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【2章】後攻ハルト 無自覚に攻め返す

21.大丈夫……だよな?

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「旦那様……!」

「クラルテ、現場まで転移できるか?」

「はい!」


 クラルテがすぐに魔法陣を敷く。次の瞬間、俺たちは火災現場の近くに転移していた。

 平和な街に、人々の悲鳴が木霊する。火災が起きたのは王都で一番大きな商会のようだった。外から見るに五階建ての建物で、かなり広い。


(先程の音……なかで爆発が起きたのか)


 入り口からは内部の様子はうかがえない。ただ、もくもくと上がる黒煙が、ただごとではないことを物語っている。


「旦那様、わたくしは魔術師団に連絡を」

「頼む。俺は状況を確認し次第、人命救助、消火活動をはじめる」


 火災は時間との勝負だ。発生してすぐに駆けつけられたのは運が良かったとしか言いようがない。
 けれど、建物の大きさと煙の様子を鑑みて、俺とクラルテの二人だけでなんとかできるようなものではないはずだ。


 こうしている間にも、たくさんの人が建物の中から逃げ出してくる。最低限の避難誘導は上手くいっているようだが、ここは商会。なかに何人いるか、どんな人がいるのかハッキリと把握できないのが厄介だ。


「なにが起こった? 爆発か?」


 従業員らしき人間を捕まえて事情を聞く。中年の男性だ。彼はコクコクとうなずきつつ、手のひらで胸を押さえた。


「どこだ? なにが原因だ?」

「三階で――原因はわかりません。どこからともなく炎が現れて、爆発して――階段が塞がれているんです。なかにはまだ、お客様と従業員が!」


 取り乱した従業員をなだめ、俺はクラルテのほうへ振り返る。


「クラルテ!」

「話は聞きました。三階へ繋がる魔法陣を」


 クラルテは局へと連絡をとりながら、すぐに魔法陣を作り出す。急いでその上に乗れば、俺は商会の三階へと移動していた。
 炎はちょうど、階段を塞ぐようなかたちで燃え盛っている。
 先程の従業員が言っていたとおり、中にはパッと見た限り十数人の人々がいて、炎を避けるようにして固まっていた。


「こっちだ。魔法陣に乗れば、ここから出られる! 急いで!」


 誘導をしながら、火元へ向かって水魔法を放つ。俺ひとりでは、どうしたって効率が悪い。普段は単独で動くことがないし、どちらも優先順位が高いとわかっているから割り切れない。


(どうする? 負傷者や逃げ遅れた人がいないか確認しなければならないが……火を消さなければ被害が拡大する)

「旦那様!」

「クラルテ!?」


 そのとき、クラルテの声が聞こえてきた。振り返ることはできないが、間違いなく彼女はここにいる。


「避難誘導はわたくしがします! 状況報告もわたくしが! 旦那様は消火に専念してください!」

「けれど、おまえは後方部隊で、俺たちのように救助のための訓練もしていないのだし……」

「今日のわたくしは非番です! 現場に乗り込んだからといって文句を言われる筋合いはありません! それに、こちらのほうが明らかに効率が良いとわかっているのです! どうかわたくしを使ってください!」


 クラルテは会話を続けつつ、人々を誘導し続けている。ここは彼女の言うとおり、消火に専念すべきだろう。


(けれど、やはり俺ひとりじゃ間に合わない)


 炎は一向に小さくなる気配がない。むしろ勢いを増すばかりだ。タイムリミットが迫っている。長時間この場にとどまれば、一酸化炭素中毒か、炎に焼かれて死んでしまうだろう。


「旦那様! このフロアにいる人たちは全員逃がしました! わたくしは四階と五階に逃げ遅れた人が残っていないか、確認してまいります!」

「……! わかった。けれど、危ないと判断したら迷わず退避しろ。いいな?」


 従業員から聞き取った内容が正しいとは必ずしも限らない。もしかしたら、火の手が上がっているのはこのフロアだけではないかもしれないのだ。


(プレヤさんは……他の魔術師たちはまだ到着しないのか?)


 出動体制を整えるのにはある程度の時間がかかる。わかってはいるが、こうしてひとりきりで炎に対峙していると、普段の何倍も何十倍も時間が長く感じられる。俺一人では炎が大きくならないよう押さえるのが精一杯で、鎮火できるほどの威力が足りないのだ。


(クラルテは無事に逃げられただろうか?)


 確認したいが、ここを離れることはできない。いちかばちか、魔力を最大放出して鎮火を目指す――いや、無理だ。火は小さくなるだろうが消しきれない。他の魔術師が到着するまでこの手は使うべきではない。消火活動がまったくできなくなってしまう。

 それに、気になることがひとつある。


(先程の従業員はいきなり炎が現れ、爆発したと言っていた。つまりこれは人為的に起こされたもの。魔術師による放火の可能性が高い)


 自然由来の炎と違って、魔術によって生み出された炎は消火がとても難しい。油や燃料を投入された状態の炎よりもさらにたちが悪いのだ。魔術師とタイマンでの戦闘時ならまだしも、時間をかけて練られ生み出された炎ならば、こちらのほうが当然分が悪い。


(早く……早く…………)


 熱に、炎に、じりじりと肌が焼かれていく感覚がする。息が段々苦しくなってきた。このままではいけない。このままでは――


「待たせたね、ハルト」


 肩をポンと叩かれると同時に、強力な水魔法が炎に向かって発せられる。


「プレヤさん」


 顔を見なくてもわかる。これはプレヤさんの魔力だ。
 彼を先頭に、クラルテが作った魔法陣から魔術師たちが何人も転移してくる。


(よかった……もう大丈夫だ)


 俺はほっと安堵のため息をつく。
 プレヤさんのおかげで炎の威力はかなり弱くなった。人数も揃ったし、このまま続ければ、短時間で消し止めることが可能だろう。


 けれど次の瞬間、ボン! と大きな爆発音が聞こえてきた。


「なっ……」


 建物が揺れ、足元がぐらつく。音が聞こえたのは上のほう――クラルテが向かった先だ。


(クラルテ、大丈夫……だよな?)


 大丈夫。きっとクラルテは無事に逃げている。絶対、絶対大丈夫だ。――必死にそう言い聞かせてみるものの、心臓はバクバクと嫌な音を立てて鳴り響くし、不安のあまり身体が震える。


「ハルト」

「……わかってます」


 ぐっと歯を食いしばり、俺は消火活動を続けた。

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