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第一章
◇身代わり
しおりを挟む時は、優桜院の世。帝都では、一年中桜が咲いているため優桜院の世と呼んでいる。
「――紗梛、早く髪を結ってちょうだい」
「すみません」
そしてここは、帝都とは少し離れた結華と言われている郷。ここに住むほとんどがあやかしや神の末裔が軍事に就いている郷であり、ここを治めているのは縁結びの神・結葉龍神の末裔で由緒正しい家であり帝から公爵位を賜っている長宗我部家という。
そして結華郷には三つの大名家があり、筆頭である優家、茶道の名家である第二位の五十嵐家、香道をの名家で第三位の櫻月家だ。
その櫻月家に私は嫡女である綾様付きの女中として働いている。働いているというか、女中のような扱いをされている……の方が正しいのかもしれない。
私、櫻月紗梛はこの家の庶子だ。父は櫻月家の当主である忠良で、母はどこかの没落令嬢だったがこの櫻月家で女中として働いていてその時お手付きでできた子供が私……というわけだ。
「もう、モタモタしないでちょうだい。女学校に遅れてしまうわ」
「申し訳ありません」
綾様には毎度違う嫌味を言われるけど、もう慣れた。仕方ない。悲しいとか寂しいとか辛いとか、そういう感情はとっくの昔に忘れてしまった。
女学校に行く彼女をお見送りをして私は、お台所のお仕事に取り掛かる。食器を洗い洗濯物も洗って干す。ほとんど雑用の仕事を午前中に済ませると、私の家庭教師の先生がやって来たのでお迎えをした。
妾の子だからと言って教育を受けていないわけではない。母が生きている時、父は母を溺愛していたから私の教育も整えてくれていた。だから名家の令嬢としてしっかり淑女教育も受けていたし、教養程度は頭の中にある。茶道や華道は幼い頃から両親に連れられお稽古をしていたから師範代だ。そして香道については、父の稽古を受けていたし母からは櫻月とは違う流派の作法を教えてもらっていた。
母が亡くなって六年。令嬢教育がほとんど済めば学ぶことは教養だけだと母と同じ女中として働くことになった。父は母を愛していたため、母がいなくなってからは私に興味がなくなってしまったのかしばらく会っていないために父が私をどう思っているのかは分からないが……もし、政略結婚の駒になったとしても令嬢として振る舞うことができるから役にたてると思っている。
――そして、現在。私は女中として働きながら、綾様の身代わりで香席を取り仕切る香元をしている。
「本香、焚き始めます。どうぞご安座に」
そう挨拶をして本香を打ち混ぜる。本香包を開けて銀葉の上に香匙で香木を載せて「本香一炉」と言い香炉を出した。正客の人は右隣にお先礼をして香を聞き香炉を回していった。
私はそれからも同じように香を焚き、連衆が手記録に答えを書きそれを執筆係が書き写す。執筆係が走らす筆の音が心地よくて浸っていれば記録紙を渡された。それを確認して正客に渡すと、香炉と同じように回っていき私のところまで戻ってきたのでそれを巻いて本日の最高得点の方に記録紙を渡した。
「香満ちました」
私の挨拶で最後に総礼をすると、この香席は終了し毎回の恒例であるお抹茶を振る舞ってお見送りをした。
「さすが綾様ね。香席も立派に香元を務め上げて……それに茶道も華道も師範代で女学校の成績も優秀だと聞いているわ」
「……ありがとうございます」
私は微笑みながらそう言いお見送りをして屋敷に戻る。そして私は綾様の部屋に向かった。
「……綾様、香席が無事終わりました」
そう言うと、彼女は襖を開けてニコッと笑い私を招き入れた。
「ご苦労様、さ、私のお着物返してちょうだい」
「はい、ありがとうございました」
私はサッと綺麗な綾様の着物を脱ぐと女中の格好に戻る。
「本当、紗梛がいてくれて良かったわ。母親は違うのにそっくりなんて……本当に便利ね」
「お役に立てて嬉しいです」
「じゃあ次もよろしく頼むわ……下がっていいわよ」
綾様に言われて私は彼女の部屋を出た。
まさかのまさかだが、私と綾様は似ている。遠くから見たらそっくりどっちがどっちなのか分からないんじゃないかなというくらいに似ていた。なんだか、嫌だけど。
綾様の身代わりになったのはいつだったか自分でも覚えていない。だけど、勉学が苦手な彼女が女学校をサボりたいというわがままからはじまった気がする。その時には私は、女学校で習うであろう事柄は教えていただいていたからなんとかなった。
その日から週に何度か私が“櫻月綾”として、女学校に通った。定期考査も私が受けていてこの前は成績優秀者だったらしい……だから、私を使い評判を上げさせることをした
。その結果ちやほやされ、縁談がたくさん舞い込むようになりもっと彼女はちやほやして調子に乗ってしまったのだから。
そんなちやほやが大好物で自分大好きな彼女が今までの中でとても嬉しいことが起きた。
「長宗我部家の当主が、ぜひ綾に会いたいと言う手紙が届いた」
「えっ! 長宗我部家のご当主様って、長宗我部士貴さま!?」
「あぁ、そうだよ。成績優秀で、香道の他にも茶道や華道もできる淑女の鏡のような女性に会いたいそうだ。綾が頑張っている証拠だな」
父がそう言えば、正妻で綾の母も「そうね、さすが私の娘ね!」と賛同する。だが、綾だけは気まづそうな表情をしているだろう……それは、自分が作った功績ではないし……
「こうしちゃいられない。綾、お迎えする準備をしなくては! それに香席の準備もあるしな」
「え、香席?」
「あぁ。香道の名家だからなもてなしはお香を聞いてもらわないとな。それに優秀だと言われている綾が香元をすればこの家も安泰だといろいろ支援をしてくれるかもしれんしなぁ……昔はなぁ、綾にはセンスないと思っていたが良かった」
父は笑いながら私に「お茶を淹れてくれ」とご機嫌に告げた。私は、父には熱いお茶を淹れ正妻の方には少し温めを綾様も正妻の方よりも熱いお茶を淹れた。
「本日は玉露でございます。旦那様がお取り寄せされた茶葉が届いたのでその茶葉で淹れてみたのですがいかがですか?」
「あぁ、あのお茶か……美味しいよ。紗梛は、紗代に似て来たな……彼女もお茶を淹れるのが上手でね」
父はご機嫌すぎたのか、目の前に正妻や綾様がいるのにもかかわらず私の母を褒める。それによって、彼女らから睨まれて居心地が悪くなった私は父に挨拶をし彼女らに礼をしてから退室した。
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