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2章 吹く風既に、台風の目に

2-25 割と歩みは、亀のように

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 学園での毎日は、楽しいものである。

 教会での弟や妹たちの面倒を見る時とは違う生活だからこそ、面白く思えるのだろう。

 だがしかし、入学してそれなりに時間が経過してくると‥‥‥

「‥‥‥やっぱり、ちょっと帰郷したくなるよなぁ。これが噂の、ホームシックってやつか?」
「夏季休暇も近付いてきているのですが、それまで待たずに少々故郷が恋しくなる人が多いようですし、ご主人様も例にもれずなったのでしょウ」

 昼食時、はぁっと思わずため息をつきながらつぶやいた言葉に、ゼナが周囲の様子を見てそう返答する。


 最近、ちょっとばかり故郷のというかあの教会での生活が懐かしくなってきているのだが‥‥‥どうも入学した生徒たちは環境の変化に慣れてくると、元々いた環境を恋しく思う時があるらしい。

 寮での生活は不自由もそんなになく、将来的に魔剣士として働く道があるからこそ日々の自己研鑽に集中したりするのだが、それでも恋しくなる時がある。

 いや、帰ろうと思えばゼナを使って剣の翼であるソードウイングモードになって飛んでゆくこともできるのだが、それだと何か違うような気がするのだ。

 なんというか、何時でも帰れるような方法はあるのに、その手段は選びにくく、かと言って懐かしく思うようなジレンマ‥‥‥どう言い表せばいいのかなぁ。

「故郷が恋しい、か‥‥‥こっちは恐怖しかないから、多分分からない気持ちかもしれない」

 っと、話を聞いていたのかとなりで昼食をとっていたラドールがそう口にする。

 他国からの留学生である彼の場合ホームシックになるのはあり得ないそうだが、その理由はなんとなくわかるので問いかける気はない。

 まぁ、相談に乗ってから多少は向き合う気持ちが出たのか、婚約者との手紙を最近行うようにしたらしいのだが‥‥‥ちょっとばかり中身を見せてもらったけれども、改善するのかが疑問である。あれ、赤かったけど普通の赤いインクだよな…?


「血のつながりはなくとも、あそこはしっかりとした家族としての生活があったからな。温かみが欲しくなる時があるんだよ」
「家族とは良い物ですからネ。メイドたるもの、ご主人様が家族が欲しいのであれば、全力で‥‥‥というのは無かったりしますけれどネ」
「あれ?意外にもないのか」
「ハイ。家族の定義自体がそもそもどういうものなのか、あったとしてはソレはどう感じるものなのか、ということがあやふやなために、無いのデス」

 珍しいというか、彼女の語録に存在しないのか…‥‥家族の形にも色々あるので何とも言えないのだが、もっとこう具体的に出されるかなと思っていた分、拍子抜けした感じではある。

「知り合いの家族の幅が色々あり過ぎるというのもあるかもしれまセン。冷たいものから暑苦しいもの、数が少ないものから多いもの、常識人10割から変人10割‥‥‥その形のありようが多すぎるので、定義付けが渦かしいのデス」
「最後のやつだけおかしくないか?」
「変人10割って、感覚が分からなくなりそうな家族になりそうだよな」

 何にしてもそんな話をしていれば、多少は気は紛れてくる。

 もう間もなく夏季休暇が近づいてくるので、その時にでも帰郷すればいいだけの話になるだろうし、ホームシックもそう長くは続かないはずだろう。


「気をしっかりもって、行かないとな。何かこう、気分を切り替えるような話題でもあると良いが…‥」
「ああ、それなら聞いたぞ。この学園、夏季休暇前にテストを行うという話があったな。留学生の身である以上、学ぶ内容が最初から違う部分もあるのだが、平等性をもったものが出るそうだ」
「平等性?」
「魔剣士の生徒たちだからこそ行われる、『魔獣討伐試験:海の部』デスネ」

―――――
『魔獣討伐試験:海の部』
夏季休暇前、すなわち暑くなってくる季節が迫ってきているからこそ行われるテスト。
平たくいえば海での学びをするだけの臨海合宿とも言えるのだが、魔獣討伐がそこに追加されるだけの話。
ただし、海に出る魔獣は陸地よりも種類が多く、数もそれなりに多いので、いかに学園内で実力を積めたのか測るには少々厳しい所もある。
―――――

