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4章 中等部後期~高等部~

4-5 悪意の渦に巻き込まれぬよう

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‥‥‥更生施設から抜け出したという、かつての兄であり赤の他人でもあるラダー。

 誰が協力していたりするのか、出てきたところでどうするのかと言う疑問は多くあるのだが、周囲を警戒するに越したことは無い。

 たとえ、遠く離れていたりしてもやってくる可能性もあるし、未だに頭の中で次期当主の座を狙っていたりするならば僕を狙ってくる可能性が大きい。

 まぁ、仮に僕を狙って命を奪ったとしても血縁者でもないし、ただの犯罪者として処分される未来しかないので、普通の思考であればそんなことは気が付きそうなものだけど‥‥‥‥


「とは言え、あの兄モドキだからなぁ…‥‥対策も取っておかないとね。ハクロ、この辺りの糸は?」
【キュル!準備万端!いつでも感知可能だよ!】

 本日も静かに雪が降る中で、僕が問いかけるとハクロはぐっと指を立て、自信満々に胸を張りながらそう答える。

 しっかりと防寒着を着こなしているので動けば暑くなりそうなものだが、そこまで行かないのか汗ひとつすらかいていない。

【糸、普通の人触っても、すり抜ける。普通のなら、ひっかかるけど、これ私のお手製魔力糸だから、触っても通り抜ける、キュル】

 すううっと細い糸を手に持ち、そう説明してくれるハクロ。

 現在、あちこちに張り巡らせているこの糸はただの糸ではなく、魔法も扱えるからこそ開発できた特別の糸らしい。

 なんでも全部魔力で作られつつ、実体があやふやであり…‥‥それでいて、対象を設定すれば触れた時にすぐに場所が分かる優れものらしい。

 あやふやな存在の糸だからこそ、これをまとめて布にして作った衣服なども面白いことになるのだが、今回は領内全体で侵入者が来ないかどうかを確認する警戒のために、あちこちに仕掛けてもらった。

【でも、普通の糸と違って、魔力消費結構ある。今日はもう、魔法も飛行もできない】
「お疲れ様、ハクロ。とりあえず休憩しようか」

 ふぅっと息を吐く彼女に対して、僕はねぎらいの言葉をかける。

 用途によってはかなり便利な魔力の糸らしいが、その分魔力の消費も中々大きいそうで、魔力残量がだいぶかつかつになっているようだ。

 とはいえ枯渇で気絶するほどでもないようだが‥‥‥‥それでも、精神的に疲れるだろうし頑張ってくれたことに感謝している。

 それに、今日直ぐにでもやってくるという訳でもないし、今すぐに飛翔とか魔法も必要もないので、休憩をとってもらうことにした。

 油断する気はないので、魔力を回復できる薬も飲んでもらうけどね。何事もないのが一番いいけれども…‥‥なんでこう、面倒なことになるのかなぁ。


 そう思いながらも、休憩のために僕らは近くに生えていた、冬の間は枯れ木となっている、桜に似た木のもとに腰を掛けた。

【にしても、アルス。疑問あるけど、わかる?】
「なにが?」
【アルスの兄だった人、ラダー。更生施設から逃げたって聞いたけど、施設からなら普通は「脱走」って言うよね?何で、「脱獄」って言うの?】

 不思議そうに首をかしげるハクロだが、一応僕はその答えを知っている。

 ドンデルさんやゼバスリアン、その他の人達から縁が切れた後の話も聞いておいたのだ。

 確かに、普通であれば脱走と言うのが正しいのだろうけれども、ただの施設ではないからこそ、脱獄という言葉が当てはまる。

「なんというか、更生施設って言うけどね、詳しく言うのであれば監獄みたいな場所だからだよ」

 そもそもの話なのだが、僕の兄モドキたちに関しては、それぞれ違う所へ運ばれていた。

 その経緯は省くとして、実は当初は兄モドキたちは普通の更生施設に入所させられていたらしく、本当はそこまで困った者でなければそのままゆっくりと更生されて、なんとかまともな人として社会復帰できた可能性があったらしい。

 けれども、あの罪人の長年の教育の賜物なのか、はたまたは本人たちのもとから持っていた資質なのか、どちらも見事に施設で大問題を起こし、徐々に厳しい所へ運ばれていったそうで、ラダーは最終的にはかなり遠い国外の監獄レベルの施設へ収容されたようだ。

