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やっぱり、お嬢様で良いです(2)
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そこから先は、ヘレナにとっては順調そのものだった。
レイに言われた通りの手順で玄関、居間と床を磨いていく。ピカピカに光った床を見ると、何だか心が洗われる心地がした。汚れと一緒に、迷いや悩みまで消えて無くなるような、そんな感覚だ。
「ねぇ、レイ……東の方には『万物に神様が宿る』って信じている国があるのよね?」
ふとそんなことが頭を過って、ヘレナは尋ねる。それは幼い頃、レイがヘレナに教えてくれた知識の内の一つだった
「そうですね。海や空、木々や花々といった自然に始まり、家や食べ物といった無機物迄、あらゆるものに神が宿ると信じている国があると聞いています。
その国では、神の声を聞けるもの――――その子孫が代々国王になるんだそうです。他の誰にも無い特別な力ですからね。王は神そのもの――――そういう考えも存在するようです。
そういう意味で言えばお嬢様――――聖女であるあなたも、十分王になり得るのですよ」
レイはそう言ってそっと目を伏せた。
「お嬢様がこんな形で国を追われるなんて――――あなたはもっともっと尊ばれ、大切に扱われるべきお人です。
お嬢様は何も悪くないのに、あの馬鹿――――いえ、愚かな王太子のせいで、お嬢様がこんな憂き目に遭っていることが、私は許せないのです」
「それでこんなに良くしてくれたの? 国外追放されたわたしのために?」
そう言ってヘレナはそっと微笑む。
レイが穏やかな表情の下に、こんな想いを隠していたことを、ヘレナはちっとも知らなかった。
(だって、いつも『何でもお見通し』って顔をして笑っているんだもの)
今回の国外追放の件だってそうだ。レイはいつものように、淡々と事実を受け入れていると思っていたのだが。
「いえ、私はお嬢様が聖女でなかったとしても、同じことをしました。私にとってお嬢様は、大切なお嬢様ですから。
けれど、お嬢様が追放されたことについて、腹立たしいという思いは消えません。今だって、お嬢様にこんなことをさせている自分が許せないのです」
そう言ってレイは眉間に皺を寄せた。いつも冷静かつ穏やかな彼にしては、珍しい仕草だ。
「そっか……わがまま言ってごめんね、レイ?」
ヘレナは小さくため息を吐きつつ、そっと首を傾げる。
「だけどね……実際に自分で掃除をしてみて良かった。家を大切にすることで、神様と繋がれているみたいな……そんな気がしたから。
それに、レイが普段わたしのためにどれだけ頑張ってくれているか実感できたし」
そう言ってヘレナはニコリと笑う。レイの表情が少しだけ和らいだ。
「ねぇ……明日はレイと一緒に町に行きたいな。この国のことをもっと知りたいの。
これからわたしが生きて行く場所だし、もしかしたら聖女として何かできることがあるかもしれないから」
ヘレナが言えば、レイは目を丸くし、やがて困ったように笑う。
「……本当に宜しいのですか?
