上 下
51 / 76

とある妖精の話 その6

しおりを挟む
‥‥‥深夜、城内は静まり返っていた。

 誰もが眠り、起きているとしても城門の門番程度で、平和なこの国では攻めてくる者もいないようで、彼らもやや寝ぼけている。


 そんな中、城内にふとある音が響き始めた。



ピュルル~♪ヒュルルル~♪
ピュヒュルルル~♪

 まるで幼稚な笛の音、されども誰も起きず、その音は響き渡り続ける。


ピュルル~♪ピュピュピュ~♪

 なり続ける笛の音の中、城内で扉が開かれた。

 王女の部屋の扉が開かれ、中から王女が‥‥‥いや、中身は妖精のディアは、まるで誘われるように歩いていく。


 そして先へ進むと、玉座のある謁見室へとたどり着いた。


 その玉座には…‥‥



「くくく…、まさか、本当にこれで呼び寄せられるとはなぁ」

 にやりと、笛を手に持った医師、ボラインはそうつぶやいた。

 その表情は、昼間の人の良さそうな物とは異なり、邪悪そうな、欲望に満ちた顔である。




「さぁ、王女よ…‥‥いや、その体に入った愚かで哀れな妖精よ。この笛の音にあやつられているのであれば、我が元へ来い」

 玉座に座りなおし、笛を吹きながらそう命じるボライン。


 その笛の音に合わせるように、ディアのその王女の身体は勝手に動き、彼の前に跪く。


「ふふふふふ、これで操れることが分かったのだし‥‥‥‥そうだな、せっかくだからここでいただくのも悪くはない」


 邪悪な笑みを浮かべ、手をかけようとした‥‥‥‥その時であった。



「…‥‥やっぱり、そういう事だったのか」
「っ!!何者だ!!」

 突然、聞こえてきた声にボラインはそう声を上げ、その声の方を向いた。

 だがしかし、そこには誰もいない。


 気のせいかと思いたかったが…‥‥次の瞬間。





バチィッ!!
「がっ!?」

 突然、ボラインは手に強烈な痛みを感じ、自身の手を見た。

 そこには笛を持っていたはずなのだが、その笛が、いや、彼の手首から先までもが失われていた。




 切り取られたかと思いきや、血が流れ出ている様子はなく、それでいて猛烈な激痛が走る。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!」

 痛みに耐えられず、悲鳴を上げるボライン。




「‥‥‥やれやれ、やはりというか、こういうことだったのか」

 王女、いや、ディアの横に影が差したかともうと、いつの間にかそこには誰かが立っていた。


 銀の髪色が月夜に映え、薄暗い室内をその赤い目が不気味に輝く。

「な、何者だお前は!!」

 痛みに何とかこらえ、問いただすボライン。

 だが、その回答はその謎の青年が答えるよりも早く、別のものが答えた。


「…‥‥悪魔、ゼリアス。やはり来てくれたのですか」
「っつ、王女⁉いや、その中にいるはずの妖精、いつの間に!!」


 彼の隣に立っていたディアが起きており、はっきりと口にしたことにボラインは驚愕した。


「いつの間にも何も、その笛の音が聞こえてきてからですよ」
「ば、馬鹿な!!妖精であれば確実にこの、」
「『魔笛:フェアリーソング』で操れるはずだ、身体は人でも中身が妖精であれば‥‥‥とでも、言うのだろう?」
「!?」


 その謎の青年、いや、悪魔ゼリアスの言葉に、ボラインは驚愕の表情を浮かべるのであった。





―――――――――――――――――――――――

‥‥‥魔笛、それは元々、とある部族が持っていた儀式用の笛。

 妖精を操れる効果があるとされたが、本来の利用方法は妖精を呼び寄せ、話を聞くだけ。

 妖精は自然と共に過ごすので、その分天候などに敏感で有り、農作業を行う際に重要な情報を聞きやすいのだ。



 けれども、その記録は今では残っていない。

 なぜならば、その部族は当の昔に何らかの原因で滅び、そして笛だけが残ったのだ。




 だが、その笛を偶々見つけた人物がいた。

 それが、この医師ボライン。



 今から数十年前、まだ若かった彼は、医療のために薬剤の材料となる薬草を捜していた時に、ふと埋まっていたこの笛を偶然にも見つけ出し、掘り出したのだ。

 当初は何の欲望もなく、綺麗にすれば使えそうで、音楽を聞かせて患者をリラックスさせられると思っていたのだ。



 けれども、数回ほど試しに吹いていた中、ふとあることに気が付いた。

 その笛の音を響かせている時に、どこからともかく翅を生やした小さな小人のような者が寄って来て、笛の音に合わせて動いたのだ。




 実験として繰り返し行い、ボラインはその小さな小人のような者は妖精であり、その笛の音には妖精を操る事が出来るということを発見した。

 ただこれで操るだけであれば、特に意味もないのでしまっていた。





 それから数十年後、だいぶ年を老いてきたある時、ふとその笛をの事を思い出した。

 当時は利用価値もないと思っていたのだが…‥‥年月を経て、彼は様々な薬剤の知識を蓄えていた。

 医療でも、倫理的にも禁忌とされるような類の事も覚えておき、いざという時に使えるようにと思っていただけだが‥‥‥それが、その笛の利用方法として結びついてしまった。


「‥‥‥あれとこれ、それに他の物を利用すれば…‥‥もしや」


 最初は単純な思い付きであったが、実現可能そうなことであると結論付けた時、それは邪悪な野望へと変わった。


 都合よく、今のこの国には王女がおり、まだ未婚。

 婚約者を選定したほうが良いのだが、まだまだしなくていいというか、国王にとっては大事な娘なので手元匂いいておきたいのだろう。

 その王女を利用し、自身がこの国を牛耳れるという野望を、彼は抱き、そして実行に移したのであった…‥‥




――――――――――――――


「まずは、王女に近づくために、医師としての築き上げてきた人脈を利用し、信頼を得て王城へ乗り込めるようになった。そして、王女を時々診察し、機会を伺い…‥‥まずは、昏睡状態になる薬をもったのか」

 痛みが耐えきれなくなり、悲鳴を再び上げ始めたボラインを手刀で気絶させたゼリアスが、彼の身体をしっかりと拘束し、その記憶をどうやってか抜き出し、映し出す。


‥‥‥実は、医師が来る数時間前に、ようやく彼と連絡を取れていたディア。

 その笛の音を防ぐ道具を貰い、こうしてわざと罠にかけたのだが‥‥‥‥気絶したボラインが、非常に醜い怪物のように見えていた。


「そして、その診察の際にある薬品…‥‥禁忌とされる、魂を入れ替えると言われるものを投与したのか」

 魔笛の効果は、妖精を操る事。

 ならば、その妖精をどうにかして王女に出来れば、笛で操り、既成事実を得て実験を得ようという企みだったようだ。


 ゆえに、彼は様々な方法を模索し、まずはその禁忌の薬に手を付けたのである。


「いや、正確には違うな。魂を抹消し、別の魂を受け入れらるようにした薬か。それで王女の魂を消し、生きた屍として昏睡させて……」
「次に、私たちを狙ったという事ですか」



 妖精たちを捕獲し、その妖精を煎じさせる際に、こっそり薬を混ぜ、王女に呑ませる。

 魂を失ったその体には呑まれた妖精の魂が入り込み、別人のようになると思われたが…‥‥

「だけど、妖精とてバカではない。怪しまれないように動くだろうとかけていたのか」


 様々な要因が絡み、不確定要素ばかりなものであるが、野望を抱いたボラインにはそこまで考える頭が無かった。

 いや、元が悪人ではなかったがゆえに、小悪党というべき様な、大物にはなれぬ器であったせいだろう。



「でも、特殊な翅をもった妖精を望んでいたのは‥‥‥」
「普通の妖精を飲ませると言うよりも、希少性を盛る事で信憑性を少しでも高めようとしていたようだな」


 やれやれと呆れたように、肩をすくめるゼリアス。

「自身の欲望のために、王女をたばかり、妖精の魂を入れ、笛で操って国を牛耳ろうとした、たいそうな事をやろうとした感じだが…‥‥色々と甘いし、所詮は何にもなれぬ雑魚だったんだな」



