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1.そのままの君が好きだよ
6.嫌なわけがありません(1)
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「夜会のパートナー……ですか?」
「うん。ディアーナにお願いしたいと思って」
それは、ロサリア様がクラスメイトになって、数日後のことだった。サムエレ殿下はそっと首を傾げつつ、わたくしのことを見つめている。
「――――本当に、わたくしで良いのですか?」
サムエレ殿下のパートナーになりたい令嬢は幾らでもいる。十四歳でわたくしという婚約者ができたジャンルカ殿下と違って、彼には未だ婚約者がいない。そのやんごとなき身分もさることながら、神に愛された美しい顔、恵まれた体躯、文武両道で、尚且つ穏やかで優しい気性を持った彼は、令嬢たちの憧れの的だった。
「もちろん。ディアーナが良いからお願いしているんだよ」
そう言ってサムエレ殿下はクスクス笑う。胸のあたりがむず痒い。頬が自然と熱を帯びた。
これまで夜会には、ジャンルカ殿下と一緒に出席していた。婚約者だったのだから当たり前だけど、思えば殿下はわたくしを誘う度、嫌そうな表情をしていた気がする。
(サムエレ殿下がわたくしを誘ってくださるなんて……)
何だかとてつもなく嬉しい。ついついにやけそうになる頬を押さえつつ、わたくしはサムエレ殿下をそっと覗き見た。
「本当はずっと、ディアーナを誘いたかったんだ。兄上の婚約者だったから、これまで叶わなかったけど」
サムエレ殿下はそう言って照れくさそうに笑う。
(何それ……なにそれ…………!)
胸の鼓動が先程よりも速くなる。なんだか地に足が着いていないような、フワフワした心地がした。
(こんな感覚、わたくしは知らない)
生まれて初めて感じる胸の甘さ。どうすれば良いのか分からなくて、わたくしは小さく首を振る。けれどそれは、柔らかな雪みたいに心の中に降り積もって、わたくしをそっと温めた。
「殿下は本当に……女性を立てるのがお上手ですね」
サムエレ殿下がどうしてわたくしを誘ってくれたのかは分からない。だけど、彼にあんな風に言葉を掛けられて、喜ばない女性は居ないと思う。
(夜会に誘うぐらいだもの)
多少なりとも好意を期待してしまうのが乙女心というものだろう。
(なんて、ジャンルカ殿下と婚約している間、『好意』とか『乙女心』なんて意識したことすら無かったけれど)
そんなことを思い出しながら、わたくしはふと笑みを漏らす。
(あれ?)
その時、わたくしは思わず目を見開いた。
ついこの間まで、ジャンルカ殿下のことを思い出す度に、胸が痛くて堪らなかった。自分を不甲斐なく思って、情けなくて、そして苦しかった。
だけど今、わたくしの胸には何の痛みも走らない。彼のことを思い出して笑える日が来るなんて、この間までは想像もできなかったことだ。
「女性を立てる、というつもりじゃないんだけどな」
そう言って殿下は困ったように首を傾げる。わたくしも一緒になって首を傾げたら、殿下はクスクスと笑い声をあげた。
「だって俺、本音しか言ってないし」
「……え?」
「――――ずっとずっと、兄上が羨ましいと思っていたから」
「うん。ディアーナにお願いしたいと思って」
それは、ロサリア様がクラスメイトになって、数日後のことだった。サムエレ殿下はそっと首を傾げつつ、わたくしのことを見つめている。
「――――本当に、わたくしで良いのですか?」
サムエレ殿下のパートナーになりたい令嬢は幾らでもいる。十四歳でわたくしという婚約者ができたジャンルカ殿下と違って、彼には未だ婚約者がいない。そのやんごとなき身分もさることながら、神に愛された美しい顔、恵まれた体躯、文武両道で、尚且つ穏やかで優しい気性を持った彼は、令嬢たちの憧れの的だった。
「もちろん。ディアーナが良いからお願いしているんだよ」
そう言ってサムエレ殿下はクスクス笑う。胸のあたりがむず痒い。頬が自然と熱を帯びた。
これまで夜会には、ジャンルカ殿下と一緒に出席していた。婚約者だったのだから当たり前だけど、思えば殿下はわたくしを誘う度、嫌そうな表情をしていた気がする。
(サムエレ殿下がわたくしを誘ってくださるなんて……)
何だかとてつもなく嬉しい。ついついにやけそうになる頬を押さえつつ、わたくしはサムエレ殿下をそっと覗き見た。
「本当はずっと、ディアーナを誘いたかったんだ。兄上の婚約者だったから、これまで叶わなかったけど」
サムエレ殿下はそう言って照れくさそうに笑う。
(何それ……なにそれ…………!)
胸の鼓動が先程よりも速くなる。なんだか地に足が着いていないような、フワフワした心地がした。
(こんな感覚、わたくしは知らない)
生まれて初めて感じる胸の甘さ。どうすれば良いのか分からなくて、わたくしは小さく首を振る。けれどそれは、柔らかな雪みたいに心の中に降り積もって、わたくしをそっと温めた。
「殿下は本当に……女性を立てるのがお上手ですね」
サムエレ殿下がどうしてわたくしを誘ってくれたのかは分からない。だけど、彼にあんな風に言葉を掛けられて、喜ばない女性は居ないと思う。
(夜会に誘うぐらいだもの)
多少なりとも好意を期待してしまうのが乙女心というものだろう。
(なんて、ジャンルカ殿下と婚約している間、『好意』とか『乙女心』なんて意識したことすら無かったけれど)
そんなことを思い出しながら、わたくしはふと笑みを漏らす。
(あれ?)
その時、わたくしは思わず目を見開いた。
ついこの間まで、ジャンルカ殿下のことを思い出す度に、胸が痛くて堪らなかった。自分を不甲斐なく思って、情けなくて、そして苦しかった。
だけど今、わたくしの胸には何の痛みも走らない。彼のことを思い出して笑える日が来るなんて、この間までは想像もできなかったことだ。
「女性を立てる、というつもりじゃないんだけどな」
そう言って殿下は困ったように首を傾げる。わたくしも一緒になって首を傾げたら、殿下はクスクスと笑い声をあげた。
「だって俺、本音しか言ってないし」
「……え?」
「――――ずっとずっと、兄上が羨ましいと思っていたから」
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