に置かれるワケだ。
 しかし、一つだけデメリットがある。身体能力が跳ね上がる反面、思考能力が大幅に鈍る。つまり、攻撃一辺倒になってしまうのだ。

「これだけの数、全てを消しきれるかッ!?」
 
──パパパッ!!!

消音器付きのベレッタからマズルフラッシュが閃き、『魔弾の射手』によって定義された銃弾は、久世へと襲い掛かる。
 しかし指差しで『消失』によって消されるも、それは予想済み。手にしていた西洋剣を、下から大きく振りかぶる。
 
火花を散らして互いの刃が交錯する。直後、やはり持ち手の感触が消え失せた。
 だが、その時にはもう武器が握られており、久世には反撃の隙など与えない。
 マズルフラッシュと、金属音の連続。そして、ほぼ無限にあるといってもいい武器の数々。

これら武器林は、絶えず頭上から落下してきている。
 それは久世から俺を視認しにくくするという効果も持ち合わせているが、一番は、このフィールドを俺仕様に変えていくということ。

「クッ…………!」

フェイントをかけ、動きを誘導してから剣を振るう。
 一瞬は困惑していた久世だったが、敵ながらあっぱれ、とも言いたい。
 瞬時に俺の手にしている武器を、防御の構えをとりつつ指差しで消してきた。しかし、次の瞬間にはもう別の武器が握られている。

「『万物創造の錬金術師』──舐めないでほしいモノだわ」

余裕の笑みを浮かべて言う彩乃の言う通り、武器は一向に減る気配がない。寧ろ、増えているのではないかと感じてしまうほどだ。

 ……しかし、それも長くは続かないだろう。
 何故なら、万能と呼ばれる異能は多くのデメリットを有するから。
 その証拠として、苦痛に顔を歪ませている俺たちがいる。

しかし、攻撃の手を緩めることはしない。
 俺はバックステップで久世から距離をとり、頭上から落下してきている最中の武器らに『魔弾の射手』を適応させる。俺に操られるがままになったそれらは、鋭い風切り音と共に、久世へと飛来していく。

「最早、持久戦……だな」

本家分家に関わらず、異能におけるデメリットはある。それは異能者なら誰にでも通じていることだ。
 だから久世も、例外ではない。

「──ッ、ハァッ!」

精神力が削がれ、危機管理が疎かになっている一瞬の隙を見計らって、俺は鈍器を振り上げる。
 久世はそれを片手で軽く押さえると、即座に『消失』で消してから──俺を無視し、背後にいる彩乃の方へと駆けていく。

……あーあ、もう忘れたのか? お前がここに来て一番最初に俺を狙った理由を。
 それ即ち──背中を見せれば、俺に狩られるからだ。

振り返りざまに、ベレッタを三点バーストで発砲する。しかしその時には既に、身を翻して『消失』のモーションに入っている久世がいた。
 『魔弾の射手』と銃を含むこれらの武器は、この状態の俺と非常に相性が良い。攻撃の手さえ緩めなければ、相手を圧倒させることが出来るからだ。

久世は振るわれる武器を消し、防ぎつつ、後退していく。それは、やはりこちらが押しているという証左に他ならない。
 日本刀、西洋大剣クレイモア、薙刀、鈍器──多様な武器を駆使して、久世を追い込んでいく。その度にフィールドは俺好みに変えられていく。
 だから──
 
「……ッ!?」

突如、久世の動きが止まった。驚き、振り返った彼が見たモノは──一枚の壁ではなかろうかと疑うほどに、幅広の西洋大剣。それが、彼の退路を塞ぐように立ちはだかっていたのだ。
 前と両サイドを俺へ、後ろを壁が如く西洋大剣に囲まれた久世はどうしたか。

本能的に危機を感じ取ったのだろう。手にしていた短刀を防御の構えに移行させつつも、もう片方で持っていた日本刀を俺の脳天目掛けて振りかぶってくる。
 バックステップで避けようとするが、『消失』により消された足場によって、体勢を僅かに崩してしまった。その間にも、刀の切っ先は俺目がけてやってくる。

刹那、視界がスローモーションへと変化した。『魔弾の射手』の時よりも時間の流れが遅く、アゴニザンテの時だからこそ成し得る芸当。
 それを最大限に利用しようとした俺は、既に俺の鼻先までやってきたそれを上体を反らすことで回避する。だが、それだけでは刀は避けられない。
 だから、刀の刀身を──その体勢のまま、二本指で挟み込んだ。

時間の流れが戻り、バチィッ! という激しい音が鳴り響く。唖然としている久世を無視し、俺は上体を勢い良く起こしてから──持っていた鉄パイプを、彼の胴体へと打ち付けた。

「……終わりだ、久世颯」





「──さて、分かっていただけたかな? 《長》が万能と呼ばれる所以が」

アゴニザンテもとうに解けたの俺は、鉄パイプをクルクルと指で回しながら、崩れ落ちている久世へと問う。
 この様子だと、筋繊維の断絶、肋の数本は折れているだろうな。
 しかしそんなことを気にはせず、俺は続ける。

「沈黙、ということは……否定の意と捉えて良いかな?」
「……どう捉えようと、貴様の自由だろう」
「おや、この期に及んで反抗か。……まぁ、いい。一つ講座を開いてやろう」
「……講座、だと?」

呻くようにして、言葉を発する久世颯。動けないというのを再度確認してから、俺は口を開く。
 これは俺たち異能者にとって当たり前のことだが、復習程度に考えてもらおう。

「まず、異能だ。異能は、基本的にのことしか出来ない。火や水を出す、消す。お前ならば、物を消す」 

そして、

「俺たち異能者は、それを制御しつつ発動させている。指差しや視界に収めることによって、な」
「……それが、どうしたと?」
「まぁ、普通の異能者はそう思うだろうな。それが、当たり前なのだから」

一般的に扱われる異能は、精々単一のことしか出来ない。範囲を指定して、発動させることしか。寧ろ、それを当たり前に扱えているだろう。
 しかし、俺たち本家筋の人間だけは違う。
 
「異能にはもう一つの種類がある。『』に次ぐ、『』という概念が。それこそが本家筋の基礎能力であり、本家筋だけが持つ能力」

そしてそれは、彼自身が身を以て体験したこと。

「彩乃が武器を創り出したのも、俺が武器をピンポイントで飛ばしたのも、全て『定義』あっての事象だ」

例えば、

「チャンバラが良い例だ。箒や木の棒を剣に見立て指定して、それと同様に振るう。棒を、剣と定義したワケだな。そして、これだけの武器の数々。これは性能、名称を指定した上で、何処に発動させるかを定義している」

だからこそ、

「これだけの量を創り出せた。単一の異能なら、剣を作るだけで留まってしまうんだが」

──『指定』と『定義』。これら双方を持ち合わせている異能を扱うのが、本家筋。何にでも臨機応変に対応出来る、まさに万能が如く異能。元来、異能とはそういうモノなのだ。
 故に、本家筋は、《長》は──

「──万能、と呼ばれる」

人智の域を超えた、異能者の中でも異端の存在。

「そこまで知り得る貴様は、一体……! いや、何があろうと、依頼、だけはッ……!!」
「まぁ、時期に分かるさ」

なんとひたむきな──。最後の最後まで、依頼を完遂するという信念を曲げないその心意気だけは褒めてやろう。
 だから俺は──もう、抵抗しない。大丈夫だ。もう、全て終わった。

「志津二っ!?」

速いとも言えぬ、しかし、今彼が放てる中では最速の一撃。
 硬く握られたその拳が首元まで迫り、当たろうかというその刹那。
 俺はこの後起こるであろう事象の対応を脳内で反芻しつつ、僅かに笑みを称えて片腕を挙げる。

それと同時に、グラウンド内の夜間照明が一斉に点灯した。
 更に俺の背後から現れた黒服の数人が、久世を地面へと押し倒す。
 ……さぁ、最後の仕上げといきますか──!

「《仙藤》反体制派の排除、ご苦労さま! 引き続きで悪いんだが、第一処理班は近辺に残党がいないかの確認! 第二処理班は隠蔽班と協力してグラウンド内の痕跡の全削除! これは君らにしか成し得ない仕事だからね、頼むよ!」

俺の叫びに誘導されるのは、闇から姿を現した黒服たち。
 それぞれが仕事を始める中、俺は小太りの男の元へと歩み寄る。

「な、何だ……!」

俺に少なからず恐怖心を覚えているであろう顔。しかし、今それは関係がない。
 俺はしゃがみ込んで小太りの男と目線を合わせると、口を開く。

「分かっていただけたかな? これが、《長》が本家筋からしか選出されない所以だ。異能の強さ云々じゃない。そもそも、異能の枠組みからして異なる」

だから──

「幾ら本家の跡継ぎが絶えようと、分家の人間が《長》になることは適わない」
「だが、その程度なら似たような異能も──!」
「あぁ、有るだろうね。……しかし、じゃ駄目だ」

『指定』と『定義』。それら二つを持ち合わせているが故の、分家筋を束ねているが故の、万能なのだから。
 苛立たしげに唇を噛む男を見て、俺は更に続ける。

「……《樹》という言葉を聞いたことはあるかな?」
「異能者の系譜を表したデータだろう? それが何だと言うんだ」
「俺たち本家筋は、それにアクセスが可能なんだよ。分家筋の異能を、自らの異能の種とする。それが──」

本家筋が持つ『指定』と『定義』に次ぐ、基礎能力。

「嘘を言え! そんなことは不可能だ!」
「嘘でもないし、不可能でもない。分家を統べる本家だからこそ、為せる業なんだよ」

それ故に、今の本家筋は、

「限りなく万能に近い存在。古来より何百何千と代を継ぎ、子孫を全国に増やしてきた異能者組織だからこそ、だ。ほぼほぼ究極と言っても過言ではないかな」

だからこそ、その全てにアクセスが可能。最早、知らないことなどないほどに。
 何故、《長》が本家筋からしか選出されないのか。それは、分家を束ねる俺たちこそが、《長》に他ならないからだ。それ以外は、《長》でも何でもない。

「ならば、お前は一体何者だ!? 《仙藤》本部の特殊部隊を従え、あまつさえ《鷹宮》の人員まで動員した、お前は!!」

──嗚呼。コイツの中では既に答えが出てしまっているのだろう。だからこそ、認めたくない。

「これはこれは……挨拶が遅れて申し訳ないね、井納欽三いのうきんぞう

恭しく頭を下げ、視線を上げると同時。背後から聞こえてくるのは、ザッ! という音。一つにも聞こえそうな、しかし、数百という音の連なり。
 それは黒服たちが自らの仕事を終え、整列が為に奏でられた音。

「初めまして。我々《仙藤》という、異能者組織の名を汚したこの一連の造反者であり、反体制派を煽った主犯」

本来なら戦闘と隠蔽を受け持つ彼等彼女等がここに来たということは、とある一つを指しているに他ならない。
 ──それ即ち、事態の終結。

「俺の名は仙藤志津二。東京武警高の学生であり、鷹宮彩乃の執事であり──」

俺は背後に整列している数多の異能者を頭に浮かべ、笑いながらその名を告げる。

「そして、《仙藤》ではこう呼ばれている。古来より続く異能者組織、その全権を掌握し、万物を統べる者──

──《長》と」


~to be continued.
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