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4章 そして悪意の嵐は、吹き始める

4-4 予感と言うのは、待ってくるだけではない

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―――夢の中には、明晰夢というのがあるらしい。

 はっきりしているが、それは夢の中であると自覚できるそうだ。


―――まあ、そもそもこの光景自体が明らかに夢だからこそ分かるというべきなのか。


 大空をゆったりと飛翔し、風を切りつつ俺はそうつぶやく。

 ああ、空を飛べるのは翼が生えているからだが…感覚が、違うのだ。



 眼下に広がる平原には、太陽に照らされて浮かび上がる影があるのだが、その姿は人型ではない。

 非常に大きな影だが、どう見たってこれは…‥‥ドラゴンの影だろう。


 手を見ればドラゴンの手となっており、腰のあたりから尻尾の感覚もある。

 大きな翼をゆっくりとはばたかせつつ、自然とどう動けばいいのか理解できる。




 過去に一度、あの海での戦闘でドラゴンになったことはあるが、あの時の意識ははっきりとしていない。

 けれども夢の中とは言え、この姿がドラゴンとしての姿だと自覚できるが‥‥‥何と言うか、はっきりとした意識を持っていても違和感を覚えない。

 いや、むしろこっちの姿の方がなじむというかしっくりくるというか、人の姿を持っている時よりも開放感はあるだろう。あ、でも服を着ていない解放感とかそういう変態のような感覚ではなく、野生の感覚としてはこれが正しいようなそんな感じである。

 裸で駆け抜ける変態なんぞ、ゼナとの模擬戦で彼女を動揺させて隙を作る手段として選択した奴ぐらいしか見かけたことはないけれどね。なお、彼女はまったく動揺しなかったうえに、防御力が0だったが流石にじかに触れるのを嫌ったのか手ごろな石を投げて…‥‥思い出すのはやめておこう。



 とにもかくにも、夢の中でこうやってドラゴンの姿になっていると自覚できるが、どこへ向かって飛んでいるのか、それは分からない。

 気の赴くままというか、何も考えていないというか、自然に風に乗って大空を散歩している程度にしか思えない。

―――それでも、平和的な夢だから良いのかなぁ…‥‥?

 魔剣士として魔獣を討伐するために、ゼナにいつか勝つために色々と戦闘を繰り返す日々だからこそ、こういう何もなくただぼんやりと呼ぶ様な平和を、何処かで求めているのかもしれない。

 だからこそ、その想いが結果として夢に現れ、より過ごしやすいように自然とドラゴンの姿になっているのだろう。


 そう思うと納得できるが…‥‥それでも、一人でただゆったりと漂うだけではいささか味気はない。明晰夢だからこそ意識がはっきりしてるのだろうが、こうなってくると何か話し相手が欲しくもなる。

 でも、流石に夢の中にまでゼナは来ていないようで、傍に誰もいない寂しさはあるだろう。‥‥‥入って来たらそれはそれでどういうメイドなのかとツッコミを入れたい。


―――‥‥‥ん?

 っと、ゆったりと飛んでいる中で、ふと何かを感じ取り、俺は空中でホバリングをして動きを止めた。

 何かこう、変な気配がしたというか、凄い嫌な感覚があったというか…‥‥得体の知れない何かがあるようだ。

 何事かと思い、その方向へ向けて飛翔し始める。




 しばらく行くと、だんだん空模様が怪しくなり、暗雲が立ちこみ始める。

 ガラゴロと雷雲が鳴り響き始め、雨風が吹いて来た。

 嵐のような、荒れ狂う大空。

 そしてその戦期からはさらに濃厚な嫌な気配が漂ってくる。


―――不快だ。この夢の中に漂ってくる、得体の知れない気配。

―――何者だ。この場に入り込んで来ようとする、嫌なものよ。

―――来るな、立ち去れ、消え失せろ。

 近づくにつれ、思考の中にはっきりとその気配に対する拒絶が沸き上がり、心の中で叫び始める。

 けれどもその気配に叫びが聞こえるわけもなく、だからこそ徐々に大きくなってくる。

――――出ていけ、出ていけ、出ていけ、出ていけ!!

