上 下
7 / 39
【1章】王位継承戦と魅かれゆく心

知りたいものは、何?

しおりを挟む
「王妃とは一体どんな話をしたんだ?」


 フリードの執務室に戻るな否や、そう問いかけてきたのはコーエンだった。


「……王妃じゃなくて、王妃様、でしょ?」


 クララは口にしながら、苦笑を浮かべた。

 手に持った分厚い書類に目を通しながら、コーエンはチラリとクララを見上げる。普段は掛けていない眼鏡の奥に隠れた青い瞳が、キラリと光って見えた。


「話したのは……互いの自己紹介とか世間話とか、かな」


 何と答えれば良いものか考えあぐねて、クララはそう口にした。
 過去の王太子選抜については、コーエンには話さぬ方が良いだろう。そう判断したのだ。


「世間話、ねぇ」


 コーエンは眼鏡を外しながら、小さなため息を漏らす。クララは曖昧に笑いながら、そっと目を伏せた。

 あの後、クララと王妃は色んな話をした。

 両親のこと、友人関係や趣味、特技。物事の考え方や将来の夢について――――。王妃がさり気なく、彼女自身の話も織り込んでくれるためにあまり気にならないが、まるで緩めの尋問でも受けている気分だった。

 きっと王妃は、クララがどんな人物だったとしても、茶会の初めに王妃自身の『内侍としての過去』を話しただろう。そして、この王太子争いがもたらし得る未来と、必要となる覚悟を提示した。同じ女性として、同じ立場を味わった者として、対等に向き合おうとしてくれたように思う。

 けれどその後の王妃は打って変わり、すっかり母親の顔に変わっていた。
 クララが大事な息子の婚約者に足るか――――その品定めの時間、というわけだ。


 本当ならば王妃は、クララが内侍と決まる前にこうした席を設けたかったのだろう。
 けれど王妃は身分上、簡単に城を出ることはできない。

 それに、クララだって貴族といえど気軽に登城が可能なわけではない。それ相応の手順を踏み、ボディチェック等々を経たうえで、ようやく中に入ることが許されるのだ。

 特に女性は、男性よりも厳格にチェックを受ける必要がある。城で働く女性の絶対数は、男性のそれと比べて圧倒的に少ないし、信用も薄い。本当に登城が可能な身分なのか、じっくり調べられる必要があるのだ。

 同様に城内での制限も、男性のそれに比べて多いのだが、決まりだから仕方がないとクララは思う。


「そんな話して楽しいものか?」


 コーエンはそう言って眉を顰める。思わぬ言葉にクララは目を丸くした。


「よく知りもしない相手に愛想笑い浮かべるってだけで、俺は苦痛で堪らないけどな」


 おぇ、と口元を歪めながら、コーエンはチラチラとクララを見つめている。


(コーエンったら、なんでそんなこと……)


 コーエンは先程から、自分の考えを話しているようでいて、実はそうではないとクララは思う。

 一緒に仕事をしてきて分かったことだが、彼は案外口数が多い。
 直接業務に必要なことから、一見無駄に感じられることまでアレコレずっと喋っている。それはきっと、彼がコミュニケーションが如何に重要か、分かっているからだろう。

 実際、この数日の間に、彼が何気なく話していた内容が何度もクララを助けてくれた。
 そんな風に考えると、コーエンの一連の発言は、クララが不満を吐き出しやすいようにとの配慮に感じられるのだ。


「……もしかして、わたしのことを心配してくれてたりする?」


 クララは小さく首を傾げながらそう尋ねる。
 少しばかり茶化すような言い方。きっとコーエンは面倒くさそうに反論するだろう。そう思っていたのだが。


「――――――っ」


 見れば彼は、恥ずかしそうに頬を赤らめ、そっぽを向いているではないか。
 クララが思わず吹き出すと、コーエンは眉間に皺を寄せ、唇を尖らせた。


「さすがのクララも、王妃との茶会なんて、気が重いだろうって思ったんだよ」


 ワシワシと髪の毛を掻きながら、コーエンがぼそりと呟く。


(さすがのクララ、ね)


