10 / 11
第二章
◇お出掛け
しおりを挟む帝都のお屋敷に着いた翌日。朝食を皆様と食べた。今日は、士貴様はお城の方でお仕事があるとかで朝食後すぐにお城勤めのお義父様と出かけて行った。
「さぁ、紗梛さん。私たちはお買い物に出かけましょう」
「はい! 郁世様、よろしくお願いします」
まだまだ口に出して『お義父様』『お義母様』と言うのは恥ずかしくて名前で呼ばせてもらっている。恥ずかしいというか緊張が大きいのだけど……
私とお義母様は準備していただいた馬車に乗り込み帝都の中心部にある皇族の御用達の呉服店にやって来た。
「いらっしゃいませ、長曽我部様。お待ちしておりました」
「急な予約、ごめんなさいね。今日はうちの義娘の着物を仕立てたいと思っていてね」
ここはお義母様の行きつけのお店らしくて、よくここで仕立ててもらっているらしい。
「初めまして、紗梛と申します」
「こちらこそ初めまして。私は呉服屋女将の市河と申します。よろしくお願いしますね……さ! 早速ですけど、中に入ってくださいな」
お店に入ると美しい反物の数々が吊るされていた。女将さんに連れられていくと、吊るされていないものも沢山出て来てそれを一枚ずつ肩に当てられた。
「私は、これが可愛いと思うわ。どうかしら?」
それは一斤染と呼ばれている淡い紅色の地に桜花と源氏香の柄が描かれていて派手ではないが落ち着いていて穏やかな反物だった。
「源氏香ですね、それに色も可愛らしいです」
「あら、紗梛様は源氏香をご存知なんですか?」
「あ、はい。私、香道を嗜んでおりまして……」
源氏香は、幼い頃母と一緒に遊んだ組香の遊びだ。まだ作法なども分からなかった時に何度もしていたから懐かしい。
「そうなんですね、源氏香の着物は時の移ろいを表していて香りを装うと言われているんですよ」
そうなんだ……でも確かに源氏香一つ一つ見ると香りが聞けるような気がする。
その後はその他の反物も当てたりして数着と帯や簪などの髪飾りを見て選んで呉服屋を後にした。
***
馬車で移動して、次は如何にも高級そうな高貴な方が来そうな和菓子屋さんへとやって来た。ここは、休み処もあるため休憩のために立ち寄ることにした。
「ここのあんみつは絶品なのよ」
「そうなんですね、楽しみです」
郁世様とお話をしていると、ぜんざいが二つ運ばれてきた。机に置かれたあんみつは、硝子のお椀にはゆらゆらと白玉が浮かんでいて心太とふっくらと粒がある餡子が盛られていた。横には小さな小鉢に黒蜜があって甘い香りがする。
「じゃあ、いただきましょうか」
「はい。いただきます」
手を合わせると黒蜜を全体にかけてから箸を持って心太を口に運ぶ。四角く切られているコロコロした心太は、舌先で押せばほろりとくずれるほど柔らかい。コリコリとした食感と黒蜜の濃厚な甘さがよく合って美味しい。
「どう? 美味しいかしら?」
「とても美味しいです。甘くて、こんな美味しい甘味は初めてです」
「それは良かったわ、喜んでもらえて。後から、おはぎや大福も買って帰りましょう」
そう郁世様は言うと女中さんらしき人を呼んで、持ち帰る和菓子を注文していて屋敷に届けるようにと言っていた。
郁世様の話し方や思いやり溢れ、とても温厚なところは士貴様と親子なのだと思える。士貴様の優しいところはお母さま譲りなんだろう……
「そうだ、紗梛さん。明日の夜会は何を着ていくの?」
「はい。士貴様が洋装を仕立ててくださって……だからそれを着ようと思っています」
「そうなのね、ふふ楽しみだわ」
それから食べ終えるとお店を後にした。邸宅に帰ったのは太陽が傾き始めた頃だった。
邸宅に到着すると、中から出てきて士貴様が出迎えてくれた。
「おかえり、紗梛さん。俺より遅いから心配したよ」
「ただいま帰りました、士貴様。出迎えありがとうございます」
士貴様は私に微笑み「今日の格好も可愛いね」と頭を撫でた。
「……あら、私には何もないのかしら?」
「お帰りなさい、母さん」
「はい、ただいま。もう、可愛いお嫁さんに夢中なのね!」
郁世様はそう言うと、先に屋敷に入って行った。すると士貴様は入るように言い肩を抱かれた私は鼓動が早くなるのを感じながら屋敷の中に入った。
私は与えられていた部屋に戻り、着替えをするとすぐに夕餉の時間が来てお呼びがかかった。春を伴い食堂に行く道で士貴様が迎えに来てくださるところだったらしく、一緒に食堂へ向かった。
***
夕餉に並んだのは白米に味噌の煮魚、大根や胡瓜の漬物、吸い物だ。それをお義母様やお義父様、士貴様と食事をした。
それから食べ終わり、お茶を飲みながら談笑をしていると「本当に紗梛さんって似てるわねぇ」とお義母様が呟いた。
「え……似てる、とは?」
似てるってどういう……?
「華乃宮毘売様、にね。士貴から少しは聞いているでしょう?」
「はい。生まれ変わりだと聞いております……そんなに似ているんですか?」
「えぇ。とても似ているわ、士貴も結葉龍神様に似ているし……本当に」
生まれ変わりということは、士貴様から出会ってすぐに聞いたことだ。だけど、情報としてはそれだけで他に詳しいことは知らない。その華乃宮毘売と似ているのかも分からない。
「……郁世、その話はちゃんとしようと思っていたんだ。紗梛さん、こちらから話を出して申し訳ないが、また明日しっかり話をしたい。いいかな?」
そうお義父様に言われて聞きたいとは言えず、この日はお開きになった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
笛智荘の仲間たち
ジャン・幸田
キャラ文芸
田舎から都会に出てきた美優が不動産屋に紹介されてやってきたのは、通称「日本の九竜城」と呼ばれる怪しい雰囲気が漂うアパート笛智荘(ふえちそう)だった。そんな変なアパートに住む住民もまた不思議な人たちばかりだった。おかしな住民による非日常的な日常が今始まる!
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
魔法屋オカマジョ
猫屋ちゃき
キャラ文芸
ワケあって高校を休学中の香月は、遠縁の親戚にあたるエンジュというオカマ(本名:遠藤寿)に預けられることになった。
その目的は、魔女修行。
山奥のロッジで「魔法屋オカマジョ」を営むエンジュのもとで手伝いをしながら、香月は人間の温かさや優しさに触れていく。
けれど、香月が欲する魔法は、そんな温かさや優しさからはかけ離れたものだった…
オカマの魔女と、おバカヤンキーと、アライグマとナス牛の使い魔と、傷心女子高生の、心温まる小さな魔法の物語。
時守家の秘密
景綱
キャラ文芸
時守家には代々伝わる秘密があるらしい。
その秘密を知ることができるのは後継者ただひとり。
必ずしも親から子へ引き継がれるわけではない。能力ある者に引き継がれていく。
その引き継がれていく秘密とは、いったいなんなのか。
『時歪(ときひずみ)の時計』というものにどうやら時守家の秘密が隠されているらしいが……。
そこには物の怪の影もあるとかないとか。
謎多き時守家の行く末はいかに。
引き継ぐ者の名は、時守彰俊。霊感の強い者。
毒舌付喪神と二重人格の座敷童子猫も。
*エブリスタで書いたいくつかの短編を改稿して連作短編としたものです。
(座敷童子猫が登場するのですが、このキャラをエブリスタで投稿した時と変えています。基本的な内容は変わりありませんが結構加筆修正していますのでよろしくお願いします)
お楽しみください。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
おしごとおおごとゴロのこと
皐月 翠珠
キャラ文芸
家族を養うため、そして憧れの存在に会うために田舎から上京してきた一匹のクマのぬいぐるみ。
奉公先は華やかな世界に生きる都会のぬいぐるみの家。
夢や希望をみんなに届ける存在の現実、知る覚悟はありますか?
原案:皐月翠珠 てぃる
作:皐月翠珠
イラスト:てぃる
覚醒呪伝-カクセイジュデン-
星来香文子
キャラ文芸
あの夏の日、空から落ちてきたのは人間の顔だった————
見えてはいけないソレは、人間の姿を装った、怪異。ものの怪。妖怪。
祖母の死により、その右目にかけられた呪いが覚醒した時、少年は“呪受者”と呼ばれ、妖怪たちから追われる事となる。
呪いを解くには、千年前、先祖に呪いをかけた“呪掛者”を完全に滅するしか、方法はないらしい————
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる