王太子妃候補クララの恋愛事情~政略結婚なんてお断りします~

鈴宮(すずみや)

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【序章】夢見がちな少女と3人の王子

練武場と笑顔

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(この婚約を運命に変える……か)


 クララは頭の中でポツリと呟く。
 目の前では見目麗しい、クララと同年代の騎士たちが剣を振るっている。もしかしたらこの中に、運命の相手がいるかもしれない。そう思っているのに、折角の光景が全てぼやけて見えた。


(それもこれも、全部殿下のせいなんだから)


 クララは唇を尖らせつつ、大きなため息を吐く。


(だってわたし、あんな風に口説かれたことなんてないんだもの)


 一連のやり取りを思い出すと、知らず頬が紅く染まった。

 箱入り令嬢の恋愛偏差値は皆無に等しい。当然経験値はゼロで、持っているのは、両親や侍女たちから聞きだした経験話や、書物から得た理想ぐらいのものだ。
 フリードの言動は、クララの理想からかけ離れているわけではなく、寧ろ想い描いていたものに近い。

 けれど、きっとフリードは、クララではない他の令嬢が相手だったとしても、同じことをした。婚約者として相手を大切にするし、恋慕の情を抱こうと努力しただろうと思う。

 既定路線上の想い。成るべくして成った恋。それがクララは気に喰わない。幼い考え方だと分かっていても、クララはまだ現実を受け入れたくなかった。


「首尾はどんなだ?」


 ふと後からそんな声が聴こえる。クララが振り返ると、そこにはコーエンがいた。
 コーエンはクララの隣に腰掛けるとニヤリと眼を細めた。


「ボーっとすんなよ。せっかくの出会いのチャンスなのに」

「分かってるわよ」


 ムスッと唇を尖らせながら、クララは前を向く。

 王子の仕事の一つに、定期的に騎士たちの鍛錬の様子を見て回るというものがある。本当はフリードが直接赴いた方が騎士たちの士気はあがるのだが、毎回自分で足を運べるほどの時間はないらしい。そんなわけでクララは今、フリードの名代としてここ練武場にいる。


「ありがたく思えよ」


 何が、とは言わず、コーエンはクララの頭をワシワシ撫でる。
 数ある仕事からこの仕事をクララに割り当てたのはコーエンだ。恩着せがましいとは思いつつも、クララは小さく頷いた。


「俺たちの仕事って殆どが執務室に缶詰だからな。うまく外に出ないと息が詰まるんだよ」


 肩をぽきぽきと鳴らしながら、コーエンは笑う。


(確かに……)


 クララが城で仕事を始めて5日が経つ。
 その間、執務室を離れたのは、初日の城内巡りと、今この時だけだ。


「おーーい、シリウス!」


 見ればコーエンは手を振り、騎士たちの方へと向かっている。騎士たちはコーエンの姿を認めると、すぐに恭しく頭を下げた。


「珍しいな、おまえがここに来るの」


 シリウスと呼ばれた相手だろうか。赤髪の騎士がコーエンの肩を抱きながら、人懐っこい笑みを浮かべる。


「まぁな。たまには顔出しておかねぇと」


 周りの騎士たちの顔を上げさせつつ、コーエンはチラリとクララを振り返った。不敵な笑みがクララを捉える。


(息抜きに来たって言ってたくせに)


 そんなことをまるで感じさせない太々しい態度だ。クララは思わず苦笑を浮かべた。


「折角来たんだ。手合わせしてくれよ。デスクワークばっかじゃ身体がなまるんだよ」


 コーエンは近くの騎士から木刀を奪い取りながら、ニヤリと笑う。


「――――デスクワークばっかりやってる人間が手合わせの相手に指名するのが、近衛隊長の俺とはねぇ」


 シリウスはそう言って挑発的な笑みを浮かべた。

 いつの間にか二人の周囲からは人が退き、少し離れたところに円形を成している。体格に恵まれた騎士たちでできた垣根は、クララの視界をあっという間に遮ってしまった。


(どっちが勝つんだろう?)


 クララもそっと騎士たちに混ざった。

 先程まで響いていた木刀がぶつかり合う音も、騎士たちの声も、今は全く聴こえない。コーエンとシリウスは言葉なく睨み合い、木刀を構えている。クララがこれまで味わったことのない緊張感に、ゴクリと喉が鳴った。

 刹那、風を切るような鋭い音が響く。先に動いたのはどちらだろうか。二人は鋭敏に木刀を振るっていた。

 大きく、けれど無駄のない洗練された太刀筋は美しい。どちらも相手の間合いに躊躇なく切り込んでいき、その度にクララは目を見張った。


(すごい……綺麗)


 クララの血液がゾクゾクと騒ぐ。先程まで眺めていた騎士たちの練武の様子とはまるで違う。目の前の二人から目が離せない。

 その時、コーエンの耳元をシリウスの木刀が掠めた。ハラハラと風に散るコーエンの髪の毛にクララは目を奪われる。けれどその瞬間、周りの騎士たちから大きな歓声が上がった。

 ふと視線を移せば、いつの間にかシリウスは膝をつき、まっすぐにコーエンを見上げている。シリウスから数センチ離れた位置に、コーエンの木刀が突きつけられていた。


「――――俺の勝ち」


 コーエンはシリウスに手を差し出しながら、ニヤリと笑う。先程までの真剣な表情からは想像もつかない、邪悪な笑みだ。


「~~~~~~~~~~っ、ホント嫌な奴だよな、おまえは」


 シリウスはそう悪態を吐きながらもコーエンの手を取った。言葉とは裏腹に、その表情は楽し気だ。張り詰めた空気が一気に弛緩し、周囲は再びざわめきを取り戻す。クララもほっと息を吐きながら、そっと群衆を離れた。


(すごい……まだドキドキしてるわ)


 風が頬を撫でるのが気持ち良い。高まった熱は簡単には醒めてくれそうにない。

 少し離れた所からクララはコーエンをそっと見つめる。初対面の時と今とでは彼の印象は随分変わってしまった。物凄く嫌な奴だと思っていたのに、それが案外良い人に変わって。いつの間にか敬意まで抱いてしまっている。

 すると、ふとコーエンがこちらを見た。クララの心臓が知らず大きく跳ねる。


「おい、クララ!ちゃんと見てたのか?」


 コーエンはそう言って笑顔を浮かべた。


「…………っ」


 いつものように、意地悪だったり不敵だったり、気だるげだったり……そんな笑顔だったらこんな風に心が揺さぶられることはなかったのだろうか。今のコーエンはそういった要素の一切ない、穏やかで晴れやかな笑顔だ。


「み、見てたわよ。ちゃんと」


 何故だろう。先程からコーエンの顔が直視できずにいる。

 少しずつこちらに近づいてきているのが分かるのに、クララは視線を彷徨わせることしかできない。ドキドキと心臓が騒いで落ち着かなかった。


「クララ――――」

「相変わらずだな、おまえは」


 コーエンがクララの名を呼んだその時、背後から聞きなれぬ声がした。低く重圧的なその声にビクリと身体を震わせつつ、クララはそっと後を振り返った。
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