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22.後の祭り(2)
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ブランクにもかかわらず、仕事は案外順調だった。
元々、華凛の役割は憂炎の小間使いだし、頼まれた仕事を淡々とこなせば良いっていう事情もある。
けど、やっぱり後宮生活が退屈過ぎたんだろうな。
色んなことが新鮮で、楽しくて、ついつい張り切ってしまう。
そうすると、憂炎や白龍が次に何を望んでいるか自然と分かるもので、仕事が物凄くはかどった。
「おまえは本当に楽しそうに仕事をするな」
憂炎がそう口にする。何故かその表情は、あまり嬉しくなさそうに見えた。
「ええ、楽しいですわ。家でじっとしているより、ずっと性に合っていますもの」
わたしはそう言って穏やかに微笑む。
華凛は大人しそうに見えて活発な娘だし、わたしのこの返答に違和感はないはずだ。
憂炎はため息を吐きつつ、書類を決裁済みの箱へと投げ入れる。
「意外だな。俺は華凛は家に入りたいタイプだと思っていたが」
驚くことに、そう口にしたのは白龍だった。わたしに興味がないどころか、必要以上に会話をすることが無かったというのに、この二ヶ月で少しは距離が近づいたのだろうか。
「そうですわね。いずれはわたくしも、姉のように幸せな結婚をしたいと思っていますわ」
資料を書棚に片付けながら、そう答える。
すると、憂炎がピクリと眉を上げて反応した。
(おっ、食いついたな)
今後わたしたちが入れ替わることは無いけれど、『華凛』の評価を下げたままじゃ申し訳ないもの。
さっきからずっと、名誉挽回の機会を窺っていたのだ。
「憂炎のような素敵な旦那様がいて、何不自由ない生活が送れて、姉さまが羨ましい限りです」
ニコニコと満面の笑みを浮かべつつ、わたしは言う。
「本当にそう思うのか」
「ええ、もちろん」
憂炎の問いかけに、わたしは思い切り頷いた。
本当は羨ましいなんてちっとも思ってないけど、こういうときは嘘も方便。お偉いさんは持ち上げるに限る。
「……本当はわたくしが憂炎の妃になれたら良かったのに。憂炎ったら姉さまが良いって言うんですもの。今でもとても残念に思っていますわ」
『凛風』じゃなくて『華凛』が妃になる。そんなわたしの目論見が実現する可能性は限りなく低いだろう。
けれど、可愛がってる華凛にこんな風に言われたら、憂炎だってきっと嬉しい。
機嫌だってきっと直るはずだ。
そう思っていたのだけど――――。
「そんなの当たり前だろう」
「え……?」
実際に返ってきたのは、想定とは全く異なる返事と、不機嫌すぎる声音だった。
(どうして……?)
憂炎はちっとも喜んでなんかいない。寧ろ物凄く怒っていた。
眉間に皺を寄せ、真っ直ぐにわたしを睨み、ぎりぎりと歯を喰いしばっている。
「あの、憂炎……?」
「俺の妃は凛風だけだ。今までも、これからも、凛風ただ一人だ」
憂炎はそう言うと、静かに執務室を後にした。
白龍が何も言わず憂炎を追う。部屋にはわたし一人が取り残された。
「なんだよ、憂炎の奴」
憂炎が何と言おうと、あいつの妃は二人存在している。
昨日まで期間限定の妃をしていたわたしと、これから先ずっと、憂炎の妃として生きていく華凛。
あいつが想い描く『凛風』という虚像の中に、二人の人間が存在しているんだ。
そんなこと、憂炎は当然知らない。
だけど、事実は絶対変わらない。
(どうして憂炎はあんなに怒ってるんだ?)
普通、これまで散々可愛がってきた妹分に『妻になりたい』なんて言われたら喜ぶものだろう?
