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【1章】王位継承戦と魅かれゆく心

王太子選抜の課題

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 それは、王妃とのお茶会から数日が経った、ある日のことだった。


「二人とも、少し時間を貰えるかな?」


 改まった様子のフリードが、クララとコーエンを手招きする。二人は顔を見合わせながら、すぐにフリードの側へ向かった。


「実はね、一か月後に、少しばかり大掛かりな宴が開かれることが決まったんだ」


 フリードはそう言って穏やかに微笑む。


(宴?)

 
 夜な夜な開かれる、貴族たちの夜会のことを指しているのだろうか。クララは小さく首を傾げた。


「あぁーーーー、どっかの国から使節が来るんだったっけ?」


 コーエンはポリポリと頭を掻きながら、面倒くさそうに呟く。


「そうそう。今回の宴は彼等をもてなすために開くものだから、クララが知っている夜会とは趣が異なるんだ」


 クララの疑問に答えながら、フリードは笑った。

 国土を海で囲まれた島国であるこの国に、遠路はるばる他国からの客人、しかも国賓クラスの人間が訪れることは珍しい。

 だから、歓迎の意を表するために、食事や酒をふんだんに振る舞い、音楽や劇等を披露する場を設けるのだという。


(楽しみだなぁ。一体どんな感じなんだろう)


 クララが出席してきた夜会だって、限られたものだけに許された、煌びやかな社交の場だった。

 フリードの話だけではうまく想像ができない。けれどきっと、それとは規模の異なる、とてつもなく華やかなものなのだろう。クララはうっとりと目を細めた。


「……お楽しみのところ悪いんだけど、『もてなすため』っていうのは建前だし、俺たちは全く楽しめないぞ」


 コーエンは横目でクララを見つめながら、ポツリと呟く。


「建前?」


 クララが聞き返すと、コーエンは小さく頷いた。


「色々名目を立てていても、とどのつまり相手はうちを品定めするために来国するんだ。だから、他国からの客のために開く宴ってのはつまり、相手から侮られないためのパフォーマンスなんだよ。『うちの国はこれだけ金を持っています、こんなに文化が発展しています』って誇示するために開くわけ。だから、何を見せるのか、どう見せるのか、あれやこれやとめちゃくちゃ神経使うんだよ」

「なっ……なるほど」


 島国であるこの国が、他国から攻撃を受けたことは少ない。けれど、皆無というわけでもない。

 国の弱味を見せることは、相手に付け入る隙をあたえること。延いては侵略戦争の火種となる可能性がある。

 逆にここで国力を見せつけておけば、相手も海を超えてまで手出しをしようとは考えづらい。無駄な血を流すことなく、戦争を回避できる、というわけだ。


(外交って案外難しいのね)


 単に仲良くしていれば良いというわけではないらしい。クララは小さくため息を吐いた。

 フリードはもう一度ニコリと微笑んだかと思うと、急に真剣な目つきへと変わる。クララも思わず居住まいを正した。


「それで今回の宴なんだけれどね――――ボクたち王子3人が取り仕切ることになったんだ」

「は!?おまえそれ、マジで言ってんの!?」


 フリードの言葉を聞くや否や、コーエンはそう言って声を荒げる。相手は王子だというのに、今にも掴みかかりそうな勢いだ。

 コーエンのすごい剣幕にクララはビクリと身体を震わせる。
 けれどフリードは全く動じることなくコクリと頷いた。


「コーエン、もう決まったことだよ」

「……いや、一言ぐらい断りを入れろよ。俺にも」


 コーエンはそう言って唇を尖らせる。


(うーーん、重要事項は事前に側近へも伺いを立てるものなのかしら?)


 確かにフリードが仕事を引き受けるということは、その分側近であるコーエンの仕事が増えるということを意味する。

 クララにはこの辺の決まりがまだ良く分からないものの、コーエンの様子から判断すれば、本来は決定前にある程度の情報が得られるものなのだろう。


「そんなこと言ったって、会議をすっぽかしたのはコーエンの方だろう?」


 フリードはニコリと笑いながら、コーエンを見上げる。
 コーエンは不満げな表情のまま、ややして深いため息を吐いた。


「それで?これが王太子選抜の課題の一つってわけ?」

「さすがコーエン。察しが良いなぁ。これから忙しくなるね」


 コーエンの問いかけに、フリードは淀みなく答えた。


(王太子選抜の課題?)


 クララは話の速さに付いていけぬまま、呆然と佇むことしかできない。
 外交に大きな影響をもたらす宴を王子たちが取り仕切る。その過程では当然、彼等の政治的手腕が求められることになるはずだ。


(コーエンが話していた通り、何を見せるか、どう見せるかで、相手に与える印象は大きく変わるものね)


 クララは顎に指を掛け、小さく唸る。

 それが王太子選抜の結果に影響することは理解できるが、あまりに規模の大きな話だ。クララが失敗をすれば、国の平和を脅かしかねない。

 これまで手伝ってきた、書類仕事とは格が違う。クララは戸惑うことしかできなかった。


「大丈夫だよ」

「……え?」


 そう声を掛けたのはコーエンだった。クララの肩をポンと叩き、彼にしては珍しい穏やかな笑みを浮かべている。


「過去の資料はちゃんと残ってるし、実際に動くのは礼部の連中。俺たちは企画とか指示出しとかが主だし、そこまで難しく考えなくていい。企画だって事前に陛下に話を通すんだ。滅多なことにはならねぇよ」


 まるでクララの心を見透かしたかのように、コーエンは一つずつ、不安の種を取り除いてくれる。


「まぁ、忙しくはなるけどな。クララなら大丈夫だろう?」


 挑発的な笑み。けれどそこに、以前のような意地悪さはなかった。


「うん」


 クララは力強く笑いながら、前を向いた。


「とはいえ、この対決は第2王子――――ヨハネスの得意分野だ」


 フリードは徐に立ち上がると、クララの肩をそっと抱き寄せる。思わぬことに身体を震わせながら、クララはフリードを見上げた。


(えっ、どうして急に?)


 話の内容にそぐわない唐突な行動。そわそわとして、心も身体も落ち着かない。


「ヨハネスは派手好きな分、金に糸目をつけないし、自分をよく見せること――――演出に長けている。おまけに今回、スチュアート家が彼の後見についたことで、その傾向が顕著になったと思う」


 神妙な面持ちでフリードがそう説明する。


「同じ方向性で戦ったらどうしたってこちらの分が悪い。だからこそ、ボクたちも婚約者としての結束を固めないと。ね、クララ」


 なるほど、婚約者同士の代理戦争という側面の強い今回の王太子争い。フリードはクララに再度、己の役割を自覚するよう促したかったのだろう。
 フリードの唐突な行動に理由付けができて、クララはほっと胸を撫でおろす。


(お父様で力になれることがあれば良いのだけれど)


 とはいえ、スチュアート家のような助力の仕方は難しいだろう。そう考えながら、クララは眉を顰める。

 その時、ふとクララの手のひらに何かが触れた。
 遠慮がちに指先に触れた温もりは、ややして手のひら全体を包み込む。そっとクララの指を開き絡めるように繋がれたそれは、温かくて大きくて、少しゴツゴツしていて。毎日剣を振るった跡のような――――。


「はい……そう、ですね」


 クララはやっとの思いでそう答えながら、チラリと上向く。フリードが立っているのと反対側。クララの手が握られている方だ。


(一体、なにを考えてるの?)


 ほんのりと頬を赤らめ、そっぽを向いているコーエンに、クララは心の中で問いかける。当然答えは返ってこないし、心臓がドキドキと高鳴って鎮まりそうもない。

 火照った頬を隠すため、クララはそっと俯いたのだった。
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