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第一章「由希姉って東京から来たの!?」

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 「・・・」
 「・・・」
 「・・・」
三人に沈黙が走る。
由希は頭の中で、今起こったことの状況を整理する。

 (えっと、まず その1.私は会社辞めて丸伐町に引っ越しました。2.ショッピングモールのサイン会来ました。3.モールが火事になりました。4.私火事で死にかけました。5.そしたら莉愛ちゃんと紗南ちゃんが助けに来て空飛びました。)

 「由希姉。莉愛達、実はね。魔法使えるんだ」
莉愛が沈黙の中、口火を切った。
 (6.フリフリ着た莉愛ちゃんが魔法使える、とか言い始めました)
 「お怪我はないですか?」と紗南。
 「いや・・・ ないはずなんだけど、酸欠で頭がどうにかなっちゃったかな・・・ それとも私、焼け死んで幽霊に・・・」
 「大丈夫。由希姉はちゃんと生きてるし正気だよ」と莉愛。
 「落ち着くまで時間かかりますよね。はいこれお水です」と紗南は自販機のミネラルウォーターを由希に渡した。
かなり喉が渇いていたので、ペットボトルはすぐに空になってしまった。水を飲んで由希は少し落ち着く事ができた。
 「はあ・・・ なんだかよく分かんないけど、助かった。ありがとうね」
 「由希姉、今日デパートに行くって言ってたでしょ? 急いで助けに来たんだ」と莉愛。
 「うん、サイン会に・・・って、そういえば本は!?あれが燃えちゃったら・・・」
 「心配しないでもいいですよ。火は全部私が魔法で消し止めました。本は全て無事です」と紗南。
 「あ、ありがとう・・・」
由希はほっとして肩を落とす。
そして命よりも本の心配をしていた自分が、なんだかおかしく感じられた。


 「ーーー!?」
少女たちは何かを察したように、急に険しい表情になった。
 「由希姉、下がってて!!」莉愛が叫ぶ。
 「よく気がついたね」
路地裏の影からゆっくりと男が拍手をしながら現れた。
そして少女たちの方を見つめ、不適に微笑む。

 「やっぱり貴方たちだったの」と紗南。
 「そうだ。あの爆発は僕が仕掛けたんだ。お前らを呼び寄せるためにね」
男は笑みを崩さずにそう言った。まだ変声期を終えたばかりのような若い声だ。
 「許せない! もう少しで由希姉が巻き込まれるところだったんだよ!」
 「そんなの僕の知ったこっちゃない。だから言っているだろ。僕たちの仲間に入りなって。そうすりゃこんな面倒なことしないで済むんだ」
男はメガネを掛けていて、目にかかりそうな髪はきちんと整えられている。一見して華奢で色白な文学青年と言った風貌だ。だが表情といえば不適で下卑た顔つきで、真剣な表情の少女たちとは正反対だ。

少女たちと男は戦闘態勢で対峙し、この上なく張り詰めた空気が路地裏に広がる。
男はサスペンダーに取り付けてあるホルダーから自動式拳銃をゆっくりと取り出した。
 「美しい銃だろ?この銃は第二次世界大戦のドイツで、・・・ぐびょっ!!」
なんとも情けない声を出して男は吹き飛ばされ、削れてしまうかのようなスピードでアスファルト上を伝う。
男が元いた場所で莉愛が宙を舞い、拳を突き出している。
わずか一瞬のことだったので由希には何が起こったのか理解できなかったが、莉愛が何かしらの攻撃を男に加えたことだけは分かった。