不敬と受け取った可能性はなきにしもあらずだけど、それにしたって変な怒り方だ。あいつの考えが、わたしにはちっとも理解できない。
(でも、これで良いんだよな)
これでもう、憂炎がわたしを求めることはない。
だって、わたしは『華凛』だから。
これから『華凛』として一生、生きていくんだもん。
憂炎は思う存分、華凛を――――『凛風』を求めてくれれば良い。
「憂炎のバカ」
呟きながら、訳もなく胸が痛んだ。
元々、華凛の役割は憂炎の小間使いだし、頼まれた仕事を淡々とこなせば良いっていう事情もある。
けど、やっぱり後宮生活が退屈過ぎたんだろうな。
色んなことが新鮮で、楽しくて、ついつい張り切ってしまう。
そうすると、憂炎や白龍が次に何を望んでいるか自然と分かるもので、仕事が物凄くはかどった。
「おまえは本当に楽しそうに仕事をするな」
憂炎がそう口にする。何故かその表情は、あまり嬉しくなさそうに見えた。
「ええ、楽しいですわ。家でじっとしているより、ずっと性に合っていますもの」
わたしはそう言って穏やかに微笑む。
華凛は大人しそうに見えて活発な娘だし、わたしのこの返答に違和感はないはずだ。
憂炎はため息を吐きつつ、書類を決裁済みの箱へと投げ入れる。
「意外だな。俺は華凛は家に入りたいタイプだと思っていたが」
驚くことに、そう口にしたのは白龍だった。わたしに興味がないどころか、必要以上に会話をすることが無かったというのに、この二ヶ月で少しは距離が近づいたのだろうか。
「そうですわね。いずれはわたくしも、姉のように幸せな結婚をしたいと思っていますわ」
資料を書棚に片付けながら、そう答える。
すると、憂炎がピクリと眉を上げて反応した。
(おっ、食いついたな)
今後わたしたちが入れ替わることは無いけれど、『華凛』の評価を下げたままじゃ申し訳ないもの。
さっきからずっと、名誉挽回の機会を窺っていたのだ。
「憂炎のような素敵な旦那様がいて、何不自由ない生活が送れて、姉さまが羨ましい限りです」
ニコニコと満面の笑みを浮かべつつ、わたしは言う。
「本当にそう思うのか」
「ええ、もちろん」
憂炎の問いかけに、わたしは思い切り頷いた。
本当は羨ましいなんてちっとも思ってないけど、こういうときは嘘も方便。お偉いさんは持ち上げるに限る。
「……本当はわたくしが憂炎の妃になれたら良かったのに。憂炎ったら姉さまが良いって言うんですもの。今でもとても残念に思っていますわ」
『凛風』じゃなくて『華凛』が妃になる。そんなわたしの目論見が実現する可能性は限りなく低いだろう。
けれど、可愛がってる華凛にこんな風に言われたら、憂炎だってきっと嬉しい。
機嫌だってきっと直るはずだ。
そう思っていたのだけど――――。
「そんなの当たり前だろう」
「え……?」
実際に返ってきたのは、想定とは全く異なる返事と、不機嫌すぎる声音だった。
(どうして……?)
憂炎はちっとも喜んでなんかいない。寧ろ物凄く怒っていた。
眉間に皺を寄せ、真っ直ぐにわたしを睨み、ぎりぎりと歯を喰いしばっている。
「あの、憂炎……?」
「俺の妃は凛風だけだ。今までも、これからも、凛風ただ一人だ」
憂炎はそう言うと、静かに執務室を後にした。
白龍が何も言わず憂炎を追う。部屋にはわたし一人が取り残された。
「なんだよ、憂炎の奴」
憂炎が何と言おうと、あいつの妃は二人存在している。
昨日まで期間限定の妃をしていたわたしと、これから先ずっと、憂炎の妃として生きていく華凛。
あいつが想い描く『凛風』という虚像の中に、二人の人間が存在しているんだ。
そんなこと、憂炎は当然知らない。
だけど、事実は絶対変わらない。
(どうして憂炎はあんなに怒ってるんだ?)
普通、これまで散々可愛がってきた妹分に『妻になりたい』なんて言われたら喜ぶものだろう?
不敬と受け取った可能性はなきにしもあらずだけど、それにしたって変な怒り方だ。あいつの考えが、わたしにはちっとも理解できない。
(でも、これで良いんだよな)
これでもう、憂炎がわたしを求めることはない。
だって、わたしは『華凛』だから。
これから『華凛』として一生、生きていくんだもん。
憂炎は思う存分、華凛を――――『凛風』を求めてくれれば良い。
「憂炎のバカ」
呟きながら、訳もなく胸が痛んだ。
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