76 / 88
4.『王太子の耳』だけど、黙ってばかりじゃいられません!
4.吐露(4)
しおりを挟む
【親愛なるリュシー・ドゥ・ファオス
君からの報告書は、全て大事に読ませてもらっている。報告書を読むだけで、君がどれだけ熱心に仕事をしてくれているか伝わってくる。一体どんな女性なのだろうと気になっていたのだが、昔馴染みのアルヴィアから話を聞いて、こうして手紙を送ろうと決めた。
これまで国のために頑張ってくれて、本当にありがとう。
君達が居なければ、私は民がこんなにも苦しんでいることを知らないままだった。騎士や文官達がくれる報告は、綺麗な上澄みばかりで、濁った感情、要望、民の叫びは全く届いてこなかった。これだけでも『王太子の耳』を作った甲斐がある。本当にありがとう。
それに、民から寄せられた意見の中には、是非とも採用したい、というものが多くあった。実現までに時間が掛かるものばかりだから、今はまだ形になってはいない。だが、どうか安心してほしい。民の声――君の頑張り――は決して無駄にはならない。無駄にはしないと約束しよう。
それからもう一つ。
『王太子の耳』の惨状は、今君の隣にいるであろうアルヴィアから聞き及んでいる。
短期間に複数の職員が辞め、大変だったね。君のような真面目な女官を苦しめてしまったこと、発案者として心苦しく思っている。言い訳のようになってしまうが、所長には何を聞いても『全てが順調』の一点張りだったから、何も知らずにここまで来てしまった。必要な人員はすぐに手配をする。もう少し待っていてくれ。
君は私にとって大事な女官だ。これからも『王太子の耳』として、君の力を貸してほしい。
王太子 フェリクスより】
「――――――ね? 怖くなかっただろう?」
アルヴィア様が目を細める。彼はきっと、はじめから手紙の内容を知っていたのだろう。
「うっ……」
ボロボロと大粒の涙が零れ落ちる。嗚咽が漏れ、堪えることができない。
「堪えなくて良いんだよ。ここは何と言っても『王太子の耳』。声を上げるべき場所なんだから」
アルヴィアがそう言って背中を撫でる。ただでさえ役に立たなかった涙腺が崩壊して、子どもみたいな声が溢れ出た。
もういい大人なのに。これでも一応貴族の端くれなのに。
そんな躊躇いを、殿下とアルヴィアが取り払ってくれる。
「アルヴィア様……わたし『王太子の耳』なんて無くなってしまえば良いって、ずっとずっと思ってたんです。考えの甘い、馬鹿みたいな思い付きだって。もっと対応する側の職員のことを考えろとか、そんなに民の意見を聞きたいなら、自分でやれ、とか、そんな風に思ってました」
「………………うん、そうだろうね」
これまで誰にも打ち明けることのできなかった想い。だけどここは『王太子の耳』で、今のわたしは届けたい声のある一人の人間。
(今だけは声を上げることを許してほしい)
そんなことを願いながらアルヴィア様を見上げると、彼は力強く頷き、穏やかな笑みを浮かべる。心がすっぽりと包み込まれ、優しく撫でられているみたいだった。
許されている――――その事実が、心を溶かす。凍らせて、見ない振りをしていた感情達が、雪解け水のように溶け出して、一気に押し寄せてくるのが分かった。
君からの報告書は、全て大事に読ませてもらっている。報告書を読むだけで、君がどれだけ熱心に仕事をしてくれているか伝わってくる。一体どんな女性なのだろうと気になっていたのだが、昔馴染みのアルヴィアから話を聞いて、こうして手紙を送ろうと決めた。
これまで国のために頑張ってくれて、本当にありがとう。
君達が居なければ、私は民がこんなにも苦しんでいることを知らないままだった。騎士や文官達がくれる報告は、綺麗な上澄みばかりで、濁った感情、要望、民の叫びは全く届いてこなかった。これだけでも『王太子の耳』を作った甲斐がある。本当にありがとう。
それに、民から寄せられた意見の中には、是非とも採用したい、というものが多くあった。実現までに時間が掛かるものばかりだから、今はまだ形になってはいない。だが、どうか安心してほしい。民の声――君の頑張り――は決して無駄にはならない。無駄にはしないと約束しよう。
それからもう一つ。
『王太子の耳』の惨状は、今君の隣にいるであろうアルヴィアから聞き及んでいる。
短期間に複数の職員が辞め、大変だったね。君のような真面目な女官を苦しめてしまったこと、発案者として心苦しく思っている。言い訳のようになってしまうが、所長には何を聞いても『全てが順調』の一点張りだったから、何も知らずにここまで来てしまった。必要な人員はすぐに手配をする。もう少し待っていてくれ。
君は私にとって大事な女官だ。これからも『王太子の耳』として、君の力を貸してほしい。
王太子 フェリクスより】
「――――――ね? 怖くなかっただろう?」
アルヴィア様が目を細める。彼はきっと、はじめから手紙の内容を知っていたのだろう。
「うっ……」
ボロボロと大粒の涙が零れ落ちる。嗚咽が漏れ、堪えることができない。
「堪えなくて良いんだよ。ここは何と言っても『王太子の耳』。声を上げるべき場所なんだから」
アルヴィアがそう言って背中を撫でる。ただでさえ役に立たなかった涙腺が崩壊して、子どもみたいな声が溢れ出た。
もういい大人なのに。これでも一応貴族の端くれなのに。
そんな躊躇いを、殿下とアルヴィアが取り払ってくれる。
「アルヴィア様……わたし『王太子の耳』なんて無くなってしまえば良いって、ずっとずっと思ってたんです。考えの甘い、馬鹿みたいな思い付きだって。もっと対応する側の職員のことを考えろとか、そんなに民の意見を聞きたいなら、自分でやれ、とか、そんな風に思ってました」
「………………うん、そうだろうね」
これまで誰にも打ち明けることのできなかった想い。だけどここは『王太子の耳』で、今のわたしは届けたい声のある一人の人間。
(今だけは声を上げることを許してほしい)
そんなことを願いながらアルヴィア様を見上げると、彼は力強く頷き、穏やかな笑みを浮かべる。心がすっぽりと包み込まれ、優しく撫でられているみたいだった。
許されている――――その事実が、心を溶かす。凍らせて、見ない振りをしていた感情達が、雪解け水のように溶け出して、一気に押し寄せてくるのが分かった。
0
お気に入りに追加
415
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
紫の桜
れぐまき
恋愛
紫の源氏物語の世界に紫の上として転移した大学講師の前世はやっぱり紫の上…?
前世に戻ってきた彼女はいったいどんな道を歩むのか
物語と前世に悩みながらも今世こそは幸せになろうともがく女性の物語
注)昔個人サイトに掲載していました
番外編も別に投稿してるので良ければそちらもどうぞ
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。
待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。
父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。
彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。
子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。
※完結まで毎日更新です。
もう一度だけ。
しらす
恋愛
私の一番の願いは、貴方の幸せ。
最期に、うまく笑えたかな。
**タグご注意下さい。
***ギャグが上手く書けなくてシリアスを書きたくなったので書きました。
****ありきたりなお話です。
*****小説家になろう様にても掲載しています。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる