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4.『王太子の耳』だけど、黙ってばかりじゃいられません!

6.想いがあればあるだけ、余計に(3)

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「胃袋を掴んだもん勝ちって言うだろう? どうせなら、毎日喜ばせたいし」

「――――んん?」


 『胃袋を掴む』とか『毎日』とか、ただの同僚であるわたし達には、全くしっくりこない言葉だ。


(もしもわたしが絶世の美女か、由緒正しき公爵令嬢あたりだったらなぁ……『口説かれてる』って思えたかもしれないけど)


 生憎、勘違いをしない程度には弁えている。
 いや、勘違いをきちんと『勘違い』だと認識し、喜びながらも地に足を付ける程度の分別はある。そうじゃなかったら、一緒に食事なんてできない。浮かれて、舞い上がって、取り返しのつかないことになるから。


「リュシーは本当に、何でも美味しそうに食べてくれるよね」


 ポンポンと頭が撫でられ、頬に熱が集まる。


(餌付けだ……これは餌付け)

「可愛い」

「…………へ?」


 何が?って聞き返そうにも、視線は真っすぐこちらに注がれている。


「リュシーが可愛い」


 蕩けるような笑顔。物凄い追い打ちだ。


(やめて~~! 既にキャパオーバーなんですってば!)


 耳を塞いでしまいたいのに、残念ながら両手がアルヴィア様に握られてしまっている。
 もしもこれが叶うような恋なら、わたしだって素直に「ありがとう」って言える。恋の気配に飛びついている。

 だけど、アルヴィア様への想いが叶うとは到底思えない。

 貴族の恋は結婚とセットだ。結婚の方がメインで、恋は二の次三の次。政略結婚の方が断然多い。互いに想い合えても、家柄が釣り合わなければ成立しない――――そういう世界。だったら、最初から本気にならない方が良い。


「ねえ、どうやったらリュシーは俺の気持ちを聞いてくれる?」

(そんなの、わたしだって分からない)


 『聞く』っていうのは実に難しい。想いがあればあるだけ、余計に。




「喜べ、リュシー」


 それは昼休みを終えて職場に帰った時のこと。やけに上機嫌の所長から声を掛けられた。隣にはアルヴィア様もいるのに、彼には声を掛けることすら無い。あまりにも露骨なその態度に、何だか無性に腹が立った。


「一体どうなさったのですか?」


 ため息を一つ、わたしは所長をちらりと見上げる。


「人員要求が通った! あと二週間で補充されるぞ」

「……え?」


 所長はそう言ってニヤリと口の端を吊り上げる。彼の視線はアルヴィア様に意地悪く注がれ、それからゆっくりと細められる。

 アルヴィア様との別れの日が近付きつつあった。
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