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消された記憶1

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 ーー堕ちたのは、異世界か……それとも……愛する……彼の……。





「……はっ」

 彼女は、息をのんだ。

 彼女の目の前に見えるのはワイングラス。持ち手に星の細工が施されてあり、とても綺麗で神々しい。

「ーーさぁ、裏切り者。お前はこれを飲んで死ぬがよい」

 ワイングラスの中に透明のキラキラとした液体が注がれる。
 
 彼女は両腕を何かで縛られていて、身動きがとれない。そして、なぜだかその液体が入ったグラスは女性の唇に押し付けられようとしていたーー……。

 ーーえっ、いったいどういうこと?? どうしてわたしは、よくわからないものを、のまされようとしているの? 
 
 女性の周りには見知らぬ男の人があたりを囲んでいて、液体を強引に飲めと言っている。かなりまずい状況だ。


 女性は目を細める。彼女の両手を縛っているものは、光の輪だった。光の輪が幾重にも連なって、手首、腕、腰、足首まで、ぎゅうぎゅうと締め付けている。

 ーーはなして!!!!

 女性は顎や頬でワイングラスの手をどかそうとする。勢いよく、思いっきり、頬でぐいっと押しのけたものだから、グラスは床に落ちてパリンと割れた。


 液体が床に広がって、甘ったるい匂いが部屋に充満する。咽るような甘い匂いを嗅いでいるだけで、彼女の意識はだんだんと遠くなっていったーー……。




「ーーラビィ?」

 その通る声に、甘い匂いが充満した部屋に一瞬ピリッとした緊張が走る。


「ラビィ!? どうして君がこんなところにいるんだ」


 男は何度も彼女のことを「ラビィ」と呼ぶ。でも、彼女はその名前に反応する様子はない。
 男のことは一瞬見たものの、頭を傾げ、不快に満ちた表情をしている。

「ーー君は、これを飲んだ?」

 男は窓ガラスから、ゆっくりと彼女のもとへ近寄って来る。窓には割れたガラスの破片が残っていて、腕を通す時にガラスの破片で腕や頬が切れ血が流れた。床に落ちたガラスの破片を靴で踏む音が聞こえた。

 彼女を囲む男たちは後ずさりした。

 光の輪がゆるみ、彼女は床に膝を付く。

 ーーはぁ、はぁ……。なんだかわからないけれど、頭がくらくらしてきて、立っているのもつらい。呼吸が苦しい。

 
 割れた窓から見える幾つもの光り輝く星。真っ暗な部屋の中に突如現れた星の一等星。
 輝く絹糸の銀髪。長く伸ばした前髪の隙間から、サファイアの宝石のような瞳が見えた。

 知らぬ男性が彼女の体を支えようとして、彼女は非常に驚いた表情をする。ーーそして、その触れた手を払いのけた。


 男の表情はみるみるうちに変わっていく。

「ーーくっ、非常に不愉快だ」

 
 ☆


 彼女はゆっくりと瞳を開けた。
 
 ふかふかのベッドにやわらかな毛布。目を覚ました彼女がベッドから部屋を見渡す。窓が二つに木のテーブルと二つの椅子。テーブルの上には水の入ったコップが置いてあった。

 
 まだ夢見ごこちのふわふわとした気分の中、大きな手が彼女のおでこに触れる。


「ーーああ、悪い。驚かせた。……体温を確認したかったんだ。 体の調子は、どう? 少しは楽になった?」


 銀髪に青い瞳。白のブラウスの隙間から、シルバーのネックレスと、ブレスレットが見える。彼の腕と頬にはいくつか絆創膏が貼ってあって、彼女は思い出した。

 ーーこの人、さっき、ガラスの窓を割って入って来た人ーー……!?
 

 彼女が寝ているベッドのすぐ隣、窓のすぐそばの椅子に男は座っていて、女性の様子を伺っている。さきほどまで縛られた腕はやや痣になっていて、それを心配そうにすごく気にしていた。



 「ーーラビィ。さぁ、君は今、どこまで記憶がある?」

 ーーき、記憶????

 驚いている彼女に小ぶりの銀の手鏡を渡した。
 真っ白なワンピース。腕はか細く、指は長い。背中まで伸びた真っ白の髪の毛。小さな鼻、唇に……そう、彼女は自分の瞳の鮮やかさに驚いていた。

 輝くルビー宝石のようなキラキラとした瞳。

「ーーははっ、その様子だと僕のこともすっかり忘れてしまったようだな」


 
 自分の置かれている状況を全く呑み込めずに慌てる女性を目の前にして、彼は苦笑いする。


「僕の名前はシリウスです。星の琥珀に狼との契約をした魔法使いだよ」
 
 ーー星? こはく? 魔法使い? 

「ーーーーーーーー!!!!!」
 

 彼女は声を出そうとした。うまく出せない。声を出そうとすればするほど、喉が閉まり、咳き込んでしまうのだ。


 シリウスと名を伝えた男性は耳につけたイヤリングを片方外して、彼女に見せた。青い宝石のイヤリングには狼の紋章が彫ってある。イヤリングを手で軽く握ると手の中から光が放出された。

 どこか切なげな表情をする彼。

 彼女は首を横に振る。

 彼女は今、何も覚えていないのだーー……。





 「ーーお腹は空いていない? 朝食を用意していたんだ」

 彼は自分の耳にイヤリングをつけなおすと、部屋から出て行った。




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