 「戦う前に隙を見せるとかバッカじゃないの!?」と莉愛。
 「ぐぐ・・・小娘め。くらえっ!!」
男の銃から銃弾が数発放たれた。が、莉愛はその銃撃をあたかも死にかけのハエのようにかわし、さらにもう一発エルボーを男にお見舞いした。
 「ピギャっ!」
またも情けない声を男は出してしまった。が、なぜか男の顔には笑みが残っている。
莉愛がそれを怪訝そうに思っていると、後ろから銃弾が猛スピードで莉愛の横を通過した。タッチの差でそれを避ける事ができたが、そのうちの一発だけが莉愛の左頬をわずかにかすった。
 「え、何!?」
莉愛は辺りを見回す。
 「フハハ。これが僕の能力。僕は自分が撃った・・・」
 「気をつけて莉愛ちゃん!そいつ、銃弾をコントロールできるよ!!」と紗南。
 「僕のセリフとるなあっ!!」

 「紗南、由希さんを見守ってて! こいつは莉愛が倒す!」
 「やれるものならやってみな。その代わり、負けたら僕たちの仲間になってもらうよ」と男。
 「あんたみたいな雑魚、莉愛が負けるわけないじゃない!」
 「・・・お前! よくも雑魚って言ったな! この《失楽園パラダイス・ロストの刹那》と呼ばれる僕が倒せなかった敵はいないんだ!」



 「「「名前ダサっ!!」」」

少女たちと由希は思わず叫んだ。


 「プププ・・・ それあんたが名付けたの? マジでネーミングセンスの欠片もないんだけど。プププ」莉愛は笑いを堪えきれず、頬を膨らませる。
 「っこのガキどもめええっ!! これ以上僕を侮辱するなよおお!!」
男の色白なこめかみに血管が浮き出始め、口の横には泡がこびりついた。
 「あんた優男に見えて意外と気が小さいんだね」と莉愛。
 (クソがっ、まずそこの女を殺してやるっ! 後悔すんなよ!!) 
男は由希目掛けて銃弾を撃つ。が、その全ての弾は由希に着弾する寸前、突然跳ね返されたようにポトリと地に落ちてしまった。
 「えっ!?」
由希は恐る恐る、潰れた銃弾を見つめる。
 「こんなこともあろうかと、バリアを貼ってたんです」と紗南。
 「っ・・・!! あろうことか今度は由希姉まで狙うなんて! ああもう。これウザい!!」
莉愛は腕を大きく振るうと衝撃波が起こり、飛び交っていた銃弾は空中で破裂してしまった。
 「な・・・!!」男の顔に、絶望的な表情が浮かんだ。
 「その銃を早くよこしなさい」
 「い、いやだ! お前らみたいなクソガキには負けるもんか」
 「よくも由希さんに・・・!!」紗南も立ち上がり、男に詰め寄る。
 「ひいい・・・」男は銃弾を少女たちに乱射しようとするが、トリガーを引いても虚しい金属音がなるだけ。すでに弾倉は空になっているのに気がつかない。

 「殺しはしないから安心しなさい」
莉愛は右手で男の胸ぐらを掴み、高くかざした。
男の体は莉愛の何倍もあるが、莉愛は難なく男を持っている。
引っ越しの手伝いの時、由希の書庫で重い本を持って倒れそうになっていた少女とは思えないほどだ。
 「やめろおおおお!!」
男は抵抗してジタバタするが、身動きが取れないほどに強い力で押さえつけられているらしく、全く歯が立たない様子だ。

 「紗南! 行くよ!」
 「うん! 任せて!」
莉愛は男を空高くに放り投げた。
紗南は手に持っていた魔法のステッキを振るうと、男はそこから更に高度を上げ飛んでいった。
街中が一望できるくらいの距離まで浮かび上がると、そこから不意に魔法が切れ、引力に引き寄せられた。
 「ぎゃああああああああっ!!」
断末魔の叫びを上げながら男はピンポイントで莉愛の元へ落下していく。
男はアスファルトに激突し、莉愛は男の足首を掴んで力の限り振り回した。
 「とりゃああっ!!」
そして男は壁に激突し、動かなくなった。

