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第十一章

日向の姫と、記憶の傷。

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   【陽平 side】


あれから数日後の陽愛が退院を前日に控えた今日……。

俺は、久しぶりに日向の倉庫に来ていた。

「お疲れ様です、陽平さん!お久しぶりですね。みなさん集られてますよ!」

「ありがとう、久しぶり。」

下の奴らに声をかけられてみんなが集まっているであろう幹部室へと向かう。階段を上ると、【幹部室】と書いてある部屋のドアを開けた。


「遅いんだけど。朝から仲のよろしいことで」

「会いに行くのはいいけど、時間厳守‼︎」

「陽は、一応総長だからもうちょっと早く来ようね。」

「俺も陽愛に会いたいんだけど!」

蒼太から始まり順に理玖、昇、庵……は⁈
庵って、陽愛を嫌ってたはずじゃなかったっけ…

「そんな睨まんで‼︎こないださ友達になったんだよ。」


俺の知らないとこで……知らないんだけど!

「……陽、嫉妬してる場合じゃないよ。話し合わなきゃいけないことあるでしょ?」

「うん、そうだね。じゃあ始めるか…“作戦会議”を。」

俺の言葉と同時に蒼太はあるファイルを俺に差し出す。

「これ、月輝の資料。それに、前日…下っ端のレンとカズ、カナデが怪我した。月輝の下っ端だろう。」

「……そうか、レン達は怪我は治ったのか?」

だけど、総長の指示ではないなんて……な。予想外の展開かもしれない。

「うん、レン達は次期幹部候補だからね月輝の下っ端に大怪我はいただけないだろ?相手は、素手じゃなかったらしいし仕方ないよ。」

ふーん……素手じゃないって卑怯だな。そんな落ちたのか、月輝は。


「…俺ら考えたんだけど、陽愛ちゃんをさ姫にしない?」

「……は?だからしないって言って」

「陽愛ちゃんが姫になりたくないのは百も承知だよ。あんなことあった後になりたくないってことも分かる。だけど、守りたいんだろ?」

昇にそう言われてハッとする。
でも彼女はなんて言うかな……嫌だって言って泣いちゃうかもしれない。

「……今、彼女はこの世界で日向の姫になってる。総長の女って知れ渡ってる。それに姫になればみんなで守ることもできるだろう?」

それはその通りだ。だけど、彼女のことを思ったら……。

「陽、ずっと姫になってもらうわけじゃない。月輝のことが片がついたら、彼女が辞めたいって思うならやめればいいんだよ。」

期間限定、か……。


「……わかった。それにしよう。陽愛には俺から話す。だから、1日だけ時間欲しいんだいいかな?」

「もちろん、彼女のこと本当に好きなんだな」

……え、

……え、顔に出てる⁈

「顔に書いてあるよ、早く会いたいって。」

「…ま、マジか……」

「まぁ今日はここでお開きにして、陽は陽愛ちゃんのとこ行って来なよ。きっと待ってるよ」

昇に言われ、ますます会いたいと思った俺は、倉庫から走って飛び出した。

ただ、会いたくて会いたくて。

会いたくて仕方なかったんだ。



    【陽愛 side】

「……え、どういうこと………?」

朝も来た彼はまたちょうど3時おやつの時間にまた現れた。

そして、真剣な顔をして私の目を真っ直ぐに見つめて言った。

「……日向の姫になってほしいんだ。」

何で彼はそんなことを言うのかわからない。いろんなことを思い出して怖くて震えてしまう。

……怖い………っ

『信じた俺たちがバカだった』
『もう二度と俺たちと関わるな』

鋭い言葉と軽蔑の目。
そして、いまも彼らの側にいる現姫がいるニヤリと笑う姿。

今でもはっきりと覚えてるんだ。

