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第二章
◇長宗我部家
しおりを挟む長宗我部邸にやってきて数日。私のことをお世話してくださる春や花奈のおかげで毎日、穏やかに過ごしていた。
「紗梛様、今日は屋敷のお庭に行って見ませんか? お花がたくさん咲いてるんですよ」
「お花、ですか?」
「はい。元々は、先先代当主であられる祐壱様……士貴様のお祖父様ですね。祐壱様がお花を鑑賞するのが好きで始められた庭園なんです。今は庭師がいてその方が管理してくださっているので綺麗なんですよ」
そうなのか。もしかしてそこの窓から見えるお庭の一角にある整備されている場所かしら……
「行きたいです。お庭。お花も好きなんです」
櫻月には花壇なんてなくて名前はわからないけど、小さい野花しかなかった。だけど、母が生きていた頃に二人で暮らしていた離れの裏側に小さくて白い可愛らしい花が咲いていてそれを母と見るのが好きだった。
「……そうなんですね! 良かった。じゃあ、準備をしましょうか。そうだわ! この洋装にしてみませんか?」
「ヨウソウ」
その“ヨウソウ”が分からず顔を傾げる。すると、花奈さんが広げて見せてくれた。
「ワンピースというらしいんですけどね、まぁ見ただけじゃイメージができないと思うんで早速着てみましょうか」
「お、お願いします」
私はお着物を脱ぐと、花奈さんにワンピースを着せてもらった。
「あ、あのこれ裾が短くないでしょうか……」
「そうですよね。この長さなんですよね。ですが、紗梛様お似合いですよ」
桜色の生地で、素敵なお召し物だけど裾が膝下までしかなくてスースーする。姿鏡を見てみたけど……似合っているのかは分からない。
「紗梛様、せっかくですしお化粧もしてみましょうか」
「でも散歩だけなので、このままでも」
「そうですか、では髪を結いましょうか……失礼いしますね」
花奈さんはそう言うと髪に触れ、胸元まである髪を一つにまとめてそれを編み込み結った場所にリボンが付けられ春さんに手鏡で後ろ姿を見せてもらう。そこには自分ではこんな風に上手にできないなぁと感心した。
「すごいですね、これ! かわいいです」
「良かった、ありがとうございます。最近流行っている“マガレイト”という髪型らしいんです」
「へぇ、そうなんですね……こんな髪型にしたの初めてで新鮮です」
するのも初めてだけど、こんな髪型初めて見たよ。綾様の代わりに女学校に数回行った時も見たことなかったし、髪型を作る機会がなかったから。
「とてもお似合いですよ。さぁ、お庭に行きましょう」
部屋を出て玄関とは違う場所から外に出てすぐにとても素敵な庭園が広がっていた。
「わぁ……! すごい」
それは本当に綺麗で見事なお庭が目に飛び込んでくる。そして、綺麗な花々たちも可愛らしく咲いている。その中に、白くて大きくて存在感がある。
「ねぇ、春。この白くて大きな花は何?」
「それですか? ……すみません、お花の名前までは」
そうよね、花の名前までは分からないわよね。学者じゃあるまいし……
「――それは、夏椿という花だよ」
「……っ、 士貴様!? いつお帰りに?」
「今だよ。君がここにいるって松島に聞いたから」
「そうなのですね。お帰りなさいませ、士貴様」
「あぁ、ただいま。……この庭園は綺麗だろう、腕のいい庭師がいつも手入れをしてくれているから。この夏椿は、祖父が祖母が嫁入りの際に植えた花なんだ」
へぇ……じゃあ、この家にとっても大切な花なのかな。
「俺も好きなんだ。だが、祖父とは会ったことはないんだけどね。けれどきっと祖母のこと大切にしていたんだろうなと感じるよ」
会ったことのないのに、どうしてそう思えるのだろう……?
「花言葉は愛らしい、だからね。……話はこの辺にしてお茶にしようか」
「はい」
「紗梛さん、洋装似合うね。可愛いよ」
それだけ言うと士貴様に案内されお庭の中にある丸い机と背もたれのある椅子に彼と向かい合わせになって座る。
「今日は玉露を用意させていただきました。旨みや甘味が強くてとても美味しいお茶です。お菓子は北の方の小豆を使用し炊いた餡子で作ったものです」
目の前には右に湯呑みに入った緑茶と左に梅の形の銘々皿に羊羹と黒文字が乗せられていた。
「いただきます」
まずお茶を飲むと、鼻にお茶の香りが入ってきて香りを楽しんでから一口のむ。旨みから甘味という順で口の中に広がった。つい、「美味しい」と声に出してしまうくらい美味しい。湯呑みを置いて、黒文字を取り一口大に切って口に入れる。
「んん……! 美味しい」
「そうか、それは良かった」
士貴様は微笑むと、すぐに何か思い出したように私の名前を呼び話しかける。
「次の休日に櫻月家に行こうと思っている。私たちの婚姻について話し合いをしなくてはいけないからね。紗梛さんにはここで留守番していてほしいが、荷物整理する時間なかっただろう?」
「そうですね……」
まぁ、あんまり荷物はないだろうけど。あ、でも……あれだけは欲しいかも。
「あと、一応君に見せるが……これを」
私の目の前に一つの封筒が置かれる。彼の顔をチラッと見ながらその中身を取り出して一枚の紙を開けた。
「あの、これって……」
「あぁ。君の異母姉の成績結果と生活態度についての報告書だ」
成績結果には『和文学』『欧語学』『裁縫』『礼式』『習字』『和歌』『琴』などの科目が並んでいて、ほとんどが『丁』と記されている。
「……あの、これ本当なんですか? 私、代わりに行っていましたがお琴や習字、和歌などは令嬢なら幼い頃から嗜んでいるものだと思うのですが……」
「あぁ、それは大体そうだな。紗梛さんは出来るのかい?」
「はい、母が生きていた頃は私にもお優しかったですから令嬢としては大切なその三つもですが茶道などもさせてもらっていて香道もその一つです」
だけど、綾様は苦手だと聞いたことがある。だから母にも力になってあげてと言われていたし。
「そうなのか。だが、これはまずいことになるだろうと試験を受け持った教師が言っていた。女学校は帝国管轄で成り立っている学校で皇后様が始めた事業の一つだからね」
「……っ……」
あぁ、それはとてもまずいかもしれない。私でも分かるくらいだ。それに、綾様は櫻月流香道本家の娘なのに香道ができない。それがもし、世間に知れ渡ったら大変なことになる。……櫻月家は終わりなのでは?と思ってしまうほど。
「ここまで結果が出ていると、体調不良だったなんて言い訳は通用しないからな」
「ですね……」
あんな家だったけど、心配なのは綾様のことだ。この成績から見て令嬢としての嗜みはほとんどできないのだろうし、今までのように私に頼って生きていくつもりだったのかもしれない。
だが、こんなことになって……
「これを見て、紗梛さんはどうしたい? 荷物なら言ってくれたら俺が取りに行くが」
「そうですね、でも、行きたいです。自室に隠してある母の香道具があるので取りに行きたいです」
母が亡くなって全てのものが捨てられてしまったけど、香道具だけは守ってきたものだから……
「そうか。隠してあるのなら、俺にはわからない。一緒に行こう」
士貴様はそう言ってお茶を一気に飲むと私にゆっくり飲みなさいと告げてこの場から去った。
その後ろ姿を見ながら羊羹の最後の一口を食べて残っていたお茶を飲むと私も春さんに声を掛けて部屋に戻った。
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