 短期間の間に、クララは随分とコーエンの信頼を勝ち得たらしい。何やら気分が良くなって、クララは満面の笑みを浮かべた。


「王妃様はお優しいし、とっても素敵な方だったもの。最初は少し緊張したけど、すぐに慣れたわ」


 鼻息交じりでクララは自身の文机の前に腰掛ける。


「殿下の幼い頃のお話も聞かせていただいたしね。なんだか、わたしが思っている殿下の印象と違っていて面白かったわ。あの殿下が結構やんちゃだったって仰るんだもの。他にも色々……勉強熱心なこととか、剣が強かったこととか。王妃様のお話を聞いて、断然イメージアップしちゃった」


 クララがそう言って笑うと、コーエンは口元を手のひらで覆いながら、そっと目を逸らした。


(本当はコーエンの話も聞きたかったんだけど)


 フリードとコーエンは幼い頃からの付き合いらしい。ならばきっと、王妃もコーエンのことを良く知っているだろう。

 けれどさすがのクララも、仮とはいえ未来の姑に対して、別の男性の話を聞くわけにもいかない。
 コーエンはしばらくムスッとした表情を浮かべていたが、ややして気を取り直したらしい。


「サボってた分、しっかり働けよ」


 そんな憎まれ口を叩きながら、ため息を吐いた。


「ところで殿下は?」


 不在の間に机に置かれた書類を確認しながら、クララは尋ねる。恐らく殆どの仕事をコーエンが処理してくれたのだろう。申し訳程度の分量しか残っていなかった。


「あーー……」


 コーエンは窓の外をチラリと覗くと、再び手元の書類に視線を移す。クララは首を傾げながら、コーエンを見つめた。


「今日は治部の連中のところに行くって言ってたよ。たまには直接顔を出さないと、ってな」
「……そうね。文官たちからの支持を得るのって大事だろうし」


 城内はとにかく広く、部署によっては行き来するだけでも数十分ほど掛かり、結構大変だったりする。だから、通常はクララ達がフリードの名代となり、伝令役を務める。

 けれど、執務室と遠いからと言って顔を出さなければ、文官たちは『自分たちが軽んじられている』と感じるものだ。色んな部署に適度に顔を出し、直接意見を聞いたり、声を掛けることも、王子の大事な仕事らしい。


「あぁ。王太子が決まるまであと半年――――だからな」


 コーエンが小さな声でポツリとそう漏らす。クララにとっては初めての情報だったが、まだまだ城に来て数日。知らないことの方が断然多い。


「そう……」


 半年という時間は長いようで短い。

 この半年の間に、クララはフリードや他の王子のことを、もっともっと知らなければならない。フリードを王太子にし、自由を手に入れなければならない。

 王妃には、王太子になれなかった王子たちのことは聞けなかった。クララは生まれてこの方、王兄達の噂を聞いたことがない。それがどうしてなのかは分からないが、あまり良い想像ができなかった。


(わたしには知らなければならないことが、まだまだ沢山あるんだわ)


 チラリと顔を上げれば、向かいの席のコーエンと視線がかち合う。

 ざわりと音を立ててほんの少しだけ、胸が騒ぐ。小気味よい温もりが、クララを笑顔にする。
 その理由を理解しても良い――――そんな日が訪れることを楽しみにしている自分がいるとクララが知るのは、まだ少し先のお話。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【完結】身代わりの人質花嫁は敵国の王弟から愛を知る

夕香里
恋愛
不義の子としてこれまで虐げられてきたエヴェリ。 戦争回避のため、異母妹シェイラの身代わりとして自国では野蛮な国と呼ばれていた敵国の王弟セルゲイに嫁ぐことになった。 身代わりが露見しないよう、ひっそり大人しく暮らそうと決意していたのだが……。 「君を愛することはない」と初日に宣言し、これまで無関心だった夫がとある出来事によって何故か積極的に迫って来て──? 優しい夫を騙していると心苦しくなりつつも、セルゲイに甘やかされて徐々に惹かれていくエヴェリが敵国で幸せになる話。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...