‥‥‥己の欲望を満たすためだけに、その愚かな望みのために、妖精たちは犠牲にされた。

 ボラインにとっては、操れるだけの小物であると思っていたのだろうけれども…‥‥彼らにも、意志はある。



「…‥‥ゼリアス、私はどうすればいいでしょうか?」

 抑えきれない様な、妖精たち全員の怒りを背負うように、ディアはそう口にする。

 彼曰く、薬でこの王女の身体に入れられてしまった者は、もう二度と戻せないそうだ。



 ディアはもう二度と要請に戻れず、この国の王女として生きていくしかない。

 そしてこの国の王女であった者は、この愚かな者のせいで、人生を奪われた。

 そして、妖精たちはこの愚か者のせいで、命を多く奪われた。


「そこまでは、俺は責任を持てない。いや、元々この俺がいる森へ逃げようとした妖精たちを、こいつのせいで奪われたという事であれば怒りを覚えるが…‥‥真実を、そう簡単に明かせないからな」


 ここですべてを表に出してしまえば、ここにいるディアは王女ではないとされる。


 体は王女だが、その中身は妖精のディア。


 偽物として処分される可能性も否定できない‥‥‥‥あの国王は、そう非情なものではないとは思うが。


 また、この詳細を人々が知れば、同じような企みを行うような輩は出るだろう。





…‥‥では、どうすればいいのだ。

「表には出せないこと、されどもこのままではどうしようもない。ならば…‥‥」
「‥‥‥何か、手段があるのでしょうか?」
「ああ、あると言えばある。けれども、それは悪魔としてはどうなのかと言うような方法でもある」


 ゼリアスに対してディアは問いかけると、彼は非常に複雑そうな表情をした。


「でもなぁ、この件を聞いた妹的には、きちんとしないといけないと言っているし…‥‥どうにかする方法があるのならば、そっちを取ったほうが良いのか」

 そう言うと、ゼリアスは懐を探り、一枚の書類のようなものを取り出した。



「何ですか、これ…‥‥契約書?」
「そうだ。悪魔が他者との契約をする際に、絶対に破らないようにするためのものだ。それでだな、妖精…‥ディアと言ったか。お前にちょっとした提案として、ある契約を結びたいが…‥‥良いか?」


 ゼリアスの言葉にうなずき、その説明をディアは聞いた。

 そしてその詳細を知り、彼女は驚いたが…‥‥その方法が成功すれば、ある程度この件は隠せつつ、この愚か者へ処罰を下せるのだ。


 そして契約書に彼女は名前を記し…‥‥‥悪魔との契約が成り立ったのであった…‥‥






 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

破滅を逃れようとした、悪役令嬢のお話

志位斗 茂家波
ファンタジー
‥‥‥その恋愛ゲームは、一見するとただの乙女ゲームの一つだろう。 けれども、何故かどの選択肢を選んだとしても、確実に悪役令嬢が破滅する。 そんなものに、何故かわたくしは転生してしまい‥‥‥いえ、絶望するのは早いでしょう。 そう、頑張れば多分、どうにかできますもの!! これは、とある悪役令嬢に転生してしまった少女の話である‥‥‥‥ ――――――― (なお、この小説自体は作者の作品「帰らずの森のある騒動記」中の「とある悪魔の記録Ver.2その1~6」を大幅に簡略したうえで、この悪役令嬢視点でお送りしています。細かい流れなどを見たいのであれば、どちらもどうぞ)

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

その国が滅びたのは

志位斗 茂家波
ファンタジー
3年前、ある事件が起こるその時まで、その国は栄えていた。 だがしかし、その事件以降あっという間に落ちぶれたが、一体どういうことなのだろうか? それは、考え無しの婚約破棄によるものであったそうだ。 息抜き用婚約破棄物。全6話+オマケの予定。 作者の「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹が登場。というか、これをそっちの乗せたほうが良いんじゃないかと思い中。 誤字脱字があるかもしれません。ないように頑張ってますが、御指摘や改良点があれば受け付けます。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

楽しくなった日常で〈私はのんびり出来たらそれでいい!〉

ミューシャル
ファンタジー
退屈な日常が一変、車に轢かれたと思ったらゲームの世界に。 生産や、料理、戦い、いろいろ楽しいことをのんびりしたい女の子の話。 ………の予定。 見切り発車故にどこに向かっているのかよく分からなくなります。 気まぐれ更新。(忘れてる訳じゃないんです) 気が向いた時に書きます。 語彙不足です。 たまに訳わかんないこと言い出すかもです。 こんなんでも許せる人向けです。 R15は保険です。 語彙力崩壊中です お手柔らかにお願いします。

処理中です...