 「ふう。もうこれで大丈夫でしょ」
 「お疲れ。莉愛ちゃん」
 「由希姉、大丈夫!?」
 「う、うん・・・でもそいつ、死んでない?」
 「こいつらはね、このくらいじゃ死なないようになってるんだ」
男は傷だらけの顔で、目を回して気絶している。
莉愛は落ちていた男の拳銃を手に取ると、一握りで粉砕してしまった。

 「ま、これで一件落着」莉愛は手をパンパンと鳴らし、汚れをほろう動作をした。
 「莉愛ちゃん、ほっぺたから血が」
 「え?ああ、もう最悪!こんな美少女びしょーじょの顔を傷つけるなんて」
 「じっとしてて。すぐ直すから」
紗南は莉愛の傷付いた頬に手を当てると、傷は光に包まれて、一瞬で直ってしまった。
 「これも魔法の一つなんです」紗南は由希に向かってそう言った。

すると、路地裏に大型車両やパトカーがサイレン音と共に集まってきた。
その中から大勢の武装した自衛隊員や警察の機動隊が飛び出てきて、狭い路地裏に押し入っていく。
 「いたぞ!確保!!」

パトカーや装甲車の間に突然、高級スポーツカーが割り込んで入ってきた。
するとその中から、サングラスをかけたスーツ姿の女が降りた。
 「あ、事務官どの。どーも!」
莉愛は女に向かって、左手で敬礼をした。
 「コラ、左手で敬礼は死人にするものだって前に教えたでしょ」
事務官と呼ばれた女は莉愛の頭をコツンと優しく叩いた。
 「まあ、今回も助けられちゃったね。ありがとう」
 「あ、そうそう。由希姉、このお姉さんはね、防衛省ぼーえーしょーの田之上さん。美人でしょ」
 「よろしく」田之上事務官は由希に手を差し伸べた。「莉愛ちゃんたちの知り合い?」
 「はい。この子たちと同じアパートに住んでいます」
 「・・・あれ? もしかして小説家の茂上由希さん?」
 「え、ええ。そうですけど」
 「すごい偶然! 私さっきまで貴女の本読んでたの。ちょっとサインしてくれる?」
 「は、はあ・・・」
田之上は車から本とマジックペンを取り出し、由希に渡した。
意図しないところで由希はサインを書くことになった。

 「ありがと。これ、家宝にするね。それで本題に戻るんだけど、ちょっと一部始終を知りたいから、駐屯地まで来てもらえない?」
田之上事務官はスーツこそ着ていたものの、ウェーブをかけた髪型や化粧はとても官僚には見えず、まるで都心のOLのように華やかな印象を与えた。


それから駐屯地の防音加工がされている一室で、事情聴取が始まった。
部屋に入った途端、少女たちが今まで着ていたドレスは光に包まれて、普段着に戻った。
田之上事務官は少女たちの変身能力を知っている数少ない人物らしく、「いつも小学生に仕事とられて面目ないなあ」と2、3回ボヤいた。

事情聴取は思ったよりも時間がかかり、気がつくと窓から夕日が差し込んでいる。
 「さて。事情聴取はこれでお終いです。お疲れ様。三人とも家まで送るよ」
 「あの・・・」
 「ん?何?」
 「あの男って、何者なんですか?」
 「それに関しては国家機密トップシークレット。・・・と言いつつ、少しだけ教えてあげる。数年ほど前から、やたらこの街の近辺にああいう超能力を持った犯罪者たちが出没していてね。この子たちとの関係はまだわかってないんだけれども。安保上のとある理由から、市ヶ谷から私が調査官として出向しているわけ。あ、結構喋っちゃった」
 「・・・」
 「由希姉、とりあえず今日は帰ろう。莉愛、戦ってお腹減った~」
三人は事務官のスポーツカーに乗り、雪重荘にへと帰った。
帰りの車内では皆、無言だった。



一方で、彼女の車を尾行する影があったことは、最後まで誰も気がつかなかった。
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