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3.おまえじゃ、ダメだ
10.シェイラじゃなきゃ、ダメだよ(2)【END】
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「本当に、サイラス様は世話の焼ける御方です」
涼やかに響く彼の声に、シェイラは聞き覚えがあった。あの日、サイラスと会話を交わしていた、彼の教育係である。
「私がどんなに『シェイラ様は戻らない』と諭しても、幼い殿下は『シェイラじゃなきゃダメだ』と頑なでございました。……いえ、もう幼くありませんが、仰っていることは今もちっとも変わりませんね。本当にヤキモキさせられました」
オリバーは無表情の中に優しさを滲ませていた。シェイラが瞳を潤ませる。オリバーはシェイラの前に跪くと、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめた。
「シェイラ様……私が生き証人です。あの日サイラス様は、私に未来の妃をご指名なさいました。『この方で良いのですか?』と問う私に、そうではないと――――あなたでなければならないと、そう告げました。シェイラ様、あなただけをお望みになられたのです」
真一文字に引き結ばれた彼の唇が、ほんのりと弧を描く。シェイラは満面の笑みを浮かべつつ、コクリと大きく頷いた。
「……あぁ、そうだ。もしもまた不安になられたときは、どうぞサイラス様のお手紙をお読みください。あの手紙には読んでいる者が砂を吐きそうな程に、甘い言葉が羅列されております故」
「⁉ おい、オリバー。おまえがどうして、俺の手紙の内容を……」
「没になった手紙の回収作業を、一体誰がしていたとお思いですか? いつか歴史的価値が出るかもしれませんし、全て私の部屋に大事に保管してあります。なんなら今から、幾つか暗唱して差し上げましょう」
すぅ、と大きく息を吸ったオリバーの口を、サイラスが思い切り塞ぐ。シェイラが思わず吹き出すと、サイラスはバツの悪そうな表情を浮かべた。
「信じられるか? こんなのが未来の宰相なんだぞ?」
シェイラの耳元に、サイラスがそっと囁きかける。呆れたようなその顔が、寧ろ彼の愛情を物語っている。シェイラは声を上げて笑った。
「わたくしも、こんなのが未来の妃だと言っていただけるよう、頑張ります」
『だって、少しだけ……妬けてしまいますもの』
サイラスだけに聞こえる声でそう囁くシェイラに、サイラスは顔をクシャクシャにして笑う。
「シェイラじゃなきゃ、ダメだよ」
二人は顔を見合わせると、初めての口付けを交わすのだった。
涼やかに響く彼の声に、シェイラは聞き覚えがあった。あの日、サイラスと会話を交わしていた、彼の教育係である。
「私がどんなに『シェイラ様は戻らない』と諭しても、幼い殿下は『シェイラじゃなきゃダメだ』と頑なでございました。……いえ、もう幼くありませんが、仰っていることは今もちっとも変わりませんね。本当にヤキモキさせられました」
オリバーは無表情の中に優しさを滲ませていた。シェイラが瞳を潤ませる。オリバーはシェイラの前に跪くと、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめた。
「シェイラ様……私が生き証人です。あの日サイラス様は、私に未来の妃をご指名なさいました。『この方で良いのですか?』と問う私に、そうではないと――――あなたでなければならないと、そう告げました。シェイラ様、あなただけをお望みになられたのです」
真一文字に引き結ばれた彼の唇が、ほんのりと弧を描く。シェイラは満面の笑みを浮かべつつ、コクリと大きく頷いた。
「……あぁ、そうだ。もしもまた不安になられたときは、どうぞサイラス様のお手紙をお読みください。あの手紙には読んでいる者が砂を吐きそうな程に、甘い言葉が羅列されております故」
「⁉ おい、オリバー。おまえがどうして、俺の手紙の内容を……」
「没になった手紙の回収作業を、一体誰がしていたとお思いですか? いつか歴史的価値が出るかもしれませんし、全て私の部屋に大事に保管してあります。なんなら今から、幾つか暗唱して差し上げましょう」
すぅ、と大きく息を吸ったオリバーの口を、サイラスが思い切り塞ぐ。シェイラが思わず吹き出すと、サイラスはバツの悪そうな表情を浮かべた。
「信じられるか? こんなのが未来の宰相なんだぞ?」
シェイラの耳元に、サイラスがそっと囁きかける。呆れたようなその顔が、寧ろ彼の愛情を物語っている。シェイラは声を上げて笑った。
「わたくしも、こんなのが未来の妃だと言っていただけるよう、頑張ります」
『だって、少しだけ……妬けてしまいますもの』
サイラスだけに聞こえる声でそう囁くシェイラに、サイラスは顔をクシャクシャにして笑う。
「シェイラじゃなきゃ、ダメだよ」
二人は顔を見合わせると、初めての口付けを交わすのだった。
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