花橘の花嫁。〜香りに導かれし、ふたりの恋〜

伊桜らな

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第二章

◇更科流

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 ……で、決意したのはいいのだけど。
「あの、……春? これはなんですか?」
 私は今、不思議な洋装ドレスを着ている。裾は床に付くほどに長くて腰の部分がギュッと締まっており後ろはモコっと膨らんでいる。靴は下駄ではなく、異国の洋靴を履いた。それが踵がとても高くて安定感ない。歩くのに一苦労だ。こんなの櫻月でも女学校でも習ってない……
「こちらは“ひーる”という履き物で、ドレスは“ばっする・どれす”というそうです」
「そ、そぅなんだ……」
 これとても動きにくい。三歩以上も歩いたら転んでしまいそう。
「紗梛様、背中が猫背ですよ!」
 この人は、マナー講師で今は夜会の時期に間に合うように教わっている。だが、慣れていない洋装に疲れて気味だった。
「で、でも! これ、転びそうなんだもの……っ!」
「ですが、猫背のままだと癖がついてしまうのでまっすぐにしておきましょうね」
「……はい、分かりました……」
 もう、やるしかない。夜会というものには、士貴様の同伴で出席することが決まっている。士貴様に迷惑をかけるわけにはいかないから。
 私はやる気を入れて一歩踏み出すと力が入りすぎて着地が上手くできなかったみたいでふらつく。倒れてしまう、と思い体勢を保とうとしたけど慣れないドレスに靴で出来ない……本当に危ないかもと思ったその時、急に背中が支えられる。
「……っと、大丈夫か?」
「あ、士貴さまっ……!」
 支えてくださった先には士貴様がいて心配そうに見つめられる。そのまっすぐな瞳に我に帰ると彼から一歩離れて「だ、大丈夫です!」と呟く。
「そうか、ならいいが……無理はしないでくれ」
「はい、ありがとうございます。士貴様、何か御用があったのでは?」
 ここは士貴様の書斎から距離があるため、何か用事がないなら来ないだろう場所だから。
「あぁ。紗梛さんにぜひ見せたいと思うものがあって、来てくれるかい?」
「え、もちろんいいですが……」
 今、講義中なのにいいのかしらとそちらを見ると『どうぞ行ってきてください』とでもいうような目をされて私は士貴様に頷くと彼の案内でとある場所に案内をされる。
 
「……え、士貴様。ここは?」
 案内された先は、私が案内されていない場所で来たときはまだ作っている途中の部屋だった。
「紗梛さんの和室。きっと稽古をしたいんじゃないかって思って作らせていたんだ。あの異母姉がの身代わりをしていることは察していたから和室なんて必要ないと思ったが、紗梛さんは香道も茶道も好きなんだろうなと前に行った香席で感じたからね。だから作らせたんだ」
「私のために……ですか?」
「あぁ。それに、もう少ししたら帝都に行く話はしたと思うがその前に長宗我部家で茶会を開こうと思っているんだ。その時、紗梛さんが良かったら香席を開いてもらえたらと思っているんだがどうかな?」
 あぁ、そういうことか。でも、香席か……やりたいな。だけど、綾様としてじゃなくて、櫻月紗梛としてやるのはほとんど初めてかもしれない。
「……俺が、紗梛さんが香元でお香を聞きたいだけなんだ。だから、断っても構わない」
「士貴様。私、やりたいです。香席……でも、私として香席で香元をするなんて初めてで出来るかどうか……」
 私が最初に香元をしたのも綾様の次期当主としてのお披露目の香席だった。それからずっと、代わりで務めてきた。だから、私個人としてするのは本当に初めてだ。
「大丈夫だ。紗梛さんなら……それに、櫻月流ではなくてもいいと思う。紗梛さんは、母方の流派の作法も完璧だと聞いたしこの機会に“更科”流でやってみたらどうかな?」
「え、更科流でですか?」
 更科流は、母の実家が元になっている流派のこと。だが、没落してその流派も消滅してしまったからする人は今はないと聞いている。
「香道の祖を辿ると、更科流が始めに広めたと記録されているんだ」
 それは知らなかった。
「もし、できるのならしてみたいです。更科流は母に習ったものなのですが、櫻月ではするなと言われていたので……ただ、誰かの前でしたことがないので士貴様さえよかったら聞香に付き合ってくださいませんか?」
「もちろん。」
 それから話をして、更科流で香席をすることになり一度、士貴様に聞いてもらうことになった。
 とても久しぶりにお香を聞いてもらえると思ったら考えるだけで楽しくて幸せな時間だった。


 

 ***
 

「……聞香炉もんこうろも違うんだな、更科さらしな流は」
 母の形見である木箱の中から香道具を取り出した私は、聞香を始めていた。
「はい。母から聞いた話だと、更科流は帝の家老だった当時の当主が帝から香道具を賜ったらしいです」
 鍛錬を図ることを目的である櫻月流の聞香炉は白釉はくゆうといって優しい白色が特徴的で落ち着いているものだが、更科流は皇族や貴族らが楽しむためが目的のため蒔絵まきえを施した漆塗りの煌びやかな豪華な聞香炉になっている。私も小さい頃に聞いただけなので本当なのか分からないが……
「そうなのか。なかなか面白いな」
「はい。お香の香りも違うんですよ」
「そうなのか?」
「えぇ。香木を六つの産地に分類してその香りを五種の味覚になぞって表現していてそれを『六国五味ろっこくごみ』と言い、六国は伽羅きゃら羅国らこく真南蛮まなばん真南伽まなか佐曽羅さそら寸門多羅すもたら。五味は、かんしんさんかん:塩辛いというのがあるんですけど……それも違って、更科流では羅国の香りを甘と表すのですけど櫻月では辛と表すんです。お互いに風格があって雰囲気も違って、異なる部分もあります。同じ香道でも……あ」
 やってしまった!たくさん話しすぎた……!
「……どうした?」
「話すぎてしまったと思って。すみません、ご存知ですよね!」
 士貴様のような方が知らないはずはない。初歩の初歩だもの。
「知ってはいる。だが、書物で見ただけで詳しくは知らないし、違いがあるとは知らなかった」
「そう、ですか?」
 気を使わせてしまったかもしれないと思ったが既に遅い。けど、士貴様が一生懸命聞いてくれるからとても嬉しくて話してしまった。
「あぁ。とても興味深いよ……そうだ、香席に友人を招待したいのだがいいだろうか?」
「士貴様のご友人ですか? もちろんです」
「良かった。では、文を出すよ。招待客はこちらで選んだので確認をしてほしい」
 士貴様はそれだけ言い、聞香が終わると部屋から出て行った。
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