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(さて、次はどの国に向かおうかな)


 地続きの大陸を、当てもなく歩き続ける。乗り合いの馬車を使うこともできるが、情緒に欠けるから嫌いだ。行先が決まるまでの間ぐらい、のんびりと過ごしていたい。
 行き交う人々。誰もオルニアのこと等気にも留めない。それで良い――――そう思ったその時、前方から歓声が湧き上がった。


「クリスチャン殿下だ!」
「殿下が御出ましになった!」


 耳を澄まし、冷静に事態を呑み込む。
 エディーレン王国の第三王子、クリスチャン。文武両道、眉目秀麗。兄達を凌ぐ優秀さを持ちながら、決して出しゃばらず、慎み深い性格をしている。その上、しょっちゅう城下を訪れては、民と頻繁に交流と対話を行っている。民衆からの人気が抜群に高い王族だ。


「素敵! こっちを向いてくれないかしらっ」
「本当に良い男ねぇ」
「殿下はどんな令嬢と結婚するんだろう? 楽しみね」


 飛び交う黄色声。
 兄である第一王子は隣国の王女を、第二王子は国内の有力貴族の娘を、それぞれ妃に迎えた。御年23歳のクリスチャン殿下が誰を選ぶのか――――結婚事情に、皆興味津々だ。


(あの人、わたしの依頼人になってくれないかなぁ)


 清廉潔白に見える人ほど、後ろ黒い何かを抱えている。排除したいと思っている貴族の一人や二人、居ても全くおかしくない。例えば、それが目障りな兄二人であったとしても、何ら不思議はなかった。


(わたしなら、あなたを国王にしてあげられるかもよ)


 そんなことを思いつつ、群衆に囲まれたクリスチャンを見遣る。
 彼が声を掛けたくなるのはどんな女性だろう。慎まし気な女性だろうか。それとも愛らしい女性だろうか。
 周囲がブルネットばかりのため、オルニアは髪を金色に変える。瞳も目の覚めるような緑色をチョイスした。まずは目に留まらなければ意味がない。一度で上手く良くとも限らないが――――


「君、大丈夫かい?」

(釣れた)


 こんなにも簡単に。
 口元を押さえ、オルニアは瞳を震わせる。


「平気です。少々……調子が悪いだけで」

「それはいけない。すぐに治療を受けた方が良い」


 クリスチャンは真剣だった。本気でオルニアのことを心配している。あまりの人の好さに、オルニアはため息を漏らした。


「受けたいのは山々ですが――――天蓋孤独の身で仕事もないわたくしに、治療なんて大それたものは……」

「ならば城に連れて行こう。こういう時、民が無償で治療を受けられるようにしてある」


 オルニアは決して嘘は言っていない。不調は気の持ちよう。両親は居らず、次の仕事は決まっていない。金子はたんまりと持っているが、言う必要のないことだ。
 クリスチャンは自らオルニアを抱き上げる。どうやら掴みは上々らしい。そのまま縋る様にして、城へと連れて行かれた。
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