 魔獣は基本的に生きとし生けるものすべての生命を奪いつくすために動いている。

 その姿も様々であり、当然水中・水上を動く魔獣も存在しているのだが、討伐数は陸地よりも少ない方ではある。

 というのも、陸上とは違い地に足が付けない場所だからこそ海岸の浅瀬での対応しかやり辛く、沖合の方に魔獣がうじゃっと沸いたままになっていたりするのだ。

‥‥‥まぁ、船に乗って時々遠洋討伐も行われるそうなので陸地に押し寄せて迫ってくるような、大規模な被害はそこまで無いらしい。そもそも海の方が魔獣の出現する可能性が少ないのだとか。


「とは言え、それでも多少はやって来るから、海岸部での魔獣討伐作業か…‥‥これはこれで、大変そうだな」
「砂浜が主な足場になりますので、結構足が取られやすく通常よりやりにくいそうデス。けれども乗り越えられることが出来れば、かなり鍛えられるようで、陸地での魔獣討伐において大幅な実力の向上が見込めるようですネ」

 ハイリスクハイリターンな方法ではあるが、一応先輩魔剣士なども多く出てくるようで、万が一に備えての用意はできているらしい。

 出来るだけ安全を確保しつつ、生徒たちの成長も促し、魔獣も討伐が出来る…‥‥中々旨味の多い学園行事もであるようで、毎年それなりの成果が出るそうだ。

「後は、魔獣討伐後に安全な時間が確保できれば自由時間で遊べるようだ。海での遊びは川や湖とは違うだろうし、楽しみだなぁ」
「魔獣どもを駆逐したくもあるけど、遊びも欠かせないからな‥‥‥うん、楽しみだ」
「とは言え、私としては泳ぎはできないので楽しみは半減ですけれどネ」
「「え?」」
 
 ゼナのつぶやきに、俺たちはそろって驚いて彼女を見た。

「だって私、魔剣デス。体は人のように出来てますし、お風呂場などの水場ではある程度大丈夫なのですが‥‥‥基本的に沈んで泳げないのですからネ」
「あー、そう言えばゼナって魔剣だもんな。普段の様子を見ているせいで、てっきり泳げるかと思っていたよ」
「意外というか、普段生徒たちが大勢で襲ってきても、難なく返り討ちにする彼女にも、できないことはあったんだねぇ。というか、大きな浮袋が二つもあるのに浮かないのが不思議というか」
「それ、セクハラと受け取って切っていいでしょうカ?自覚はしていますが、女の敵としてみなしますヨ」
「ゴメン。本当にスイマセン」

 セクハラ発言、駄目らしい。なんでも彼女の知り合いのメイドの体験談として、放置していたら度が過ぎてしまったようで、危い事件が起きたのだとか。
 
 ゆえに、そのあたりはしっかりと風紀を持ってほしいそうである。切る対象が何なのか、それは聞かないが、知らないほうが幸せだろう。

「大体、その発言は‥‥‥おっと、口にしたら雷が落ちるのでやめておきます」
「何を言おうとしたの?」
「知らなくていい話デス。それと、一つ大事なのが…‥‥手持ちにメイド服の水着が無いのデス」
「「‥‥‥それ、大事な事なのか?」」

 カナヅチ発言よりも深刻そうに彼女は口にしたが、泳げない事の方が大事な気がする。

 とにもかくにも、迫る夏季休暇を目前にして、テストの時は迫ってきているのであった…‥‥


「その時までに、商会の方で水着のメイド服の発注を頼んでおかないといけないですネ。でも、種類が多いので迷うのも困りものデス」
「水着のメイド服ってどういうものなんだよ。というか、種類が多いってどういう品ぞろえになっているんだよ?」

‥‥‥話を聞くと、水中特化、水上特化、海底特化などの種類があるらしい。水着のメイド服という意味の分からないような言葉が出てきて、さらに訳が分からなくなってきたぞ。
 
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