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4.『王太子の耳』だけど、黙ってばかりじゃいられません!

7.届けたい『声』(2)

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***


(いよいよ明日かぁ)


 アルヴィア様がここへいらっしゃるのは明日が最後。それ以降、どこで働かれる予定なのは聞いていない。聞けば、きっと優しく教えてくれるだろう。だけど、知れば別れを実感してしまう。寂しさに耐え切れる気がしなくて、結局、彼の異動には触れずじまいだ。

 その時だった。コンコンコンと相談室の扉が鳴る。既に業務時間は終わり、相談者は一人も残っていない。


「……はい?」

「失礼します」


 扉の向こう側に居たのは、他ならぬアルヴィア様だった。彼は穏やかに微笑むと、わたしの向かい側の席に腰掛ける。


「アルヴィア様?」

「リュシーに聞いて欲しいことがあるんだ」


 そう言ってアルヴィア様は身を乗り出す。少し紅くなった頬。濡れた瞳。その真剣な表情に息を呑む。


「だけど……」

「俺はリュシーに、どうしても届けたい『声』がある」


 わたしの手がアルヴィア様の左胸へと導かれる。ドッドッとうるさい位に響く音が、指先に、耳に、心に、ダイレクトに響く。


「――――聞かせていただけますか?」


 わたしの声なき声を聞いてくれた――――受け止めてくれたアルヴィア様に返せる唯一のこと。彼が聞いて欲しいと言うのなら、わたしだって応えなきゃいけない。


「俺はリュシーが好きだよ」


 その瞬間、心が震える。嬉しくて、嬉しくて、それでいて悲しい。ポロポロと零れ落ちた涙を、アルヴィア様がそっと拭った。


「リュシーが好きだ。どうしようもないぐらい、君が好きなんだよ」


 飾り気のない言葉。だからこそ、彼の本心なんだって分かる。

 この部屋で何人もの人の『声』を聞いてきた。ずっとずっと『聞くこと』しか出来ないって思っていた。だけど――――


「わたしも――――アルヴィア様のことが好きです」


 だけどわたしは彼等に応えることが出来る。彼等の声を届けること、自分の声を形にすることが出来る――――そう教えてくれたのは他でもない、アルヴィア様だった。


「アルヴィア様が側に居てくれたから、わたしはもう一度笑うことが出来ました。泣くことが出来ました。仕事へのやり甲斐を思い出せたのも、達成感を抱けたのも、ここで頑張っていこうって思えたのも、全部全部、アルヴィア様のお陰なんです。明日が最後なんて、嫌。会えなくなるのは、とても寂しい」


 想いが溢れ出て止まらない。アルヴィア様は涙で濡れた指先に口付け、穏やかに微笑んでいる。


「明日が最後だなんて、俺は思ってないよ」


 テーブル越しに抱き寄せられる。苦しい位に強く、抱き締められた。


「明日も明後日も、リュシーに会いたい。ずっと君と一緒に居たいって思うんだ」


 いつか、この部屋で吞み込んでしまった言葉を、アルヴィア様が口にする。


「わたしも、アルヴィア様とずっと一緒に居たいです」


 綺麗に重なったわたし達の想い。初めて触れた彼の唇は、あまりにも甘く、温かかった。
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