「陽愛のこと守りたいんだ。」

嘘ばっかり……。
あの人も始め、そう言ってた。守るって、信じてって言ってたのに結局は私を信じなかった。


「……もう、帰って……。」

気づいたら彼にそんな言葉を言っていて、彼を傷つけているのはわかってる。だけど、止まらなかった。

「私はもう、あんな思いしたくないのっ!もし、陽平くんが私を姫にしたいなら私は陽平くんと終わりにする……」

そんな覚悟なんてない。陽平くんと別れるなんて考えられない。だけど迷惑かけてるのは私だ。

「今日はお願い帰って……1人になりたいの。」

「…わかった。また明日迎えに来るから」

いつもなら私に触れる彼だけど今日は何処にも触れず帰っていった。

明日は退院の日。明日から毎日一緒にいられるのに嬉しくない。自分が嫌になって仕方がないよ……。


陽平くんのことが好き。

それは絶対に変わらない想いだと思う。

でも、彼が望む“私”にはなれない。彼が言う“姫”にはなれない。

そんな自分が嫌になる。消えて無くなってしまえばいいのにとも思う…。もう、頭の中がグシャグシャだ。

━︎━︎━︎━︎━︎━︎トントン、

自己嫌悪に陥っていると、部屋のドアをノックする音が聞こえて来た。

「はい、どうぞ」
そういえばガラガラとドアが開く。入って来たのは、悠介さんだった。



「少し話をしようと思って来てみたんだが、良かったか?」

私が頷くと、悠介さんは陽平くんが座っていたパイプ椅子に座った。少しだけ重たい空気が流れ、悠介さんは口を開いた。

「日向の姫の話、断ったんだって?それに姫になるくらいなら陽平と別れるって言ったんだろ?」

な、何で知ってるの……⁈
まさか陽平くんが話したのかな……

「本人から聞いたわけじゃないぞ。昇から聞いたんだ。」

昇さん……が?

「はじめに言っておくけど、陽平が“姫になって”と頼んだのは陽平、個人の判断じゃない。日向の幹部、話し合って決めたことなんだよ。」


……え………?

彼の言葉はみんなの言葉だったの?

「陽平はただ陽愛ちゃんを守りたいだけなんだよ。陽愛ちゃんのことはきっと1番に守りたいと思っている。だけど、日向も守らなきゃいけない。あいつは仮の総長だけど、日向のことが大好きで大切な居場所だから。日向にいる奴らの居場所を守る責任がある。」

居場所、か……。
でもそんな場所に私が踏み出してはいけない気がする。

「……わかってるんです、陽平くんがどれだけ日向のこと大好きで大切なのか。だけど、怖くて仕方ない……信じれないんじゃないんです。信じることを諦めて、拒否してるだけなんです。」

「……いいと思うよ。信じることが出来なくても、いいんじゃないかな。
姫にずっとなっていなきゃいけないわけじゃない。姫なんて名は、ただの肩書きで陽愛は陽平の彼女で、理玖たちの友達って考えればいい。」

……それじゃあ表面上だけの仮の姫ってこと?



「……難しいよな。一度信頼していた奴らに裏切られてまた、人を信じるなんて出来ないよな。言葉じゃなんとでも言える。心が追いついていかないんじゃない?」

「………」

私の心の中にある気持ちを悠介さんは言葉にしていく。私は図星すぎて何も言えない。

「……もし、あいつらに同じことされたなら俺がぶん殴ってやるよ。だからもう泣くなよ」

「えっ……!」

私、泣いてる………。
悠介さんは私の頬に流れる涙を手で拭うと、微笑む。

「気楽に考えれば、仮の姫なら陽平とお揃いだぞ?仮の姫の彼女と仮の総長の陽平。いいじゃねーか。」


悠介さんの言葉によって笑みがこぼれた。

「あ、そうだ。キーホルダー落ちてたんだけど、知らないか?陽愛のと似てるし、」

彼が見せたのは私と同じビーズで作られたキーホルダー。そこには【RYUUTA】と書かれていて……。

りゅう、た……?