お嬢様のために試作中のお菓子も、新しい茶葉も、ティーカップやクロスだって、まだまだ沢山ご用意しておりますよ? 花のような香りがするキャンドルや、美しい絵画、本や雑誌も取り寄せていますし、お望みとあらば宮廷楽団を呼び寄せることも出来ますが……」
「ここに来て数日しか経っていないのに、手厚すぎじゃない? だけど……ありがとう。
わたしは多分、じっとしていられない性質なんだと思う。
それでも、レイにのんびりさせて貰って、すごく幸せだった。色々と用意してくれたから、楽しく過ごせたし。
だから、お屋敷にいる時間は短くなるかもしれないけど、これからも目一杯甘やかしてくれると嬉しい」
そう言ってヘレナはふふ、と笑う。レイは目を軽く見開き、それから穏やかに細めた。
「……もちろん。精一杯甘やかせていただきます」
レイはそう言って、至極満足そうに微笑んだ。
レイに言われた通りの手順で玄関、居間と床を磨いていく。ピカピカに光った床を見ると、何だか心が洗われる心地がした。汚れと一緒に、迷いや悩みまで消えて無くなるような、そんな感覚だ。
「ねぇ、レイ……東の方には『万物に神様が宿る』って信じている国があるのよね?」
ふとそんなことが頭を過って、ヘレナは尋ねる。それは幼い頃、レイがヘレナに教えてくれた知識の内の一つだった
「そうですね。海や空、木々や花々といった自然に始まり、家や食べ物といった無機物迄、あらゆるものに神が宿ると信じている国があると聞いています。
その国では、神の声を聞けるもの――――その子孫が代々国王になるんだそうです。他の誰にも無い特別な力ですからね。王は神そのもの――――そういう考えも存在するようです。
そういう意味で言えばお嬢様――――聖女であるあなたも、十分王になり得るのですよ」
レイはそう言ってそっと目を伏せた。
「お嬢様がこんな形で国を追われるなんて――――あなたはもっともっと尊ばれ、大切に扱われるべきお人です。
お嬢様は何も悪くないのに、あの馬鹿――――いえ、愚かな王太子のせいで、お嬢様がこんな憂き目に遭っていることが、私は許せないのです」
「それでこんなに良くしてくれたの? 国外追放されたわたしのために?」
そう言ってヘレナはそっと微笑む。
レイが穏やかな表情の下に、こんな想いを隠していたことを、ヘレナはちっとも知らなかった。
(だって、いつも『何でもお見通し』って顔をして笑っているんだもの)
今回の国外追放の件だってそうだ。レイはいつものように、淡々と事実を受け入れていると思っていたのだが。
「いえ、私はお嬢様が聖女でなかったとしても、同じことをしました。私にとってお嬢様は、大切なお嬢様ですから。
けれど、お嬢様が追放されたことについて、腹立たしいという思いは消えません。今だって、お嬢様にこんなことをさせている自分が許せないのです」
そう言ってレイは眉間に皺を寄せた。いつも冷静かつ穏やかな彼にしては、珍しい仕草だ。
「そっか……わがまま言ってごめんね、レイ?」
ヘレナは小さくため息を吐きつつ、そっと首を傾げる。
「だけどね……実際に自分で掃除をしてみて良かった。家を大切にすることで、神様と繋がれているみたいな……そんな気がしたから。
それに、レイが普段わたしのためにどれだけ頑張ってくれているか実感できたし」
そう言ってヘレナはニコリと笑う。レイの表情が少しだけ和らいだ。
「ねぇ……明日はレイと一緒に町に行きたいな。この国のことをもっと知りたいの。
これからわたしが生きて行く場所だし、もしかしたら聖女として何かできることがあるかもしれないから」
ヘレナが言えば、レイは目を丸くし、やがて困ったように笑う。
「……本当に宜しいのですか?
お嬢様のために試作中のお菓子も、新しい茶葉も、ティーカップやクロスだって、まだまだ沢山ご用意しておりますよ? 花のような香りがするキャンドルや、美しい絵画、本や雑誌も取り寄せていますし、お望みとあらば宮廷楽団を呼び寄せることも出来ますが……」
「ここに来て数日しか経っていないのに、手厚すぎじゃない? だけど……ありがとう。
わたしは多分、じっとしていられない性質なんだと思う。
それでも、レイにのんびりさせて貰って、すごく幸せだった。色々と用意してくれたから、楽しく過ごせたし。
だから、お屋敷にいる時間は短くなるかもしれないけど、これからも目一杯甘やかしてくれると嬉しい」
そう言ってヘレナはふふ、と笑う。レイは目を軽く見開き、それから穏やかに細めた。
「……もちろん。精一杯甘やかせていただきます」
レイはそう言って、至極満足そうに微笑んだ。
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