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4.『王太子の耳』だけど、黙ってばかりじゃいられません!
8.耳(1)
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翌日、アルヴィア様の配属最終日を迎えた。
「いやぁ残念。実に残念だ。だが、人員が補充されて本当に良かった。な、リュシー?」
アルヴィア様のお陰で、これまでのスタンスを見事に崩されてしまった所長は、この日が来るのを本当に楽しみにしていたらしい。鼻歌交じりにニコニコと笑っている。
とはいえ、補充の全容は未だ明らかになっていない。
普通の人事異動なら、数日前には内示が出て、どんな人が何人来るのか、予め分かっているものだ。
(もしや、補充があるって言うのは所長の嘘なのでは?)
そんなことを思わないでもないけど、遣いの騎士も『異動がある』って言っていたし、嘘ではないと信じたい。
「リュシー」
アルヴィア様が優しく微笑む。わたし達の手のひらはこっそりと繋がれている。『大丈夫だよ』って言われているみたいで、すごくすごく心強い。
「そうですね、所長」
そんな風に返せば、所長は満足気に笑った。
***
夕日が沈み、相談者たちが扉を潜る。
(あっという間だったなぁ)
頭の中に、この数週間の出来事が鮮やかに蘇る。
相談員としてのアルヴィア様を慕っていたのだから、どう足掻いても、しんみりしてしまうのは仕方がない。そんなわたしの気持ちを理解しているのだろう。アルヴィア様は黙って側に寄り添ってくれた。
閉所を継げるベルが鳴る。
いつもの様にアルヴィア様と二人、入り口を施錠しようとしたその時だった。
「すみません! 遅くなってしまったのですが……お話、聞いていただけませんか?」
余程急いでやって来たのだろう。汗と泥にまみれた男性が『王太子の耳』へと駆け込んで来た。
「構いませんよ。こちらにど――――」
「ダメに決まってるだろう」
そう言い掛けたその時、所長がわたし達の前へと立ちふさがる。
「閉所のベルは鳴ったんだ。明日出直しなさい」
「……! ですが、そのぅ……明日の朝一には帰りの馬車に乗らなければならないのです。車両故障で半日足止めされてしまって……本当だったら昼頃にはこちらに着くはずだったのですが。
そもそも、王都に来るのに、片道二日掛かりまして、何分これ以上仕事を休む訳にも――――」
「それが何だというのです? 私達には関係ないことでしょう?」
「ちょっと待ってください!」
あまりにも冷たい所長の物言いに、わたしは眉を吊り上げる。
「良いじゃありませんか! わざわざ王都まで相談に来てくださったんでしょう? 本当だったら開所時間に到着する予定だったみたいですし、少しぐらい――――」
「ダメだ、ダメだ」
汚いものでも見るかの如く、所長は顔を顰める。
「どうしてですか!? これまで、わたしがどんなに遅くまで相談を聞いていても、全く文句を言わなかったでしょう?」
「これまでは、な。全く、とんでもない人員を寄こされたもんだ」
そう言って所長はアルヴィア様を仰ぎ見る。侮るような眼差し。腸が煮え来るような心地がした。
「アルヴィア様は何も悪くないわ! 誤りを正してくださっただけだもの!」
「何が誤りだ! 全く、こいつのせいで私が相談室に入らなければならなくなった! おまけに無駄な残業代迄払わねばならない! 良い迷惑だ! こんなことなら増員など断ってしまうべきだった」
「ふざけないでください!」
胸の内にしまっていた怒りが一気に表出する。これ以上、堪えていることなんて出来ない。わたしの豹変ぶりに、所長はたじろぐような表情を浮かべる。だけど、そんなことはどうでも良かった。
(今、伝えなきゃ)
これ以上黙っているわけにはいかない。わたしだって、声を上げねばならない時がある。それは今だ。
「いやぁ残念。実に残念だ。だが、人員が補充されて本当に良かった。な、リュシー?」
アルヴィア様のお陰で、これまでのスタンスを見事に崩されてしまった所長は、この日が来るのを本当に楽しみにしていたらしい。鼻歌交じりにニコニコと笑っている。
とはいえ、補充の全容は未だ明らかになっていない。
普通の人事異動なら、数日前には内示が出て、どんな人が何人来るのか、予め分かっているものだ。
(もしや、補充があるって言うのは所長の嘘なのでは?)
そんなことを思わないでもないけど、遣いの騎士も『異動がある』って言っていたし、嘘ではないと信じたい。
「リュシー」
アルヴィア様が優しく微笑む。わたし達の手のひらはこっそりと繋がれている。『大丈夫だよ』って言われているみたいで、すごくすごく心強い。
「そうですね、所長」
そんな風に返せば、所長は満足気に笑った。
***
夕日が沈み、相談者たちが扉を潜る。
(あっという間だったなぁ)
頭の中に、この数週間の出来事が鮮やかに蘇る。
相談員としてのアルヴィア様を慕っていたのだから、どう足掻いても、しんみりしてしまうのは仕方がない。そんなわたしの気持ちを理解しているのだろう。アルヴィア様は黙って側に寄り添ってくれた。
閉所を継げるベルが鳴る。
いつもの様にアルヴィア様と二人、入り口を施錠しようとしたその時だった。
「すみません! 遅くなってしまったのですが……お話、聞いていただけませんか?」
余程急いでやって来たのだろう。汗と泥にまみれた男性が『王太子の耳』へと駆け込んで来た。
「構いませんよ。こちらにど――――」
「ダメに決まってるだろう」
そう言い掛けたその時、所長がわたし達の前へと立ちふさがる。
「閉所のベルは鳴ったんだ。明日出直しなさい」
「……! ですが、そのぅ……明日の朝一には帰りの馬車に乗らなければならないのです。車両故障で半日足止めされてしまって……本当だったら昼頃にはこちらに着くはずだったのですが。
そもそも、王都に来るのに、片道二日掛かりまして、何分これ以上仕事を休む訳にも――――」
「それが何だというのです? 私達には関係ないことでしょう?」
「ちょっと待ってください!」
あまりにも冷たい所長の物言いに、わたしは眉を吊り上げる。
「良いじゃありませんか! わざわざ王都まで相談に来てくださったんでしょう? 本当だったら開所時間に到着する予定だったみたいですし、少しぐらい――――」
「ダメだ、ダメだ」
汚いものでも見るかの如く、所長は顔を顰める。
「どうしてですか!? これまで、わたしがどんなに遅くまで相談を聞いていても、全く文句を言わなかったでしょう?」
「これまでは、な。全く、とんでもない人員を寄こされたもんだ」
そう言って所長はアルヴィア様を仰ぎ見る。侮るような眼差し。腸が煮え来るような心地がした。
「アルヴィア様は何も悪くないわ! 誤りを正してくださっただけだもの!」
「何が誤りだ! 全く、こいつのせいで私が相談室に入らなければならなくなった! おまけに無駄な残業代迄払わねばならない! 良い迷惑だ! こんなことなら増員など断ってしまうべきだった」
「ふざけないでください!」
胸の内にしまっていた怒りが一気に表出する。これ以上、堪えていることなんて出来ない。わたしの豹変ぶりに、所長はたじろぐような表情を浮かべる。だけど、そんなことはどうでも良かった。
(今、伝えなきゃ)
これ以上黙っているわけにはいかない。わたしだって、声を上げねばならない時がある。それは今だ。
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