 
 ドラゴンの姿だからか、人の声は出ないだろう。

 でも、心の中の叫びは飛び出し、口から咆哮となって撃ち出されていく。

 そして目にする。その気配の招待を。

 夢の中の世界に来る、黒い何かを。

―――感じさせるな、ここに来るな、去れ、立ち去れ、ここから消え失せろ!!

―――失せろ失せろ失せろ失せろ消え去れ消え去れ消え去れ!!


 拒絶の意思をのせ、はっきりと叫ぶもそれは応じない。

 いや、むしろそれどころかニヤリと不気味な笑みを浮かべる様な気配を漂わせ‥‥‥黒い光をこちらめがけて撃って来た。

 ブレスで素早く迎え撃ったが、その光は減速しない。

 それどころかむしろ、こちら側にせまり呑み込もうと‥‥‥

―――来るな来るな来るな来るな、

「来るなあぁぁぁぁぁぁ!!」
ボォォォォォォォォ!!
「きゃあああああああああああああ!?」
「‥‥‥あ?」

 ぜぇ、ぜぇっと息を荒げつつ、一瞬だけ室内が炎で明るくなった。

 どうやら今は真夜中だったようで、明かりを消していた室内は再び暗くなったが‥‥‥今何か、悲鳴が聞こえたような。
 それも普段は聞かないような感じの‥‥‥


 何かこう、嫌な予感がして恐る恐る今度は加減して、ちょっと照らす程度のブレスを軽めに噴き、室内を照らす。

 見れば、俺自身はベッドから体を起こした形だが、何かがぶすぶすと音を立てている。

「えっと‥‥‥ゼナ?」
「…‥‥ご主人様、寝ぼけてブレスを吐かないでくだサイ」


 そこに立っていたのは、メイド服の上が焼け焦げて失い半裸になりつつも、火傷を負っていない肌を見せるゼナ。どうやら傍に立っていたようで、今のブレスの巻き添えになったらしい。

 そしてその表情はいつもの冷静な顔ではなく‥‥‥ちょ~~~~~~っと見たくないような、怒りを秘めた感じになっていた。

 こう、時々町中の本屋で読むような、漫画の中にあるような怒りマークを浮かべているというか、めったに見ない姿で‥‥‥

がしぃっ!!
「!?」
ギリギリギリギリィ
「メイド魔剣たるもの、ある程度のご主人様からのお仕置きがあっても文句ひとつなくやり過ごすことはできるでしょウ。ですが、何やらうなされていたようなので、心配して見に来たところで燃やされるというのは‥‥‥流石に私でも、ご主人様の命令が仮にあったとしても感情をぶつけさせてもらいたくなるのデス」

 アイアンクロー…‥‥いや、チェーンガントレットの姿になり、俺の顔を正面から握り締め、ゼナはやや怒りの籠った声を出す。

 あ、これ本気のやつだ。しかも久し振りに体をしっかりとコントロールしてきているようで、体が言う事をまったく聞かない。



>フィーは逃げようとした!!
>しかし、がっちり決められているので逃げることはできなかった!!

 どこの逃亡文章だとツッコミを入れたくなるような言葉が浮かんだ。

 でも残念ながら物語の中ではなく、先ほどの夢の中でもなく、はっきりとした現実である。

ギリギリギリギリギリギリギリギリィィギリギリギリィ
みしぃっみしみしっ

 骨がきしむというか、角もかなりヤバい事になっている。

 顔どころか頭全体を完全に掴まれて、どうしようもなさすぎる。
 

 謝りたいが、声も出せない。

 土下座しようにも、体が動かせない。

…‥‥どう考えても魔獣を相手にする時以上のとんでもない危機的状況に、ぶわっと嫌な汗が噴き出すのであった。





 翌日、ミイラになりました。頭が冷えてゼナが手当てをしてくれたが、結構やばい状態だった。

 今後うっかりブレスを出さないように、このドラゴンとしての力をもっと強く制御できるようにがんばろう…‥‥そうでないと今度は確実に消し飛ばされかねん。


「…‥‥流石にそこまでしませんヨ。怒りをあらわにしてしまうとは、私もまだまだ未熟だっただけデス」

 そこまで、って言葉が不安を呼ぶんだが。このメイド、なんか自由になって来たというか最初の頃よりちょっと感情豊かになってないかな?でも怒らせることだけは絶対に無いようにしよう‥‥‥
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