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2.元傾国の悪女は、平凡な今世を熱望する

4.危うきに近寄るべからず(2)

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「どうして?」


 尋ねたものの、オースティンは瞳を細めるばかりで。
 妙な胸騒ぎがわたしを襲う。


(なに? 一体、どういうこと?)


 頭の中に浮かぶ幾つもの疑問符。

 国立学園である今夜の後夜祭には、エルヴィス殿下の父親である国王陛下や兄である王太子殿下も訪れる。お二人は20時の鐘が鳴った後、挨拶を下さることになっている。当然、生徒会の執行役員であるわたしが学園の外に出るわけにはいかない。
 そんなこと、オースティンだって当然分かっているはずなのに。


「それじゃあ、またねザラ」


 そう言ってオースティンは踵を返す。人ごみに紛れるように身を翻しながら、あっという間にわたしの視界から消えてしまった。


(オースティンは一体なにを考えているの?)


 わたしは魔法で自分の姿を消すと、そっとオースティンの後を付けた。
 オースティンは曲がり角を曲がると同時に、わたしと同じように魔法で姿を消す。けれど、そこは魔力の差。わたしからは、オースティンの姿が見えたままだ。


(こんな風に姿を消して進むなんて)


 何かを企んでいるとしか思えない。

 やがて、オースティンは校舎の壁を魔法ですり抜け、道ならぬ道を進み始めた。歪んだ異空間。一歩間違えたら抜け出せなくなる危険を孕んでいる。慎重に後をつけると、道の先には、更に大きな異空間が広がっていた。

 テーブルを囲んだ数人の魔法使いが、一斉にこちらを見つめる。


(見えてない、よね?)


 見る限り、わたしよりも魔力が強い人間はここにはいない。けれども、容赦なく浴びせられる鋭く冷たい視線に、わたしは密かに息をのんだ。


「首尾は?」

「上々。あとは20時を待つだけだ」


 見知らぬ魔法使いの問いにオースティンが答える。わたしたちよりも少し年上。恐らくは学園を卒業し、既に国のために働いている魔法使いのようだ。

 ここにいるのは見た感じ平凡な魔法使い達ばかりだけど、彼等の目には野望が見え隠れする。わたしは姿を消したまま、息を潜めて彼等の会話に耳をそばだてた。


「国王は間違いなく来るんだろうな?」

「あぁ。今はエルヴィス――――第二王子が通っているし、学園祭での挨拶は伝統行事だ。間違いなく来るだろうよ」


 オースティンは煙草を咥えつつ、そんなことを口にした。わたしの知っているオースティンとは似ても似つかない言動に、胸の動悸が収まらない。敬意のかけらも感じられない声音に身体が震えた。


「いい気なもんだな。王族、貴族って言うだけでちやほやされる。
だが、俺たち魔法使いが奴等の支配下に置かれるのも今日で終わり。これからは俺たちがこの国のトップに立つんだ」

(えぇっ⁉)


 心臓がバクバク鳴り響く。叫び声を飲み込みつつ、わたしは目を見開いた。


「悠長なお貴族連中はさぞビックリするだろうなぁ。俺たちからすれば、能力が勝っている人間が上に立つのは当然のことなんだが」

「あいつらなんて、たまたま良い身分に産まれたってだけの、大して取り柄もない人間ばかりだろ。あいつらを敬わなきゃならない理由も、従わなきゃならない理由も、特別な存在である魔法使いには一つもないっていうのに」

「まぁ、そんなお貴族様の大多数が、今夜の爆発の犠牲になるんだけどな。王族が消え、貴族の連中がいなくなりゃ、この国も変わるさ」


 邪悪な笑い声を上げる男たち。わたしは身が竦んだ。


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