『ねぇ、絶対迎えに来てくれる?』

『うん、絶対迎えに行く。それまでこれ持っとれ。』

記憶にないはずなのに、どこかにあった記憶のカケラが私の頭の中で聞こえてくるのが分かる。

「わ、私のです……」
自然に言葉が出てきてそう言った。

「そうか。大切にしろよ?」

そう言われ、それを無意識に私は握りしめた。



    *


翌朝、退院の許可がおりた私は退院の準備をしていた。
昨日と気まづい顔をした陽平くんたちと逆にニコニコ笑う対照的な悠介さんが迎えに来た。

「ねぇ、陽平くん……私話があるの。」

私は意を決して彼の目を見て言う。昨日1日考えた答え。

「俺らはいない方が良いよな……?」

「んーん。みんなにも聞いてほしい。私の気持ち、昨日の答え……」

私は、きっとこの世界から離れられないんだ。この世界に足を踏み入れた…それに、何よりも彼らと出会ってしまった。




「…私を、日向の仲間に入れてください。」

そう言って頭を下げる。そりゃそうだよね……都合が良すぎるよね……。

「え?」
「はっ?」

今反応するの……⁈
反応遅くない?すごく勇気出して言ったことなんだけど。

「都合が、いい……かもしれないけど、私」

「……本当に?夢、じゃない?」

「うん、夢じゃないよ。昨日の夜ずっと考えたの。私、もう一度信じてみようかなって……ずっと姫でいるかは分からないけど…」

「…う、嬉しい!」

彼は向日葵が咲くように笑う。陽平くんは太陽みたいだった。

「早速、倉庫行こっか。悠介さん、倉庫まで送って貰えますか?」

「はいはい。仕方ないなぁ…」

そう言った悠介さんの顔は穏やかだ。私が答えを出せたのは彼のおかげ。

心の中で悠介さんにお礼を言った。


「さぁ、ここに座って!ここは陽愛の席だよ!これ、飲み物のメニュー‼︎はい!」

庵くんに促され座ると、すぐにお店で見るようなメニューを知らない子から渡された。

えっと……ここはお店?喫茶店か何かですかね?

メニュー表には沢山の名前が書いてあってどれがいいのかもわからない。だからはじめに目に付いたのを頼んだ。

「はい!わかりました!お待ちくださいね」

メニューを持って来た彼は部屋から出て行く。あの人はだれ……?

下っ端さん…?まさかの飲み物係の人がいるとか?

「陽愛、飲み物係じゃないぞ。」

「へ?」

「あいつは、幹部候補生。俺らの次に偉いやつ」

あの礼儀が良さそうな彼が?まぁ、礼儀がいいとか悪いとか関係なしに暴走族には変わりないか。


「おまたせいたしました!理玖さんはジンジャエールで庵さんはアールグレイのアイス、蒼太さんにはオレンジジュース、昇さんはアイスコーヒーです。」

彼らに丁寧に渡していく彼は慣れてる……。
喫茶店の店員になれるよ、君。

「総長と、えっと……」

私のこと知らないよね。はじめましてだし……。

「陽愛です。よろしくね」

「…す、すみません!存じあげなくて……!陽愛さん!俺はレンです。よろしくお願いいたします!あ、総長と陽愛さんにはあったかいお茶です。」

「ありがとうございます、レンさん。」

そう言うと、みんなが私を見る。何か変なこと言ったのだろうか?
まさか地雷踏んじゃったとか……⁈


「陽愛さん、俺のことは呼び捨てで大丈夫です!それに敬語は無しでお願いします!」

そんなことでみんな驚いていたの?不思議な人たちだなぁ……

「レン、夕方みんなを集めてくれ。よろしく頼むよ」

「はい、分かりました。総長。失礼しました」

レンくんが出て行って行くと、盛大な音が聞こえてきた。

━︎━︎━︎グ、グゥ~~

「……みんな、お腹空いたの?」

「あ、うん……じゃあ昼ごはん食べに行くか。」

みんなが頷いたため、私も遅れずに頷く。私もお腹空いて来ちゃったなぁ……なんて考えながらこの倉庫からでた。




━︎━︎━︎━︎━︎夕方。

昼ごはんを食べた私たちは、一旦家に帰りバイクを取ってから倉庫へと戻った。

そして、早くも夕方。17時を過ぎようとしていた頃……。


「……レンです、総長皆集まりました。」

「ありがとう、今行く。陽愛おいで?」

そう言われ頷き彼の元にかけよると庵くん達は先に行ってしまったから2人きりになる。

「陽愛」

彼は私の名前を呼んでからぎゅっと抱きしめた。

「…今から、みんなに陽愛を紹介する。日向の姫として。」

「わかった。だから挨拶しろってことでしょ?」

そう言えば、彼は微笑んで髪にキスをすると彼に手を繋がれ2人で部屋を出た。



私と陽平が昇さんの隣に立てば、昇さんが今まで聞いたことのない大きな声で話し出す。

「新しい、日向の仲間を紹介する。日向初の姫になった朝倉 陽愛だ。陽愛ちゃん、挨拶出来る?」

「うん、陽平くん下に降りてもいい?見下ろすの好きじゃないの。」

彼にそう伝えて下におりる。やっぱり挨拶するのは、見下ろすのはダメだよ。私そんなに偉くないこの下にいる子よりも下っ端だもん。
私は、みんなと同じ目線に居たいから。深呼吸をして、彼らを見る。

……大丈夫だよ。きっと。

きっと、大丈夫……みんながいるもん。

「みなさん、はじめまして。本日、日向の姫になりました朝倉 陽愛です」

































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