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【3章】クララの願いと王を継ぐもの
不可能を可能にする男
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コーエンは呆然としていた。きっと、断られるなんて想像していなかったのだろう。目を見開き、苦し気に眉間に皺を寄せている。
(わたしは、コーエンを傷つけたい訳じゃない)
そっと頬に手を伸ばすと、コーエンの頬は血が通っていないみたいに冷たくなっていた。
「コーエン、わたしね――――何よりも大切な願いがあるの」
目頭が熱い。ジュクジュクと疼いて、今にも崩壊しそうだった。
コーエンは色を失った瞳のままクララを見下ろし、押し黙っている。
「他の誰でもない。コーエンに王様になってほしい」
ハッキリとした声音でクララがそう言う。
この数日間、ひとりで温め続けた願い。言葉にするだけで、涙がポロポロと溢れてきた。
コーエンは驚いたような、どこか希望を見出したような、そんな複雑な表情を浮かべていた。クララの涙を拭いながら、彼自身、今にも泣き出しそうに見える。
「コーエンならきっと、三人の王子たちの理想を――――皆の理想を形にできる。人々に寄り添って、色んなことを変えていける。そう思ったの」
コーエンは何も言わず、クララを優しく抱き締めた。身体が小刻みに震えている。クララもコーエンの背中に腕を回すと、力強く抱き締めた。
「今回のシリウス様の件だってそう。たとえ救うことができないとしても、コーエンなら最善策を模索してくれる。仕方が無いって割り切ったりしない。それにコーエンなら、今が無理だとしても未来のために……同じことがまた起きないように、国を変えようとするでしょう?」
「クララ……俺は――――――」
「わたしね、考えたの。コーエンが王様になれる方法。コーエン自身が王位継承権を持たなくても、王様と同じだけの力を持てる方法がある。だって――――王位継承権を持つのは王子達三人だけじゃない。ジェシカ王女だって同じだもの」
コーエンはガバッと身を放し、クララを真っ直ぐに見つめた。目の端が紅く染まっている。クララは小さく笑いながら、コーエンの頬をそっと撫でた。
「コーエンはジェシカ王女と結婚して?そうしたらきっと、全てが上手く進むから」
国王の最愛の娘、王女ジェシカ。三人の王子が生まれた後で、陛下の内侍を務めていた皇后との間に生まれた、唯一の子。
元々、三王子の母親である王妃たちが現国王に嫁ぐことになったのは、皇后に子ができなかったからだ。
そして、ジェシカを生んですぐに、皇后は亡くなってしまった。このため、陛下にとってジェシカは、愛する人との間にできた忘れ形見。特別な存在らしい。
ジェシカが王位継承戦に参加していないのは、ひとえに彼女自身に王位を継ぐ意思が無かったからだ。けれど、本当は陛下も、愛娘を継承戦に参加させたかった。宰相である父がそう話してくれたのだ。
「クララ、そんな必要ない。俺は」
「わたしのことは心配しないで?わたしは継承戦が終わったら――――ヨハネス王子と結婚するから」
「ヨハネス!?」
コーエンは途端にカッと目を見開き、クララを凝視した。
結婚ができないことを告げた時とは異なる、刺すような鋭い視線。
「どうしてそこで、ヨハネスが出てくるんだ?」
ギリギリと掴まれた肩が痛む。
クララはコーエンを見上げながら、穏やかに微笑んだ。
「取引をしたの。フリード殿下以外の人間が王太子になったら、わたしはヨハネス殿下の妃になる。その対価として、わたしは財部から資料を貸し出してもらった」
コーエンはひっそりと息を呑みつつ、真剣な眼差しでクララを見つめている。
「どうして、そんなことを」
「コーエンの力になりたかった。コーエンが王位を手にするための手助けに少しでもなれば良いと思った。それに、王女と結婚するコーエンが、わたしとも結婚するなんてできないもの。だから、わたし自身の退路と未練を断ちたかったの」
女王の夫となる人に、側室が存在していいわけがない。だから、クララはコーエンと結婚できるはずがないのだ。
「俺以外の男で良いと――――クララはそう思ったの?」
心臓を鷲掴みにするかのような言葉。
(そんなこと、あるわけない)
首を大きく横に振りながら、クララはコーエンを見上げた。
「わたしが好きなのはコーエンだけ。これから先もずっと、それは変わらない。だけどわたしは、未来の王様としてのコーエンに惚れこんでしまったから」
いつまでも『政略結婚は嫌だ』と駄々を捏ねるだけの子どもではいられない。ヨハネスならば、決して手に入ることのない愛する人を、心の中で密かに想い続けることは許してくれるだろう。
「分かった」
コーエンは低い声でそう呟く。
分かってもらえて嬉しいような、切ないような、複雑な気持ちだ。
「フリード以外の人間が王太子になったらクララはヨハネスと結婚する――――そういう契約なんだな」
念押しをするかのように、コーエンが言う。
「うん。だけど、わたしはコーエンに王位継承権を得てほしいから――――」
唇が熱い。きつく吸われて、息すらもできなくなって。
(こんなの、さよならのキスじゃない)
コーエンの青い瞳も、抱き締める腕も、クララをちっとも放してくれそうにない。
甘くて苦くて熱くて切なくて。堪らない。
「コーエン……あの」
「――――俺以外の人間と結婚するなんて絶対認めない」
瞳が触れ合いそうなほどの距離で、コーエンが言う。
「相手が俺じゃなくても良いなんて、嘘でも言わせないから」
「コーエン!だけど……」
「そんな契約、俺が全部ぶち壊してやる!」
ドクンと音を立ててクララの心が震えた。
「クララの願いも、ヨハネスとの取引条件も、俺が何とかする!全部叶えて、絶対に俺がクララを迎えに行くから」
(そんなこと)
できるはずがない。そう思っているはずなのに。
コーエンが口にすれば、どんな無茶なことでも叶ってしまう。そんな錯覚をしてしまいそうなくらい、コーエンの眼差しは熱く、自信に満ち溢れていた。
(あんなに自分に言い聞かせたのになぁ)
ポロポロと涙が流れ落ちる。悲しみも切なさも、憂いも、全てが涙と一緒に流れ落ちていくようだった。
コーエンはクララの額に優しく口づけると、執務室を後にした。ひたすらに甘く疼く額と心を持て余し、クララはじっとコーエンの去った扉を見つめ続ける。
(わたし……待っていても良いのかな?)
ギュッと己を抱き締めながら、クララは一人、幸せな気持ちで泣き崩れたのだった。
(わたしは、コーエンを傷つけたい訳じゃない)
そっと頬に手を伸ばすと、コーエンの頬は血が通っていないみたいに冷たくなっていた。
「コーエン、わたしね――――何よりも大切な願いがあるの」
目頭が熱い。ジュクジュクと疼いて、今にも崩壊しそうだった。
コーエンは色を失った瞳のままクララを見下ろし、押し黙っている。
「他の誰でもない。コーエンに王様になってほしい」
ハッキリとした声音でクララがそう言う。
この数日間、ひとりで温め続けた願い。言葉にするだけで、涙がポロポロと溢れてきた。
コーエンは驚いたような、どこか希望を見出したような、そんな複雑な表情を浮かべていた。クララの涙を拭いながら、彼自身、今にも泣き出しそうに見える。
「コーエンならきっと、三人の王子たちの理想を――――皆の理想を形にできる。人々に寄り添って、色んなことを変えていける。そう思ったの」
コーエンは何も言わず、クララを優しく抱き締めた。身体が小刻みに震えている。クララもコーエンの背中に腕を回すと、力強く抱き締めた。
「今回のシリウス様の件だってそう。たとえ救うことができないとしても、コーエンなら最善策を模索してくれる。仕方が無いって割り切ったりしない。それにコーエンなら、今が無理だとしても未来のために……同じことがまた起きないように、国を変えようとするでしょう?」
「クララ……俺は――――――」
「わたしね、考えたの。コーエンが王様になれる方法。コーエン自身が王位継承権を持たなくても、王様と同じだけの力を持てる方法がある。だって――――王位継承権を持つのは王子達三人だけじゃない。ジェシカ王女だって同じだもの」
コーエンはガバッと身を放し、クララを真っ直ぐに見つめた。目の端が紅く染まっている。クララは小さく笑いながら、コーエンの頬をそっと撫でた。
「コーエンはジェシカ王女と結婚して?そうしたらきっと、全てが上手く進むから」
国王の最愛の娘、王女ジェシカ。三人の王子が生まれた後で、陛下の内侍を務めていた皇后との間に生まれた、唯一の子。
元々、三王子の母親である王妃たちが現国王に嫁ぐことになったのは、皇后に子ができなかったからだ。
そして、ジェシカを生んですぐに、皇后は亡くなってしまった。このため、陛下にとってジェシカは、愛する人との間にできた忘れ形見。特別な存在らしい。
ジェシカが王位継承戦に参加していないのは、ひとえに彼女自身に王位を継ぐ意思が無かったからだ。けれど、本当は陛下も、愛娘を継承戦に参加させたかった。宰相である父がそう話してくれたのだ。
「クララ、そんな必要ない。俺は」
「わたしのことは心配しないで?わたしは継承戦が終わったら――――ヨハネス王子と結婚するから」
「ヨハネス!?」
コーエンは途端にカッと目を見開き、クララを凝視した。
結婚ができないことを告げた時とは異なる、刺すような鋭い視線。
「どうしてそこで、ヨハネスが出てくるんだ?」
ギリギリと掴まれた肩が痛む。
クララはコーエンを見上げながら、穏やかに微笑んだ。
「取引をしたの。フリード殿下以外の人間が王太子になったら、わたしはヨハネス殿下の妃になる。その対価として、わたしは財部から資料を貸し出してもらった」
コーエンはひっそりと息を呑みつつ、真剣な眼差しでクララを見つめている。
「どうして、そんなことを」
「コーエンの力になりたかった。コーエンが王位を手にするための手助けに少しでもなれば良いと思った。それに、王女と結婚するコーエンが、わたしとも結婚するなんてできないもの。だから、わたし自身の退路と未練を断ちたかったの」
女王の夫となる人に、側室が存在していいわけがない。だから、クララはコーエンと結婚できるはずがないのだ。
「俺以外の男で良いと――――クララはそう思ったの?」
心臓を鷲掴みにするかのような言葉。
(そんなこと、あるわけない)
首を大きく横に振りながら、クララはコーエンを見上げた。
「わたしが好きなのはコーエンだけ。これから先もずっと、それは変わらない。だけどわたしは、未来の王様としてのコーエンに惚れこんでしまったから」
いつまでも『政略結婚は嫌だ』と駄々を捏ねるだけの子どもではいられない。ヨハネスならば、決して手に入ることのない愛する人を、心の中で密かに想い続けることは許してくれるだろう。
「分かった」
コーエンは低い声でそう呟く。
分かってもらえて嬉しいような、切ないような、複雑な気持ちだ。
「フリード以外の人間が王太子になったらクララはヨハネスと結婚する――――そういう契約なんだな」
念押しをするかのように、コーエンが言う。
「うん。だけど、わたしはコーエンに王位継承権を得てほしいから――――」
唇が熱い。きつく吸われて、息すらもできなくなって。
(こんなの、さよならのキスじゃない)
コーエンの青い瞳も、抱き締める腕も、クララをちっとも放してくれそうにない。
甘くて苦くて熱くて切なくて。堪らない。
「コーエン……あの」
「――――俺以外の人間と結婚するなんて絶対認めない」
瞳が触れ合いそうなほどの距離で、コーエンが言う。
「相手が俺じゃなくても良いなんて、嘘でも言わせないから」
「コーエン!だけど……」
「そんな契約、俺が全部ぶち壊してやる!」
ドクンと音を立ててクララの心が震えた。
「クララの願いも、ヨハネスとの取引条件も、俺が何とかする!全部叶えて、絶対に俺がクララを迎えに行くから」
(そんなこと)
できるはずがない。そう思っているはずなのに。
コーエンが口にすれば、どんな無茶なことでも叶ってしまう。そんな錯覚をしてしまいそうなくらい、コーエンの眼差しは熱く、自信に満ち溢れていた。
(あんなに自分に言い聞かせたのになぁ)
ポロポロと涙が流れ落ちる。悲しみも切なさも、憂いも、全てが涙と一緒に流れ落ちていくようだった。
コーエンはクララの額に優しく口づけると、執務室を後にした。ひたすらに甘く疼く額と心を持て余し、クララはじっとコーエンの去った扉を見つめ続ける。
(わたし……待っていても良いのかな?)
ギュッと己を抱き締めながら、クララは一人、幸せな気持ちで泣き崩れたのだった。
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