 ちなみに、もう一人の兄であったグエスに関しては、ラダーほどではなかったようで、何番目かで更生に成功しており、慈善活動に積極的に取り組むようになったようである。

 ただ、そのオマケと言うか、そこに至るまでの過程で何かに目覚めたのか、変態第3皇子と良い勝負の変態ドM?になってしまったらしい。何がどうしてそうなった。


 とにもかくにもそれはどうでもいいとして、問題なのはラダーの方。

 こちらは監獄レベルの非常に厳しい更生施設に入っており、扱いとしては囚人に近い。

 いや、そもそもその脱獄し続けた中で、問題をどんどん引き起こし、犯罪なども重ねていたので、囚人となってもおかしくはなかっただろう。

 同じような罪人から生まれたのに、なぜこうも違ったのやら‥‥‥不思議である。

「それで、ずっと更生施設内で暴れ続けつつ、最近はおとなしくしていたらしいけれども…‥‥結局逃げたのを見ると、猫を被っていたのかもなぁ」
【欺いていたの?】
「そういうことかな」

 諦めたようなそぶりを見せていたという話もあったが、偽っていたのだろう。

 そもそも爵位が低いのに変な貴族としての間違ったプライドなども持っていたし、傲慢さや強欲さ、権力欲の強さなどを考えると並大抵の方法で改心するとも思えなかった。

 今にして思えば、あのラダーが一番罪人とそっくりだったのかもしれない‥‥‥‥グエスは多分、知らぬ父親寄りの方だったから治しようがあったのだろう。変な方向への開花は予想外だったけど。


「そして今、見事に野放しになっているし、まだ欲望でいっぱいならば、ここへ来る可能性もあるからね。あいつ、当主になる欲望も強かったからね」

 貧乏男爵家だったとはいえ、男爵でも貴族は貴族。

 貴族の位を欲していたあいつにとっては、どの様な位に有ろうとも、同じようなところに見えていたのだろう。

 もしくは足掛かりにしてより上を目指そうとしていたのか…‥‥その向上心に関しては、まだ褒めるところだったのかもしれない。

 
 けれどもラダーはもう、戻ることができない道を歩んでいる。

 既に施設内で犠牲者の情報もあるし、もう更生できないと判断され、完全に犯罪者として裁かれる未来が見えている。

 ここに姿を表しても、捕らえられてしまうのが目に見えるのだけれども、どうでるのやら?

「そもそも、誰がどうやったのかという点とか色々と考えるところもあるし、難しい問題だよね」
【キュル、そうだよね。でも、私、何があってもアルス守る】
「それを言うなら、僕の方もハクロを守るよ。何かしでかされるぐらいなら、確実に滅せるような薬も作るからね」

 薬も裏を返せば毒となりうるし、ある程度の制限があるとは言えそれでもチート能力の薬生成。

 やりようによってはもっとできるだろうし、元兄だった相手とは言え、今はもう赤の他人であり、容赦する気はない。

 それに、いくら相手が今領地を欲したとしても、ここは守るべき領地でもあり、守るべき領民もいる。

 滅茶苦茶にされないように、確実に潰さないといけないからね‥‥‥‥

「そう考えると、僕は僕で変わったかもね」
【そう?アルス、ずっと同じだよ?】
「いや、領地に対する考え方とかがね」

 兄たちがいた時はそのまま渡す気満々であったが、思い入れが出来ている今、離す気も薄れてきている。

 領主としての自覚が出て来たのか、それとも知らない間に愛着がわいていたのかはわからないけど、赤の他人と化した愚者に好き勝手される気はない。

「とりあえず、休憩もそろそろ終えて、一旦邸に帰ろう。外に出ていると出くわす可能性があるからね」

 糸で感知してもらっていても、徹底的に相手を潰す気はあっても、何となく顔も見合わせたくないと思う。

 元家族だったとはいえ、そこまで思うのかと考えてしまうが、赤の他人過ぎたというべきか。

 そう考えつつも、野外よりも室内の方が安全なので、邸へ帰宅することにしたのであった…‥‥


「そう言えばふと思いついたけどハクロ、先日雪だるまを降らせる魔法を見せてくれたよね?」
【キュル?それが、どうしたの?】
「いや、ちょっと思いついて…‥‥うまいこと行けば、この時期限定だけどちょっと面白いことができるかもと思いついたんだよね」

 ああ、せっかくやってしまうのであれば、この機会に色々と試すのも悪くはないかな…‥‥うん、来たらそれはそれで良い実験台になってもらうのもありかもねぇ…‥‥

【アルス、なんか悪い顔している】
「え?」
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