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Ver.5.0 ~世界の焔と、導きの篝火~

ver.5.3-150 女神漬け

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 冥界の泉の水による、常識漬け。
 一夜漬けとは意味が異なり、あちらが根性で無理やり頭に叩き込むものであれば、こちらは物理的に染み込ませて、ゆっくりと己のものにするらしい。

 なお、黒ひげ危機一髪のような頭だけを出しての状態で行うのではなく、全身沈める形になるそうだ。

「それって、溺れないの?」
「普通の人ならば確実に溺死するだろう。だが、そちらは女神に真祖とどちらも常人に有らざる存在。それに、ココは冥界…もとより、死のみしか本来は存在しえぬ世界。ゆえに、ここでは資することもなく、ゆったりと沈み込んで浸かることが出来るだろう」

 冥界ゆえの利点というべきか、他の場所ならば命を落とす可能性があることでも、ここでは冥界そのものが死の大きな塊となっているため、命を失う危険性はないらしい。
 それに、どうやら泉の水自体も常識が溶け込んでいるものゆえか普通の水とは性質が異なっているのもあるようで、様々な要因が入り混じった結果、全身どっぷり漬け込んでも大丈夫なようだ。




 とにもかくにもあれよあれよという間に用意がされ、後は浸かるだけになった。
 女神の姿に切り替え、ミーちゃんとは別々の入れ物の中にこれから漬けられることになる。

「一応、衣服有りなのは精神的に助かったかも…」

 何度もこの姿になり、バニーや水着などを経験しているとはいえ、流石に抵抗感はあるだろう。

 しっかり中に入り、頭で入れた後に蓋が閉じられ…漬け込みが、始まるのであった。











「…それにしても、久しぶりの常識漬けね」

 ハルとミントが漬けられた容器を見つつ、冥府の女帝シュキルナはそうつぶやく。

 冥界にまだ寿命を終えていない生者が訪れるのも久しぶりのことだし、そのうえ常識漬けを施すのもかなり久しぶりのことである。
 本当は、常識とは何か教鞭を振るう気もあった、今回、こちらの漬け方を優先したのには、理由もあった。

 すでに説明したが、この常識漬けは並の常識を持ち合わせている相手であれば必要ではない者。
 受ける資格を持つ…いや、持ってしまうのは、その常識がずれにずれまくった部分がある者たちだろう。

 多少のずれ程度であれば、教鞭を振るうなどの手段で矯正ができるだろう。
 だがしかし、そのずれの範囲が多少ではなかったり、あるいはずれている部分が完全に意識外の部分であったりした場合は、こちらの漬け込み手段しか手が無かったりするのだ。

 ミントはまぁ、おまけの様なものなので教鞭だけでも良かったが…ハルのずれ具合を見ると、彼女も一緒にしたほうが都合が良い。

「最近新しく女神が誕生したとは聞いていたけれども…魂の根底から、ずれが生じていたのが厄介だったわね」

 最初から女神ではなく、生身の人間のまま過ごし、ある日覚醒して神になる話なんてものは、実はそこそこあったりするもの。
 だがしかし、今回のハルのような場合…性別の時点で違っているものに関しては、厄介なずれが生じることがあり、どうやらそれが当てはまってしまったようだ。

 神の持つ視点は、常人とは異なるだろう。
 それゆえに、物凄いやらかしもある。


 だが、ハルの場合は女神になっているとはいえ…元が人だ。
 長きにわたる修行の末に神に至る者もいるが、その過程は無い。
 女神としては相当異例の入り方をしているがゆえに、根底的な部分での全てへの見方に、わずかながらもずれつつあった部分があることを、シュキルナは見抜いていた。

 本人でも気が付かない、神と人での見方の違い。
 何度ものその間を行き来しているがゆえに、僅かだった部分が大きくなっており…下手をすれば、相当ヤバいことを仕掛けていただろう。

 ゆえに今回、根底部分からも徹底的に直すためにということで、漬ける手段を取ったが、それとは別にもう一つのものも用意しているのである。


「まぁ、施すのは漬けて数日後か…それまで準備をして待つか。時間がかかるからこそ、漬ける時間で潰すのもありだな」

 漬けるだけではない。
 それだけでも十分効果はあるだろうが、それでも完全ではないだろう、

 何より、未だに生者のほうの女神だからこそ、ここで漬けていても元に戻る可能性もある。

 ゆえに、いずれ、人であった生を終えて女神になるその時まで大丈夫なように釘をさしておく必要があるのだ。

「こんなこともあろうかと、事前に連絡はしておいたが…終わるころ合いには、出来上がるか」

 ひとまず今は、漬け終わるまでの間、何事もない様に見守る必要がある。

 ここは冥界、死の国。
 本来であれば生者が来るはずもない場所だからこそ、生きているその命の炎を狙う輩も出てくる。
 それが例え、冥界を治める女帝の領域だとしても…生きている、というのはまばゆい輝きになるのだから…

「…終わるまで、しばし騒がしくなるのもそれはそれで面白いが…流石に、手が足りなくならないように、人手を呼ぶか」



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