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21.後の祭り(1)

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 翌朝、執務室の前に立ちつつ、わたしは少しだけドキドキしていた。

 『華凛』として憂炎の前に立つのは実に二ヶ月ぶりのこと。
 しかも、久しぶりに顔を合わせるならともかく、相手は『凛風』として毎日会っていた憂炎だ。


(まぁ、見た目じゃ絶対バレない自信はあるけど)


 わたしたちの入れ替わりは、今まで誰にもバレたことがない。

 わたしたち姉妹は、これまで何度となく入れ替わりを経験してきた。

 けれど、父も母も、侍女たちだって、わたしたちの入れ替わりに気づかなかった。
 だから、外見や風貌でバレることはないは筈だ。


 どちらかというと、仕事で使い物にならないことの方が心配だった。
 
 わたしが華凛として憂炎の側で働いたのはたったの一週間。残念ながら仕事を覚える時間なんて無かった。

 それに対し、わたしが後宮生活を送っていた二か月間もの間、華凛は憂炎の補佐として忙しく働いていた。
 当然、色んな仕事を任されただろうし、覚えてきただろう。
 昨日までできていたことができないせいで、怪しまれるなんてことはあっちゃいけない。もちろん、簡単な引き継ぎはしたけれども。


(なんかあったら『ウッカリ間違えた』って言って乗りきろう)


 華凛に激甘な憂炎なら、それで見逃してくれるはずだ。
 きっとそうに違いない。

 ――――そう思っていたのだけど。



「遅かったな」


 ドアを開けたわたしを待っていたのは、満面の笑みを浮かべた憂炎だった。

 華凛に会えたことを喜んでいるのだろうか――――そう思いたいけれど、背後に漂うオーラは何やらどす黒い。

 憂炎はわたしの手を取ると、ゆっくりと目を細めた。


「昨日は疲れただろう? 俺への挨拶もなしに帰ってしまうぐらいに」

(ん?)


 発言の中に仕込まれた棘を敏感に察知しながら、わたしは急いで頭を下げる。


「もっ、申し訳ございません。忙しそうにしていらっしゃいましたし、声を掛けるのが忍びなくて、不義理を働いてしまいました」


 嘘だ。
 本当は入れ替わってすぐに、あいつと対峙する自信がなかっただけだ。

 万が一バレて、後宮に連れ戻されたら嫌だし。
 何より心の準備が出来ていなかったんだもの。


 長椅子に誘導され、わたしは憂炎の隣に腰掛ける。

 何だろう。やっぱり目が笑っていない。
 心臓に掛かるプレッシャーが凄まじかった。


「そうか……うん、そうだね。つまり、ちゃんと声を掛けやすい雰囲気を作っていなかった俺が悪いんだよね」

「なっ⁉」


 思わず素になりかけて、わたしは必死に口を噤んだ。


(一体なんなんだ、憂炎の奴!)


 元々嫌味っぽい奴だけど、『華凛』でいる時に、こんな態度を取られるのは初めてだ。
 よしよしって頭なんか撫でちゃって、表向き『華凛』を甘やかしている風を装っているのが更に悪質。
 部屋の隅の方で白龍がめちゃくちゃ渋い顔をしていた。


「違いますわ、憂炎! 悪いのは全部わたくしで……」

「うん、そうだね」


 憂炎はハッキリきっぱりとそう言い放った。
 奴はわたしのことを真っ直ぐに見下ろし、不機嫌そうに唇を引き結ぶ。


(何なんだよ、憂炎の奴)


 ちょーーっと挨拶しなかった位でこんなに怒る必要ないだろう?
 憂炎の中で皇族への敬意って言うのは何よりも優先されるべきものらしい。

 でも、わたしに対してならまだしも、ここにいるのは『華凛』なんだぞ。
 憂炎のくせに。
 なんかムカつく。


「憂炎……ごめんなさい。本当に、反省してますわ」


 だけど、機嫌損ねたままじゃ仕事がしづらい。ここはわたしが折れて、頭を下げ続けるしかない。


「まったく」


 憂炎はそう言って、唐突にわたしを抱き寄せた。


「頼むから、勝手にいなくなるな」


 小刻みに震えた身体、苦し気な声音に、なんだか胸が騒ぐ。
 もう一度ごめんなさい、と口にしたら、憂炎は小さくため息を吐いた。


「体調は?」

「へ?」

「悪いところは無いのか?」

「えっ? ……ええ。ピンピンしておりますけど」


 華凛は体調不良でも訴えていたのだろうか?
 頬をペタペタ触りながら首を傾げると、憂炎は腕に力を込めた。


「無茶をするな。心臓がいくつあっても足りない」

「? ……? はい、そう致します」

(変な憂炎)


 心配されているのはわたしじゃなくて『華凛』だって分かっている。
 華凛が一体何をしでかしたのかも分かっていない。
 だけど、心と身体が奇妙に騒めいて、落ち着かなかった。



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