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25.練習(1)
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じりじりと太陽が肌を焼く。だけど気まぐれに吹き抜ける風が物凄く気持ち良くて、わたしは思いっきり天を仰いだ。
(やっぱ思い切り身体動かすと気持ち良いなぁーーーー)
今日は公休日。
わたしは京のはずれにある、とある道場に来ていた。
本当はわたしや憂炎が通っていた道場に行きたかったのだけど、『華凛』として行っても思う存分身体を動かすことができない。師範や周囲に違和感を抱かせてはいけないからだ。
武官の娘だけあって華凛も十分強いんだけど、わたしとは戦闘タイプが違う。
華凛は非力なため、どちらかというと武器で力を補うタイプだ。動き方も効率重視で、わたしのように全力で身体を動かしたりはしない。
だけど、せっかく好きなことをするんだもん。思う存分楽しみたい。
だから、わたしのことを全然知らない別の道場を紹介してもらって、こうして良い汗を流した、というわけだ。
(暑い……頭がくらくらする)
修練を終えた今、わたしは道場を離れ、少し離れた石段の上にひとりで座っている。
二ヶ月に及ぶ後宮生活は、わたしの体力をすっかり奪っていた。
そりゃあ、後宮内で鍛錬をしたこともあるけど、今日のそれは、あれとはちっともレベルが違う。
そもそも、華凛として生活をすることになって、以前よりも大人しい生活を送っていたのだ。身体が鈍って当然だ。
季節やペース配分を考えずに飛ばしたため、罰が当たってしまった。
好きなことを楽しんだ結果だし、ここで倒れても後悔はないけど、己の馬鹿さ加減に嫌気が差す。
「――――ほら」
ため息を吐いたその時、頬に冷やりとした何かが押し当てられた。
青臭い竹の香りと、嫌ってほど聞き慣れた声。
見上げれば、憂炎が呆れたような表情を浮かべ、佇んでいた。
「まぁ、憂炎。どうしてここへ?」
「……良いから。早く水分補給しないと倒れるぞ」
問いかけには答えないまま、憂炎は竹筒をわたしの唇へと押し付ける。そのまま勢いよく水が流れ落ち、わたしの唇を濡らした。
程よく冷えた液体。口を開けて飲み干せば、枯渇した身体が潤うような心地がした。
「少しは落ち着いたか?」
そう言って憂炎は、わたしの額をそっと撫でる。
風のおかげで表面は乾いているけど、内側は火照っていて、まだまだ熱い。
憂炎は傍らに控えていた白龍から新しい竹筒を受け取ると、もう一度わたしの唇に押し当てた。
「憂炎ったら……過保護ですわね。水分補給ぐらい、自分でできますわ」
「嘘吐け。倒れる寸前だったくせに。お前は熱中すると、他のことはすぐ忘れるだろう?」
憂炎はキッパリとそう言い切り、再び雑に竹筒を傾ける。おかげで服がビショビショになった。
「替えの服は? 持ってきてるのか?」
「えっと……」
そんなもの、当然持ってきていない。
水でビショビショになるなんて想定外だし、汗ぐらいなら気にしない。その辺をブラブラしながら乾かして帰れば、それで済む話だったんだもん。
だけど、それは『凛風』なら、の話だ。
『華凛』は絶対そんなことはしない。事前にきちんと替えの服を用意して、身体を動かしてきたことなんて微塵も感じさせない、涼しい顔で京を歩くのだ。
だって、憂炎が来るなんて思ってもみなかったし。
そんな小道具にまで気が回らなかったのだから仕方がない。
「それが、うっかり着替えを忘れてきてしまいまして」
苦しい言い訳。
憂炎が白龍に目配せをする。白龍は何も言わずにコクリと頷くと、そっとその場を離れた。
「白龍がすぐに着替えを持ってくる」
「助かりますわ。ありがとうございます」
本当は着替えが必要になったのは憂炎のせいだし、お礼なんて言う必要ないと思うけど、今のわたしは『華凛』だ。腹は立てども仕方がない。
憂炎は帰るのかと思いきや、わたしの隣に腰を落とし、こちらをじっと見つめてきた。
「なんですの? わたくしの顔をじっと見つめたりして」
「――――いや、可愛いなぁと思って」
(はぁ!?)
