上 下
64 / 88
3.おまえじゃ、ダメだ

10.シェイラじゃなきゃ、ダメだよ(2)【END】

しおりを挟む
「本当に、サイラス様は世話の焼ける御方です」


 涼やかに響く彼の声に、シェイラは聞き覚えがあった。あの日、サイラスと会話を交わしていた、彼の教育係である。


「私がどんなに『シェイラ様は戻らない』と諭しても、幼い殿下は『シェイラじゃなきゃダメだ』と頑なでございました。……いえ、もう幼くありませんが、仰っていることは今もちっとも変わりませんね。本当にヤキモキさせられました」


 オリバーは無表情の中に優しさを滲ませていた。シェイラが瞳を潤ませる。オリバーはシェイラの前に跪くと、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめた。


「シェイラ様……私が生き証人です。あの日サイラス様は、私に未来の妃をご指名なさいました。『この方で良いのですか?』と問う私に、そうではないと――――あなたでなければならないと、そう告げました。シェイラ様、あなただけをお望みになられたのです」


 真一文字に引き結ばれた彼の唇が、ほんのりと弧を描く。シェイラは満面の笑みを浮かべつつ、コクリと大きく頷いた。


「……あぁ、そうだ。もしもまた不安になられたときは、どうぞサイラス様のお手紙をお読みください。あの手紙には読んでいる者が砂を吐きそうな程に、甘い言葉が羅列されております故」

「⁉ おい、オリバー。おまえがどうして、俺の手紙の内容を……」

「没になった手紙の回収作業を、一体誰がしていたとお思いですか? いつか歴史的価値が出るかもしれませんし、全て私の部屋に大事に保管してあります。なんなら今から、幾つか暗唱して差し上げましょう」


 すぅ、と大きく息を吸ったオリバーの口を、サイラスが思い切り塞ぐ。シェイラが思わず吹き出すと、サイラスはバツの悪そうな表情を浮かべた。


「信じられるか? こんなのが未来の宰相なんだぞ?」


 シェイラの耳元に、サイラスがそっと囁きかける。呆れたようなその顔が、寧ろ彼の愛情を物語っている。シェイラは声を上げて笑った。


「わたくしも、こんなのが未来の妃だと言っていただけるよう、頑張ります」

『だって、少しだけ……妬けてしまいますもの』


 サイラスだけに聞こえる声でそう囁くシェイラに、サイラスは顔をクシャクシャにして笑う。


「シェイラじゃなきゃ、ダメだよ」


 二人は顔を見合わせると、初めての口付けを交わすのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

紫の桜

れぐまき
恋愛
紫の源氏物語の世界に紫の上として転移した大学講師の前世はやっぱり紫の上…? 前世に戻ってきた彼女はいったいどんな道を歩むのか 物語と前世に悩みながらも今世こそは幸せになろうともがく女性の物語 注)昔個人サイトに掲載していました 番外編も別に投稿してるので良ければそちらもどうぞ

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。

待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。 父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。 彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。 子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。 ※完結まで毎日更新です。

もう一度だけ。

しらす
恋愛
私の一番の願いは、貴方の幸せ。 最期に、うまく笑えたかな。 **タグご注意下さい。 ***ギャグが上手く書けなくてシリアスを書きたくなったので書きました。 ****ありきたりなお話です。 *****小説家になろう様にても掲載しています。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...