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【最終章】溺愛攻防、ついに決着
34.すれ違い
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しかし、幸せな日々も束の間、俺たちは仕事が一気に忙しくなった。
忙しい――というのはつまり、火事が増加していることを示している。
(くそっ、またか!)
毎日、王都のどこかで火災が起きる。人口を考えれば当然ではあるが、最近は明らかに件数が多い。しかも、住人たちに火事の原因がハッキリとわからないというからたちが悪かった。
「いつのまにか家が燃えていたんです。本当です! 火なんて使っていないのに……」
事情聴取をしながら、俺とプレヤさんは顔を見合わせる。
以前、俺とクラルテが居合わせた商会の火災――あのとき、クラルテはなにもないところから炎が新たに出現したのを目撃している。消火の際にもあれが自然由来の炎でないことは確認した。
「魔術師による連続放火……か」
もはやそう断定せざるを得ない状況だ。俺たちは大きくため息をつく。
「誰が一体なんのために?」
「理由などなくとも、犯罪を犯す人間はたくさんいるんだよ、ハルト。だけど、燃え盛る炎を見るのが好きだとか、人を困らせるのが楽しいとか、そういう考えの人間がいるのもまた事実だね。もちろん、そんな人間はごく少数だけど」
プレヤさんはそう言って焼け落ちた建物をじっと見つめた。
「あとは火事を起こすことによって得をする人間がいる、とかね」
「得? そんな馬鹿な。火事は恐ろしいものです。ものを、建物を、人の命をたやすく奪ってしまう。それなのに、得をするだなんて……」
にわかには信じられない。俺は大きく息をついた。
「捜査当局はなにをしているんだ? まさか、犯人の目星すらついていないのでは?」
同じ魔術師団に属していても局が違えば仕事は違う。犯罪者を捕らえるのは捜査当局の役割だ。俺たちの仕事はあくまで火を消すこと。憤っていても仕方がないとわかってはいるのだが。
「どうだろうね? ……ただ、ハルトはハルトの仕事に集中するべきだと思うよ。他人の仕事に手を出していては被害が拡大しちゃうからね。やれやれ、しばらくは忙しくなりそうだ。僕、そんなに仕事人間じゃないんだけど」
プレヤさんはそう言いながら俺のことを覗き込んできた。
「ハルトも、今回ばかりは忙しいのは嫌だろう? このままじゃクラルテとの結婚話を進められないもんね」
「…………ええ」
プレヤさんの言うとおり。最近は疲れすぎて、帰宅するとすぐに泥のように眠ってしまう。それは俺だけでなく、クラルテも同じだった。下手をすれば、彼女のほうが負担が大きいように思う。頻繁に転移魔法を使い、負傷者の治療をし、書類仕事までこなさなければならないのだ。おまけに、新人だからというだけで、他の人間よりも業務量が多く割り振られている。もっと分担を見直すべきだ――そう掛け合いたいところだが、俺とクラルテは部署も上司も違っている。過保護な婚約者だと笑われるのは目に見えているし、クラルテ自身がそれを望んでいないのだからどうしようもなかった。
「まあ、まったく進展がないわけじゃないんだし、僕も色々と動いている。君たちが早く一緒になれるよう協力してあげるからさ」
「そうですね」
返事をしつつ、俺は大きくため息をついた。
***
しかし、俺の想いとは裏腹に、クラルテとのすれ違いはどんどん大きくなっていく。
俺たちは毎日朝早くに職場に行き、夜遅くに帰ってくる。今ではランチの時間を合わせることも、彼女の職場に顔を出すことも難しくなっていたし、家で顔を合わせられるのはほんのわずかな時間だけだ。休みの日もなかなか合わせられず、以前のようにクラルテと触れ合うことは難しい。それが放火魔のせいだと思うと、ものすごく腹立たしかった。
(なんとしても早く犯人を捕まえないと……!)
決意を胸に、俺は寝台から飛び起きる。
今日の俺は非番のため、ゆっくりと身体を休めるべき日だ。けれど、こうしている間にもクラルテは忙しく働いているし、じっとなんてしていられない。
これまでの火災現場を回ってみよう――そう思って部屋から出たときだった。
「あっ……ご主人さま」
侍女のひとりがクラルテの部屋に入ろうとしている場面に出くわす。深々とした礼。彼女の手には一枚の封筒が握られていた。
「君、それは?」
「え? いえ、その……」
侍女は封筒をサッとうしろてに回し、なにやら曖昧に微笑んでいる。
「何故隠す? それはクラルテへの手紙だろう?」
「え、ええ……。奥様から職場に手紙を転送するよう仰せつかっておりまして」
侍女の言葉にクラルテの部屋を覗いてみると、文机の上に小さな魔法陣が敷かれてあるのがわかった。いつでも転送ができるように敷いているものなのだろう。そんなものがあるなんて、俺はちっとも知らなかったが……。
「そんなに急ぎのものなのか?」
「おそらくは……けれど、私は詳しいことはわからなくて」
「だったら、俺がクラルテに直接渡しに行こうか?」
魔法陣のほうが早いのはわかっている。だが、直接手渡ししたほうが確実だ。……というより、理由をつけて俺がクラルテに会いに行きたいだけなのだが。
「それはダメです! 奥様に叱られてしまいますわ」
侍女はそう言って、急いで手紙を魔法陣に載せた。けれどそのとき、ふと封筒の表に書かれている文字が目に入る。
「…………え?」
それはあまりにも思いがけないこと。
そこに書かれていたのは『ザマスコッチ』という文字だった。
忙しい――というのはつまり、火事が増加していることを示している。
(くそっ、またか!)
毎日、王都のどこかで火災が起きる。人口を考えれば当然ではあるが、最近は明らかに件数が多い。しかも、住人たちに火事の原因がハッキリとわからないというからたちが悪かった。
「いつのまにか家が燃えていたんです。本当です! 火なんて使っていないのに……」
事情聴取をしながら、俺とプレヤさんは顔を見合わせる。
以前、俺とクラルテが居合わせた商会の火災――あのとき、クラルテはなにもないところから炎が新たに出現したのを目撃している。消火の際にもあれが自然由来の炎でないことは確認した。
「魔術師による連続放火……か」
もはやそう断定せざるを得ない状況だ。俺たちは大きくため息をつく。
「誰が一体なんのために?」
「理由などなくとも、犯罪を犯す人間はたくさんいるんだよ、ハルト。だけど、燃え盛る炎を見るのが好きだとか、人を困らせるのが楽しいとか、そういう考えの人間がいるのもまた事実だね。もちろん、そんな人間はごく少数だけど」
プレヤさんはそう言って焼け落ちた建物をじっと見つめた。
「あとは火事を起こすことによって得をする人間がいる、とかね」
「得? そんな馬鹿な。火事は恐ろしいものです。ものを、建物を、人の命をたやすく奪ってしまう。それなのに、得をするだなんて……」
にわかには信じられない。俺は大きく息をついた。
「捜査当局はなにをしているんだ? まさか、犯人の目星すらついていないのでは?」
同じ魔術師団に属していても局が違えば仕事は違う。犯罪者を捕らえるのは捜査当局の役割だ。俺たちの仕事はあくまで火を消すこと。憤っていても仕方がないとわかってはいるのだが。
「どうだろうね? ……ただ、ハルトはハルトの仕事に集中するべきだと思うよ。他人の仕事に手を出していては被害が拡大しちゃうからね。やれやれ、しばらくは忙しくなりそうだ。僕、そんなに仕事人間じゃないんだけど」
プレヤさんはそう言いながら俺のことを覗き込んできた。
「ハルトも、今回ばかりは忙しいのは嫌だろう? このままじゃクラルテとの結婚話を進められないもんね」
「…………ええ」
プレヤさんの言うとおり。最近は疲れすぎて、帰宅するとすぐに泥のように眠ってしまう。それは俺だけでなく、クラルテも同じだった。下手をすれば、彼女のほうが負担が大きいように思う。頻繁に転移魔法を使い、負傷者の治療をし、書類仕事までこなさなければならないのだ。おまけに、新人だからというだけで、他の人間よりも業務量が多く割り振られている。もっと分担を見直すべきだ――そう掛け合いたいところだが、俺とクラルテは部署も上司も違っている。過保護な婚約者だと笑われるのは目に見えているし、クラルテ自身がそれを望んでいないのだからどうしようもなかった。
「まあ、まったく進展がないわけじゃないんだし、僕も色々と動いている。君たちが早く一緒になれるよう協力してあげるからさ」
「そうですね」
返事をしつつ、俺は大きくため息をついた。
***
しかし、俺の想いとは裏腹に、クラルテとのすれ違いはどんどん大きくなっていく。
俺たちは毎日朝早くに職場に行き、夜遅くに帰ってくる。今ではランチの時間を合わせることも、彼女の職場に顔を出すことも難しくなっていたし、家で顔を合わせられるのはほんのわずかな時間だけだ。休みの日もなかなか合わせられず、以前のようにクラルテと触れ合うことは難しい。それが放火魔のせいだと思うと、ものすごく腹立たしかった。
(なんとしても早く犯人を捕まえないと……!)
決意を胸に、俺は寝台から飛び起きる。
今日の俺は非番のため、ゆっくりと身体を休めるべき日だ。けれど、こうしている間にもクラルテは忙しく働いているし、じっとなんてしていられない。
これまでの火災現場を回ってみよう――そう思って部屋から出たときだった。
「あっ……ご主人さま」
侍女のひとりがクラルテの部屋に入ろうとしている場面に出くわす。深々とした礼。彼女の手には一枚の封筒が握られていた。
「君、それは?」
「え? いえ、その……」
侍女は封筒をサッとうしろてに回し、なにやら曖昧に微笑んでいる。
「何故隠す? それはクラルテへの手紙だろう?」
「え、ええ……。奥様から職場に手紙を転送するよう仰せつかっておりまして」
侍女の言葉にクラルテの部屋を覗いてみると、文机の上に小さな魔法陣が敷かれてあるのがわかった。いつでも転送ができるように敷いているものなのだろう。そんなものがあるなんて、俺はちっとも知らなかったが……。
「そんなに急ぎのものなのか?」
「おそらくは……けれど、私は詳しいことはわからなくて」
「だったら、俺がクラルテに直接渡しに行こうか?」
魔法陣のほうが早いのはわかっている。だが、直接手渡ししたほうが確実だ。……というより、理由をつけて俺がクラルテに会いに行きたいだけなのだが。
「それはダメです! 奥様に叱られてしまいますわ」
侍女はそう言って、急いで手紙を魔法陣に載せた。けれどそのとき、ふと封筒の表に書かれている文字が目に入る。
「…………え?」
それはあまりにも思いがけないこと。
そこに書かれていたのは『ザマスコッチ』という文字だった。
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