暑さで頭がやられたのだろうか――――そう思いかけたけど、そういえば今のわたしは華凛だった。『凛風』に対して言うなら変な言葉でも、華凛に対してなら別に変じゃない。
「まぁ、嬉しい。だったら憂炎は、姉さまのことも可愛いと思われたりしますの? 同じ顔ですもの。少しぐらい褒めても罰は当たらないと思いますわ」
それは『華凛』である今だからこそ言える皮肉だ。
だって、憂炎はわたしを褒めたためしがない。
可愛いとか、綺麗みたいな表面的な褒め言葉でさえ、吐いたためしがないのだ。
だけど、この間の白龍の例もある。憂炎が『凛風』のことをどんな風に話すのか、少しだけ興味があった。
(まぁ、どうせボロクソに言うんだろうけど)
それは予感じゃなくて確信。
だけど憂炎は、とても穏やかに目を細めた。
「当然、誰よりも可愛いと思ってる」
「…………え?」
目の前で紡がれた信じ難いセリフに、言葉を失う。心臓がドクンと大きく跳ねて、体温が一気に熱くなった。
(やっぱ思い切り身体動かすと気持ち良いなぁーーーー)
今日は公休日。
わたしは京のはずれにある、とある道場に来ていた。
本当はわたしや憂炎が通っていた道場に行きたかったのだけど、『華凛』として行っても思う存分身体を動かすことができない。師範や周囲に違和感を抱かせてはいけないからだ。
武官の娘だけあって華凛も十分強いんだけど、わたしとは戦闘タイプが違う。
華凛は非力なため、どちらかというと武器で力を補うタイプだ。動き方も効率重視で、わたしのように全力で身体を動かしたりはしない。
だけど、せっかく好きなことをするんだもん。思う存分楽しみたい。
だから、わたしのことを全然知らない別の道場を紹介してもらって、こうして良い汗を流した、というわけだ。
(暑い……頭がくらくらする)
修練を終えた今、わたしは道場を離れ、少し離れた石段の上にひとりで座っている。
二ヶ月に及ぶ後宮生活は、わたしの体力をすっかり奪っていた。
そりゃあ、後宮内で鍛錬をしたこともあるけど、今日のそれは、あれとはちっともレベルが違う。
そもそも、華凛として生活をすることになって、以前よりも大人しい生活を送っていたのだ。身体が鈍って当然だ。
季節やペース配分を考えずに飛ばしたため、罰が当たってしまった。
好きなことを楽しんだ結果だし、ここで倒れても後悔はないけど、己の馬鹿さ加減に嫌気が差す。
「――――ほら」
ため息を吐いたその時、頬に冷やりとした何かが押し当てられた。
青臭い竹の香りと、嫌ってほど聞き慣れた声。
見上げれば、憂炎が呆れたような表情を浮かべ、佇んでいた。
「まぁ、憂炎。どうしてここへ?」
「……良いから。早く水分補給しないと倒れるぞ」
問いかけには答えないまま、憂炎は竹筒をわたしの唇へと押し付ける。そのまま勢いよく水が流れ落ち、わたしの唇を濡らした。
程よく冷えた液体。口を開けて飲み干せば、枯渇した身体が潤うような心地がした。
「少しは落ち着いたか?」
そう言って憂炎は、わたしの額をそっと撫でる。
風のおかげで表面は乾いているけど、内側は火照っていて、まだまだ熱い。
憂炎は傍らに控えていた白龍から新しい竹筒を受け取ると、もう一度わたしの唇に押し当てた。
「憂炎ったら……過保護ですわね。水分補給ぐらい、自分でできますわ」
「嘘吐け。倒れる寸前だったくせに。お前は熱中すると、他のことはすぐ忘れるだろう?」
憂炎はキッパリとそう言い切り、再び雑に竹筒を傾ける。おかげで服がビショビショになった。
「替えの服は? 持ってきてるのか?」
「えっと……」
そんなもの、当然持ってきていない。
水でビショビショになるなんて想定外だし、汗ぐらいなら気にしない。その辺をブラブラしながら乾かして帰れば、それで済む話だったんだもん。
だけど、それは『凛風』なら、の話だ。
『華凛』は絶対そんなことはしない。事前にきちんと替えの服を用意して、身体を動かしてきたことなんて微塵も感じさせない、涼しい顔で京を歩くのだ。
だって、憂炎が来るなんて思ってもみなかったし。
そんな小道具にまで気が回らなかったのだから仕方がない。
「それが、うっかり着替えを忘れてきてしまいまして」
苦しい言い訳。
憂炎が白龍に目配せをする。白龍は何も言わずにコクリと頷くと、そっとその場を離れた。
「白龍がすぐに着替えを持ってくる」
「助かりますわ。ありがとうございます」
本当は着替えが必要になったのは憂炎のせいだし、お礼なんて言う必要ないと思うけど、今のわたしは『華凛』だ。腹は立てども仕方がない。
憂炎は帰るのかと思いきや、わたしの隣に腰を落とし、こちらをじっと見つめてきた。
「なんですの? わたくしの顔をじっと見つめたりして」
「――――いや、可愛いなぁと思って」
(はぁ!?)
暑さで頭がやられたのだろうか――――そう思いかけたけど、そういえば今のわたしは華凛だった。『凛風』に対して言うなら変な言葉でも、華凛に対してなら別に変じゃない。
「まぁ、嬉しい。だったら憂炎は、姉さまのことも可愛いと思われたりしますの? 同じ顔ですもの。少しぐらい褒めても罰は当たらないと思いますわ」
それは『華凛』である今だからこそ言える皮肉だ。
だって、憂炎はわたしを褒めたためしがない。
可愛いとか、綺麗みたいな表面的な褒め言葉でさえ、吐いたためしがないのだ。
だけど、この間の白龍の例もある。憂炎が『凛風』のことをどんな風に話すのか、少しだけ興味があった。
(まぁ、どうせボロクソに言うんだろうけど)
それは予感じゃなくて確信。
だけど憂炎は、とても穏やかに目を細めた。
「当然、誰よりも可愛いと思ってる」
「…………え?」
目の前で紡がれた信じ難いセリフに、言葉を失う。心臓がドクンと大きく跳ねて、体温が一気に熱くなった。
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