45 / 88
3.おまえじゃ、ダメだ
1.雲の上の人(1)
しおりを挟む
式典の最中、シェイラは密かに息を呑んだ。
太陽の光を集めたようなブロンドに、鮮やかな金色の瞳。快活な笑みを浮かべ、堂々と皆に語り掛けるサイラス――――この国の王太子殿下――――は、幼い日のシェイラの記憶のままのように思える。
(ううん。身長、すごく大きくなられた。声もあの頃と全然違う)
けれど、六年の月日というのは大きい。シェイラと同じか、彼女より少し低いぐらいだったサイラスの身長は、今は頭一つ分大きく成長しているし、声だって可愛らしい少女のようだったのが、今や立派な大人の男性の声だ。
(すっかり雲の上の存在になってしまったわね)
遠く壇上に立つサイラスを見つめながら、シェイラは密かに息を吐く。サイラスの笑顔を見ると、胸の古傷が疼き出す。もう二度と、彼と関わることは無い。そうと分かっているのに、切なさを覚えてしまうのだ。
けれどその時、ふとサイラスがこちらを見た。彼の瞳はゆっくりと細められ、唇は穏やかに弧を描く。まるでシェイラに向かって穏やかに微笑んでいるように見える。
(勘違いしちゃダメ)
胸が締め付けられるような感覚を覚えながら、シェイラはそっと視線を逸らした。サイラスがシェイラを見て微笑むことなんてあり得ない。そんな夢のような願望を抱いた所で、良いことなど一つもないというのに。幼い日の自分を戒めるかのような気持ちで、シェイラはそっと目を伏せた。
六年前、シェイラはサイラスの妃候補の一人として、城に出入りしていた。幼い内に、妃としての適性を持つものを炙り出したいという王家の意向だ。
シェイラは古くから存在する伯爵家の令嬢――――それだけが理由で、候補に数えられていた。周りは皆、宰相の孫だとかサイラスの父親の側近の娘ばかりで固められていた。シェイラなど、最初からお呼びではなかったのだ。
けれどシェイラは、そんなこととは露知らず、毎日楽しく王城に通っていた。礼儀作法だろうが歴史だろうが、知らないことを習うことは楽しかった。講義中、もっと詳細を知りたいと質問を重ねると、講師たちは皆、驚いた表情でシェイラを見つめた。今思えば「そんなことも知らないのか」と、そう思われていたのだろう。だから、シェイラはあの時のことを思い返すたび、居た堪れない気持ちになる。
『シェイラ!』
頭の中に、幼いサイラスの声が木霊する。あの頃、講義が終わるといつも、サイラスはシェイラをお茶に誘ってくれた。始めの頃は他の令嬢も一緒だったのが、次第にシェイラとサイラスの二人きりに変わっていった。妃になり得ないシェイラといる方が、他の令嬢と過ごすよりも心安かったのだろう。シェイラとしても、優しくて博識なサイラスと過ごすことは、何事にも代えがたい楽しいひと時だった。
太陽の光を集めたようなブロンドに、鮮やかな金色の瞳。快活な笑みを浮かべ、堂々と皆に語り掛けるサイラス――――この国の王太子殿下――――は、幼い日のシェイラの記憶のままのように思える。
(ううん。身長、すごく大きくなられた。声もあの頃と全然違う)
けれど、六年の月日というのは大きい。シェイラと同じか、彼女より少し低いぐらいだったサイラスの身長は、今は頭一つ分大きく成長しているし、声だって可愛らしい少女のようだったのが、今や立派な大人の男性の声だ。
(すっかり雲の上の存在になってしまったわね)
遠く壇上に立つサイラスを見つめながら、シェイラは密かに息を吐く。サイラスの笑顔を見ると、胸の古傷が疼き出す。もう二度と、彼と関わることは無い。そうと分かっているのに、切なさを覚えてしまうのだ。
けれどその時、ふとサイラスがこちらを見た。彼の瞳はゆっくりと細められ、唇は穏やかに弧を描く。まるでシェイラに向かって穏やかに微笑んでいるように見える。
(勘違いしちゃダメ)
胸が締め付けられるような感覚を覚えながら、シェイラはそっと視線を逸らした。サイラスがシェイラを見て微笑むことなんてあり得ない。そんな夢のような願望を抱いた所で、良いことなど一つもないというのに。幼い日の自分を戒めるかのような気持ちで、シェイラはそっと目を伏せた。
六年前、シェイラはサイラスの妃候補の一人として、城に出入りしていた。幼い内に、妃としての適性を持つものを炙り出したいという王家の意向だ。
シェイラは古くから存在する伯爵家の令嬢――――それだけが理由で、候補に数えられていた。周りは皆、宰相の孫だとかサイラスの父親の側近の娘ばかりで固められていた。シェイラなど、最初からお呼びではなかったのだ。
けれどシェイラは、そんなこととは露知らず、毎日楽しく王城に通っていた。礼儀作法だろうが歴史だろうが、知らないことを習うことは楽しかった。講義中、もっと詳細を知りたいと質問を重ねると、講師たちは皆、驚いた表情でシェイラを見つめた。今思えば「そんなことも知らないのか」と、そう思われていたのだろう。だから、シェイラはあの時のことを思い返すたび、居た堪れない気持ちになる。
『シェイラ!』
頭の中に、幼いサイラスの声が木霊する。あの頃、講義が終わるといつも、サイラスはシェイラをお茶に誘ってくれた。始めの頃は他の令嬢も一緒だったのが、次第にシェイラとサイラスの二人きりに変わっていった。妃になり得ないシェイラといる方が、他の令嬢と過ごすよりも心安かったのだろう。シェイラとしても、優しくて博識なサイラスと過ごすことは、何事にも代えがたい楽しいひと時だった。
0
お気に入りに追加
415
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。
待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。
父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。
彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。
子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。
※完結まで毎日更新です。
もう一度だけ。
しらす
恋愛
私の一番の願いは、貴方の幸せ。
最期に、うまく笑えたかな。
**タグご注意下さい。
***ギャグが上手く書けなくてシリアスを書きたくなったので書きました。
****ありきたりなお話です。
*****小説家になろう様にても掲載しています。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる