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2.元傾国の悪女は、平凡な今世を熱望する
5.幸せの定義(2)
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(そうね……オースティンの言う通り、平凡じゃなくても幸せになることはできる)
ただ、人によって幸せの定義が違うだけ。
わたしは悪女として名を馳せることは望まない。歴史に名を刻むのなんてまっぴらごめんだし、社会を大きく覆そうとか、そういう大それたことを考えようとも思わない。
(だけど)
「もうすぐだ……もうすぐ地上で無数の爆発が起こり、王族が滅びる。貴族たちが殲滅される。俺たち魔法使いの時代が始まるんだ」
他人を不幸に陥れようとしている人間をそのままにしておくことは、わたしの幸せの定義からズレている。
「そんなこと、わたしがさせない」
「……なに?」
わたしは目を瞑り、遠い昔に唱えた呪文を反転した。
少しずつ、少しずつ、身のうちに秘めた魔力が湧き上がってくる。身体が熱く、燃えるような感覚が襲い掛かる。
「なっ……なんだ?」
ゴゴゴゴ、と音を立てて地面が揺れ、オースティン達が声を上げる。
次の瞬間、わたし達がいた異空間は無惨に壊れ、校庭の隅に瓦礫と共に押し出されていた。
(痛っ……)
自分で放った魔法だというのに、思いのほか勢いが強かった。身体がズキズキ痛むし、服も砂埃に塗れている。
(まぁ、魔力を開放するのは久しぶりだし)
こんなものか、と思いつつ、わたしはゆっくりと身を起こす。傍らでオースティンが呆然とこちらを見上げていて、わたしは大きく鼻を鳴らした。
「ザラ……おまえっ…………!」
「わたし、前世の業が深かったせいなのかな……実は魔力がめちゃくちゃ強くてね」
激痛に喘ぐ魔法使いたちを捕縛し、わたしは笑う。
オースティンが驚いているのはそれだけじゃない。
わたしは今、ずっと隠していた本当の自分に戻っていた。国を傾けると謳われた美貌(と自分で言うのはむず痒いけど)は、『敗北』を自覚させるに十分な力を持っているようで。
オースティンは真っ青な顔をしてブルブルと震えている。
「……だけどっ! 今からじゃ爆弾の解体は間に合わないぞ! いくらおまえの魔力が強くても、今から一人で全部の爆弾を見つけ出すことなんてできっこ――――」
「そんなの、とっくの昔に終わってるっつーーの!」
背後から聞こえた声に、わたしの胸は高鳴った。
振り向かなくても分かる不敵な笑み。わたしを抱き締める力強い腕に目頭が熱くなる。
「殿下……!」
「ザラ、よくやったな!」
土埃でめちゃくちゃになったわたしの頭を、殿下がわしゃわしゃと撫でる。張り詰めてた気持ちが緩んで、心がほんのりと温かくなった。
「……信じてました、殿下のこと」
殿下ならきっと、わたしがいなくなったことに気づいてくれる。隠された爆弾に気づいてくれると、そう確信していた。
「当たり前だろ。一人でよく、頑張ったな」
殿下はそう言って、もう一度わたしのことを力強く抱き締める。
(殿下、それは違います)
あの暗い異空間の中、わたしは決して一人ではなかった。殿下の言葉があったから、わたしは強くなれた。こうして魔力を解放すること、本当の自分に戻ることを決意できたのは、殿下がいたからだ。
遠くの方でゴーン、ゴーーンと鐘の音が鳴り響く。それは、後夜祭の始まり――――オースティン達の企みが失敗に終わったことを意味していた。
「行くぞ、ザラ」
警備の人間にオースティン達を引き渡しつつ、殿下は満面の笑みを浮かべる。
「はい」
ようやくわたしは新しい――――ザラ・ポートマンとしての自分の人生を歩み始めようとしていた。
ただ、人によって幸せの定義が違うだけ。
わたしは悪女として名を馳せることは望まない。歴史に名を刻むのなんてまっぴらごめんだし、社会を大きく覆そうとか、そういう大それたことを考えようとも思わない。
(だけど)
「もうすぐだ……もうすぐ地上で無数の爆発が起こり、王族が滅びる。貴族たちが殲滅される。俺たち魔法使いの時代が始まるんだ」
他人を不幸に陥れようとしている人間をそのままにしておくことは、わたしの幸せの定義からズレている。
「そんなこと、わたしがさせない」
「……なに?」
わたしは目を瞑り、遠い昔に唱えた呪文を反転した。
少しずつ、少しずつ、身のうちに秘めた魔力が湧き上がってくる。身体が熱く、燃えるような感覚が襲い掛かる。
「なっ……なんだ?」
ゴゴゴゴ、と音を立てて地面が揺れ、オースティン達が声を上げる。
次の瞬間、わたし達がいた異空間は無惨に壊れ、校庭の隅に瓦礫と共に押し出されていた。
(痛っ……)
自分で放った魔法だというのに、思いのほか勢いが強かった。身体がズキズキ痛むし、服も砂埃に塗れている。
(まぁ、魔力を開放するのは久しぶりだし)
こんなものか、と思いつつ、わたしはゆっくりと身を起こす。傍らでオースティンが呆然とこちらを見上げていて、わたしは大きく鼻を鳴らした。
「ザラ……おまえっ…………!」
「わたし、前世の業が深かったせいなのかな……実は魔力がめちゃくちゃ強くてね」
激痛に喘ぐ魔法使いたちを捕縛し、わたしは笑う。
オースティンが驚いているのはそれだけじゃない。
わたしは今、ずっと隠していた本当の自分に戻っていた。国を傾けると謳われた美貌(と自分で言うのはむず痒いけど)は、『敗北』を自覚させるに十分な力を持っているようで。
オースティンは真っ青な顔をしてブルブルと震えている。
「……だけどっ! 今からじゃ爆弾の解体は間に合わないぞ! いくらおまえの魔力が強くても、今から一人で全部の爆弾を見つけ出すことなんてできっこ――――」
「そんなの、とっくの昔に終わってるっつーーの!」
背後から聞こえた声に、わたしの胸は高鳴った。
振り向かなくても分かる不敵な笑み。わたしを抱き締める力強い腕に目頭が熱くなる。
「殿下……!」
「ザラ、よくやったな!」
土埃でめちゃくちゃになったわたしの頭を、殿下がわしゃわしゃと撫でる。張り詰めてた気持ちが緩んで、心がほんのりと温かくなった。
「……信じてました、殿下のこと」
殿下ならきっと、わたしがいなくなったことに気づいてくれる。隠された爆弾に気づいてくれると、そう確信していた。
「当たり前だろ。一人でよく、頑張ったな」
殿下はそう言って、もう一度わたしのことを力強く抱き締める。
(殿下、それは違います)
あの暗い異空間の中、わたしは決して一人ではなかった。殿下の言葉があったから、わたしは強くなれた。こうして魔力を解放すること、本当の自分に戻ることを決意できたのは、殿下がいたからだ。
遠くの方でゴーン、ゴーーンと鐘の音が鳴り響く。それは、後夜祭の始まり――――オースティン達の企みが失敗に終わったことを意味していた。
「行くぞ、ザラ」
警備の人間にオースティン達を引き渡しつつ、殿下は満面の笑みを浮かべる。
「はい」
ようやくわたしは新しい――――ザラ・ポートマンとしての自分の人生を歩み始めようとしていた。
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