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3.あなたは私じゃありません。私はあなたじゃありません。
6.(END)
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「さて、儀の結果は先程発表したとおりだ」
平穏を取り戻した広間のなか、再び拍手が沸き起こる。
ナターシャ様はユリウス様の隣に立ち、それから深々と礼をした。
(おめでとう)
夢が、願いが叶ったんだねと、そう祝福してあげたい。
――けれど、本当はさっきからずっと、胸のあたりがズキズキと痛んでいた。鉛でも飲み込んだかのように身体が重くて、頭のなかに暗い靄がかかったみたいで。苦しくて苦しくて、目頭がじわりと熱くなる。
(本当は私、ユリウス様のことが好きだったんだな……)
気づかないようにしていただけで。きっとずっと、彼のことを想っていた。
もしも私が母の子どもじゃなかったら――もしも彼が王太子じゃなかったら、今とは違う結末を迎えられていただろうか?
城内に与えられていた部屋に戻り、一人静かに膝を抱える。
この城とももうすぐお別れだ。あんなに嫌だと思っていたのに、今となっては少しだけ名残惜しい。
「クラウディア」
外から声をかけられハッとする。ユリウス様の声だ。
扉を開け、ユリウス様の顔を見れないまま「なんでしょう?」とそう尋ねる。
「少し外を歩かないか?」
***
ユリウス様と私は無言で庭園を歩いていた。
こうして二人きりになるのはお茶会の夜が最後。まともに言葉を交わすのだってあれ以来のことだ。
「あの……ありがとうございました。母のこと。かばっていただけて、とても嬉しかったです」
口にして、深々と礼をする。
私はユリウス様の気持ちが嬉しかった。願いを叶えてもらえて、彼にあんなふうに言ってもらえて、本当にすごく嬉しかったのだ。
儀式の最中にお礼を言うことはできなかったし、もうすぐ私は城を去る。今伝えなければ一生伝えられないだろう。
「これで君の人生は君だけのものだ。生まれてきた理由も、生きている理由も、これから進みたい道だってクラウディア自身が自由に決めていい」
ユリウス様が私を撫でる。思わず涙がこぼれそうになった。
(私の進みたい道……)
本当は今、私には選びたい未来がある。欲しいものが存在する。
ようやくみつけたものだけれど、それに手を伸ばすことはできない。
……もう手遅れだ。
「クラウディア――俺を選んでくれないか?」
「え……?」
私は思わず言葉を失う。
聞き間違えだろうか? 呆然としている私に、ユリウス様がひざまずいた。
「君はもう自由だ。なににも縛られる必要はない。けれど、だからこそ君自身の意志で俺を選んでほしい。俺と生きる未来を選んでほしい。どうか、俺の妃になってくれないだろうか?」
ユリウス様が言う。彼の表情は真剣だった。
涙がポタポタとこぼれ落ちる。拭っても拭っても止まりそうにない。
「な、ナターシャ様は? あんなに頑張ってて……さっきだって最上位に選ばれてすごく喜んでいたのに」
「儀式の最上位者を妃に選ばなければならないなんてルールはない。慣例はあくまで慣例。それに従う必要なんてないよ」
「だけど、彼女はあなたの妃になりたがっていたし」
「最初はね。けれど、俺の君への想いを知って協力すると言ってくれた。他の候補者たちもみんな納得してくれている。クラウディアは他の候補者たちと明らかにレベルが違っていたし、みんなのことを助けてくれた。候補者たちと穏やかな関係を築いてくれた。だから、俺の選択に異を唱えるものはいなかったんだよ」
ユリウス様が私のことを抱きしめる。とても強く、優しく。空っぽだった私が、温かいもので満たされていく感覚がした。
「私は――あなたと一緒にいたいです」
「うん」
「お母様は関係なく、私自身がそうしたいと思うから」
「うん」
ユリウス様が微笑む。彼は穏やかに目を細め、私の手をぎゅっと握る。
「クラウディアの人生はクラウディアだけのものだよ」
たとえどんな道を選択しようとも。
ユリウス様の言葉に、私は満面の笑みを浮かべたのだった。
平穏を取り戻した広間のなか、再び拍手が沸き起こる。
ナターシャ様はユリウス様の隣に立ち、それから深々と礼をした。
(おめでとう)
夢が、願いが叶ったんだねと、そう祝福してあげたい。
――けれど、本当はさっきからずっと、胸のあたりがズキズキと痛んでいた。鉛でも飲み込んだかのように身体が重くて、頭のなかに暗い靄がかかったみたいで。苦しくて苦しくて、目頭がじわりと熱くなる。
(本当は私、ユリウス様のことが好きだったんだな……)
気づかないようにしていただけで。きっとずっと、彼のことを想っていた。
もしも私が母の子どもじゃなかったら――もしも彼が王太子じゃなかったら、今とは違う結末を迎えられていただろうか?
城内に与えられていた部屋に戻り、一人静かに膝を抱える。
この城とももうすぐお別れだ。あんなに嫌だと思っていたのに、今となっては少しだけ名残惜しい。
「クラウディア」
外から声をかけられハッとする。ユリウス様の声だ。
扉を開け、ユリウス様の顔を見れないまま「なんでしょう?」とそう尋ねる。
「少し外を歩かないか?」
***
ユリウス様と私は無言で庭園を歩いていた。
こうして二人きりになるのはお茶会の夜が最後。まともに言葉を交わすのだってあれ以来のことだ。
「あの……ありがとうございました。母のこと。かばっていただけて、とても嬉しかったです」
口にして、深々と礼をする。
私はユリウス様の気持ちが嬉しかった。願いを叶えてもらえて、彼にあんなふうに言ってもらえて、本当にすごく嬉しかったのだ。
儀式の最中にお礼を言うことはできなかったし、もうすぐ私は城を去る。今伝えなければ一生伝えられないだろう。
「これで君の人生は君だけのものだ。生まれてきた理由も、生きている理由も、これから進みたい道だってクラウディア自身が自由に決めていい」
ユリウス様が私を撫でる。思わず涙がこぼれそうになった。
(私の進みたい道……)
本当は今、私には選びたい未来がある。欲しいものが存在する。
ようやくみつけたものだけれど、それに手を伸ばすことはできない。
……もう手遅れだ。
「クラウディア――俺を選んでくれないか?」
「え……?」
私は思わず言葉を失う。
聞き間違えだろうか? 呆然としている私に、ユリウス様がひざまずいた。
「君はもう自由だ。なににも縛られる必要はない。けれど、だからこそ君自身の意志で俺を選んでほしい。俺と生きる未来を選んでほしい。どうか、俺の妃になってくれないだろうか?」
ユリウス様が言う。彼の表情は真剣だった。
涙がポタポタとこぼれ落ちる。拭っても拭っても止まりそうにない。
「な、ナターシャ様は? あんなに頑張ってて……さっきだって最上位に選ばれてすごく喜んでいたのに」
「儀式の最上位者を妃に選ばなければならないなんてルールはない。慣例はあくまで慣例。それに従う必要なんてないよ」
「だけど、彼女はあなたの妃になりたがっていたし」
「最初はね。けれど、俺の君への想いを知って協力すると言ってくれた。他の候補者たちもみんな納得してくれている。クラウディアは他の候補者たちと明らかにレベルが違っていたし、みんなのことを助けてくれた。候補者たちと穏やかな関係を築いてくれた。だから、俺の選択に異を唱えるものはいなかったんだよ」
ユリウス様が私のことを抱きしめる。とても強く、優しく。空っぽだった私が、温かいもので満たされていく感覚がした。
「私は――あなたと一緒にいたいです」
「うん」
「お母様は関係なく、私自身がそうしたいと思うから」
「うん」
ユリウス様が微笑む。彼は穏やかに目を細め、私の手をぎゅっと握る。
「クラウディアの人生はクラウディアだけのものだよ」
たとえどんな道を選択しようとも。
ユリウス様の言葉に、私は満面の笑みを浮かべたのだった。
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