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第一章
◇花嫁に。
しおりを挟む「……え、もう一度お願いできますか。今私には、長宗我部様が紗梛を花嫁にと聞こえたのですが……綾の間違いでは?」
旦那様はそう長宗我部様に問いかける。
「当主、それで間違っていない。私は、櫻月紗梛を花嫁に迎えたいと思っている」
「その理由をお聞かせくださいませんか? 紗梛はこの家の庶子でして」
「生まれなど関係ない。其方が愛した女性の子なんだろう? ……まぁ、とにかく本日私は紗梛さんを連れて帰る」
え、連れて帰る!?それって長宗我部家のお屋敷にってことだよね?
だからすぐに旦那様のところに来たのか……だけど、私が彼に見初められたなんて聞いたら綾様は黙っていないだろう。
「ですが――」
旦那様がそう何かを言いかけたのだが、長宗我部様によって遮られる。
「紗梛さん、荷物を纏めてきなさい。私は、君の父君に話があるんだ」
「えっ……でも」
「大丈夫だ。すぐに終わる、さぁ行っておいで」
長宗我部様が優しく諭すように言うと私はそれに従うしかなくて「……分かりました」と言った。長宗我部様と旦那様にお辞儀をすると、私はこの部屋から退室をした。そして、自室のある方へ向かっていると向こうからまるで鬼のようなすごい血相をして早歩きしてくるのがわかる……綾様だ。もう話を聞いたの?相変わらず早いのね、感心してしまうわ。
「……あんた、本当に生意気!」
そう言って私の前に来ると、綾様は平手打ちで殴った。やっぱりそうなるわよね。
「お前みたいな下賤な娘が長宗我部様に求婚ですって……? ありえないわ、長宗我部様は私と間違えていらっしゃるのよ」
綾様は一人でブツブツ言い出して「そうよ」と自分自身を納得させる。
「所詮、お前は私の身代わりなんだから立場を弁えなさい!」
不機嫌が全開の彼女に反論しても意味がないことを知っている私は何も言わずそれを聞いていた。だが、それも気に障ったのか「何か言いなさいよ!」と言い私の肩を押した。そこは二つほど段があったからよろけそうになり倒れそうなのを抵抗するも地面はすぐそこだった。だけど、私は誰かに支えられて床に転ぶことはなかった。
「長宗我部様!」
旦那様と話をすると言っていたのになんでここにいるのだろう。話は終わったのだろうか。
「……大丈夫か?」
「え、あ、はい……大丈夫です」
「怪我は……顔が赤い、手当てをしなくては」
長宗我部様は私の頬に触れる。彼の手は冷たくて気持ちがいい。
「長宗我部様、お待ちくださいませ。何かの間違いではないですか? 櫻月綾は私です。評判のいいのは私であって紗梛じゃないです。紗梛は下賤な女の娘ですっ」
「わかっている。だが、君が評判がよかったのはこの櫻月紗梛が代わりに勉学も香席も務めていたからだろう」
「……! 紗梛、あんた長宗我部様に言ったのね!」
私を怖い目つきをして睨み、そう言った。だが、長宗我部様は綾様に向かって言い放つ。君は何もわかってないのだな、と。
「紗梛の身代わりは完璧だ。代わりに行った女学校の成績は優秀で毎回トップ、生徒代表に選ばれるほどの成績優秀者で言葉遣いも名家の令嬢としても美しく品があると学校内でも言われているがそれは君がいない時の学校の評価である。だが、本物の君の時はガサツで言葉遣いもなっていない。抜き打ちの試験では全く出来ていない」
え、そうなの?
始めて知ったわ……だけど、こんなに褒められるだなんて嬉しくなる。
「それは、体調が優れてないときよっ」
「そうか。それなら仕方ないか……今日は元気そうだから抜き打ちでテストをしようか。女学校の教師に知り合いがいてね。知り合いに後から来てもらうとするよ」
「……え」
「あぁ。評判の良いご当主の後継という皆からの評価のことだけど全て香席の香元をしていたのは紗梛だったんだろう。実のところ、私はね先日の香席とその前の香席に身分は隠して出席させてもらっていた。今回含めた三回、綾さんではなかった」
そう断言し驚いたのは私だけではない。旦那様と奥様だった。だけどなんで分かったのだろうか……香元をしているのが私だって。
「そんなことどうしてわかるのですか!?」
「彼女からは、甘い花橘の香りがするんだ。だけど、君からは香水の甘ったるい香りしかしない。それに香道を極めている人なら“香水”をくさいほどつけるだなんてしないはずだ」
おぉ……見事すぎる一刀両断。
こんなふうに言われたら何も反論できない。それに両親の援護を期待している綾様だが、旦那様も奥様もショックを受けているようだった。まさか、完璧だと言われていた娘は偽の姿だったなんて信じたくもないか。
「……君と話している時間が無駄だな。当主、では午後には知り合いが訪ねてくると思うのでよろしく頼む」
「は、はい。分かりましたっ!」
旦那様にいつものような貫禄な雰囲気は消えていて頼りなさそうな感じだった。長宗我部様は私を横抱きにすると「失礼する」と言い私をそのまま連れて櫻月の屋敷から出た。
櫻月の門を出るとそこには馬車が停まっていた。馬車なんて始めて見た……すごい。
「馬車は初めてか?」
「はい。荷物を運ぶだけの簡素な馬車ならありますが、こんな素敵な馬車は初めてです」
私が長宗我部様にそう言うと「そうか」と言い吹き出すように声を出して笑い出した。
「な、何かおかしいこと言ってしまいましたか!?」
「いや、……馬車だけでこんなに感動されるとは思わなかったから。それに君の表情が可愛らしくて」
「……っからかわないでください!」
長宗我部さんは笑いながら馬車に乗せてくれて、向かい合って座った。
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