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5章 復讐は我にあり

5-11 たまにはこんな、時があっても

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―――一撃、二撃、三連撃と攻撃を重ね拳を交えながら動きを読み、相手の上を行こうと模索する。

 けれども、世の中そううまくはいかないもので、予測の先を行かれてしまい、中々成功しない。

ドドドドドドドド!!

「やっぱり強いなゼナ…‥‥というか、どんどん、強くなってないかな?」
「ふふふ、私も研鑽は欠かしていませんからネ。ちょっと停滞していた時期もありましたがそれも乗り越え、メイドたるものご主人様のためにより上を目指しているからデス」

 蹴りをかわし、拳を受け止め、時折出るナイフを部分的に鱗を出して弾き飛ばし、ブレスを防がれる。


 日常となった模擬戦を行っているが、今日の模擬戦は久しぶりに完全容赦なしの本気同士。

 けれども、まだまだゼナ相手には厳しいようだ。


‥‥‥なお、模擬戦の際に村にいた騎士や魔剣士も参加していたが、こちらは早々にダウンしており観戦側に回っていた。

「うわぁ、アレでまだ学生かよ」
「魔剣なのは分かっているとはいえ、あのメイドもメイドで凄いよな…‥おおぅ、今容赦のない頭突きがぶつかり合ったぞ」
「今度は拳を撃ちあっているけど、衝撃がすごいなぁ。凄まじすぎて魔獣が襲ってきてもふっ飛ばされそうだ」

 安全地帯に避難しているからかのんびりとした会話が出てくるが、そんな声は気にしない。

 そう、戦闘から離脱して観戦に回っているメンツの顔が潰れたパンのようになっていても見ないふりをするのである。後できちんと、治せるそうだがあれで見えているのだろうか‥‥?

「隙ありデス!!」
ガァァァンッツ!!
「うおっと!?危ない危ない、心臓止まるかと思った!!」

 少しばかり気を抜けばこれなので、正直言って考える暇は本当に無い。

 むしろ考えずに攻撃したほうが、圧倒的に楽なのではないかと思えてしまうほどだ。

「考えている間もないな。ここで一気に勝負を決めさせてもらう、完全竜化!!」
「っと、その手で来ますカ。では私は、モードチェンジ試作型『魔装モード』!!

‥‥‥色々と気になるところはありつつ、俺たちは互にぶつかり合う。

 いつか勝利したい相手なので、今日こそは勝ち星を挙げられると良いんだがなぁ‥‥‥

「というかちょっと待て、何そのモード!?」
「ご主人様のために、モードの種類を増やす作業も日夜行ってますからネ。ドラゴンになって一気に攻めるだけではなく、きちんと人型の状態でより効率的に攻撃ができるように、私の方でも色々と作っているのデス!」








「‥‥‥ねぇ、今日って何をしたかったかしら?」
「はっ、我々を救ってくれた少年に礼を言うために、動けるようになったので向かったはずでしたが‥‥‥」
「どうして今、神話のような戦いを目にしなければいけないんだろうかと、思っているところであります」

 回復した部下たちの内、何人かを引き連れてやって来た皇女ルルシア。

 傷もだいぶ癒えてきて、帝国からの迎えを待つ間、しっかりと救助をしてくれたお礼を言うために外に出てきたのだが‥‥‥その目の前では今、普段では見ることができないような光景が広がっていた。

 ガンガン大量にブレスが放出され、それを空中で華麗に交わして切り裂くメイド。着こなしているのはメイド服のようだが、その周囲にはバラバラになった鎧のようなパーツが浮かんでおり、それらが補助として働いているようだ。

 そして一方、巨大な剣が出てきたかと思えば、ふつうに正面から受け止め、弾き飛ばすドラゴン。こちらは理性のある瞳をしており、的確に狙いを定めて攻撃をしているようだ。

 正直言って、これだけ盛大にやり合っているのに被害の出ない村に驚くが、それよりも戦闘を行っている者同士の方に目が惹かれてしまう。

「…‥‥いや本当に、凄まじい戦いですわね。もしもし、そこの方、これはもしかしていつものことですの?」
「ん?ああ、フィーが救助した帝国の方々か。もちろん、あの二人模擬戦でお互いに結構熱くなるようで、ああやってガチでやってしまうことはもうここでは日常茶飯事なのさ」

 取りあえず適当に近くにいた村人に声をかけてみれば、どうやら既に日常の一部になっているらしい。先ほどからやけに騒ぐこともせずに、観戦している様子から疑問を抱いていたのだが‥‥‥どう見ても魔獣の大群が押しかけて来るよりもヤバそうな光景なのに、平然として観戦できるほど慣れてしまったのだろうか。

 慣れによるおかしさを感じない怖さを、皇女たちは感じたような気がした。

「あの子、あのメイドと本気で戦うからなぁ…村の防衛を任される騎士である我々からすれば、自分の存在意義を疑いたくもなったよ。こっちが全力でも、軽くふっ飛ばされるからなぁ」
「だが、これは現実であり、開き直れば楽しくもなるさ。勝利はまだつかめないようだが、それでもいつ勝利するのか、賭けになるのも良いからなぁ」
「え?賭けって、どっちの勝利ですの?」
「「「フィー」」」
「‥‥‥あのメイド、もしかして相当強すぎると?」

 ルルシアの問いかけに対して、うんうんとその場にいた村人たちは同意して頷き合う。

 神話に出る様な、物語の中にしかいないようなドラゴンという巨大な存在がいるというのに、それとまともに渡り合い、勝利をつかめるメイドって何なのかと思わずといたくもなる。


「ま、まぁ聞く限り魔剣ですし、不思議でもない‥‥‥ですわよね?」
「姫様、我々もそうだと思いたいです」
「納得しておいた方が、良いかもしれません」

 ツッコミどころが色々とありそうだが、していてはキリが無いと思い、無理やり納得する一同。

 ついでなので、あそこまで大暴れをして村に被害が出ないのかという質問もしたが、そこは色々と考えているようで、対策が施されているのだとか。

「そもそもあんな攻撃、流れ弾が来たらふっ飛ばされるからなぁ」
「だから、攻撃のいくつかは戦っている間も村に当たらないように調整されているようだ」
「それに、万が一失敗しても、直ぐに攻撃を相殺する仕掛けとやらもあるらしいぞ。あのメイドが作ったもののようで、ある程度の防壁があるらしい」

 どんな技術を持てば、あんな攻撃を防ぎきることが出来るのだろうか。

 王国の中でもかなり田舎のこの地で、そんな高い技術を見たことも無い…‥‥いや、医療技術が優れている時点で、既に色々とおかしいのかと、不思議と全員納得した。

 とにもかくにも、今はひとまずあの模擬戦が終わるまで、観戦に回ることにした。

「この光景、お兄様に見せたらどうなるかしら?」
「カイゼル様と違って、おそらく3日は確実に寝込むかと」
「もしくは、見なかったことにして全力で逃亡されるかと。以前、帝位継承権を全力投球で捨てて逃げようとした前科がありましたからなぁ」

 帝国の皇子の中でも、苦労人な第1皇子。そんな彼がこの光景を見れば許容範囲を超えて血反吐を吐きそうな未来が想像できるだろう。


「‥‥‥けれども、この戦いを見ると彼が欲しくなってきますわね。魔剣士ゆえに戦場に立つのは魔獣の関係で許されないかもしれないけれども、この強さ、帝国に欲しいですわ」
「まぁ、出来たらの話ですが‥‥‥」
「そもそも、王国側も十分わかって、出さない可能性もあるでしょう」

 強大な力が常時振るいきれないのは残念なところだが、ドラゴンの力というだけでも欲しくなるところは多いだろう。

 だからこそ、王国が手放すわけもないと考えられるし、容易に行かないというのは当然だろう。

「そうですわね。…‥‥でも、個人的に欲しくもありますわね。側に居るだけで、確実に護衛としても十分すぎるでしょうし、安心感もありますわね」
「‥‥‥あのー、姫様。一つ良いでしょうか?」
「何かしら?」
「姫様、そこまでこだわることがありましたっけ?我々の選抜基準も、外に出ても問題もなく、それでいて十分な実力を持つなどの細かい基準がありましたが、欲しいだけでそう口にしましたっけ?」
「…‥‥言われてみてばそうですわ。それだけ彼の価値に惹かれているのかしら?」

 首をかしげるルルシア皇女に、部下たちは顔を見合わせる。

 なんとなく、ここにこれ以上滞在していたらというか、あのドラゴンと青薔薇の子供の近くにいたら、絶対に何か起きそうだという予感にも襲われる。

「‥‥‥姫様、早めに帝国へ帰れるように、手を回しておきます」
「馬車の方も、速度を速めるように手配いたしましょう」
「そこまで急がなくても良いのですが?」

 なんとなく感じ取り始めた臣下たちだが、肝心の皇女自身はどうやら自覚もないらしい。

 もしも、下手に何かきっかけでもあったら、それはそれで何かしでかしかねないと心の中で思うのであった‥‥‥‥




「‥‥‥もしや姫様、かなり無自覚では?いや、そもそもなぜそうなった?」
「うーん、吊り橋効果‥‥‥ですかね?あるいは、純粋に本能的な何かというべきか」
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