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7.三年後、二人の朝
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カーテンから差し込む柔らかい日差しに、モニカはゆっくりと目を開ける。
「――――おはよう、モニカ」
その途端、頭上からぶっきら棒な声音が降り注いだ。ぼんやりとした視界のまま「おはようございます」と挨拶を返す。すると、声の主――――エルネストはベッドからゆっくりと立ち上がった。
彼はとっくの昔に起きていたらしく、テキパキと朝の準備を始める。未だシーツに包まっているモニカとは大違いだ。
(昨日よりも早く起きたのになぁ……)
どう足掻いても、彼より早く起きることはできない。そんなに早く起きているなら、モニカの起床を待たずに準備を始めればいいのに――――そう何度も勧めたけれど、彼はその度に『必要ない』と一笑に付した。
エルネストが寝室を出た後、侍女たちを呼んで、モニカも朝の準備を始める。
手早く着替えを済ませ、モニカは朝食の席へと急いだ。
「――――もう来たのか」
エルネストがそう言って、小さく息を吐く。彼は書類を片手に、コーヒーを飲んでいるところだった。
「はい……あの、お邪魔なようでしたら、わたくしは別に席を用意してもらいますわ」
「そんな必要はない。ただ、早いなと思っただけだ」
彼は書類を部下に手渡し、侍女たちに食事を運ぶよう指示を出す。躊躇いながらエルネストの向かいの席に座ると、冷ややかな視線とかちあった。
「エルネスト様、わたくしの生活に合わせていただかなくて良いのですよ? 寝起きも、食事も、エルネスト様の邪魔をするのは忍びありませんから」
何度も繰り返しているやり取り。その度に胸を抉られるような気分に襲われる。
もちろん、モニカとてエルネストに合わせる努力をしているのだが、彼女が生活リズムを早めれば早めるほど、エルネストのそれも早くなる。結果的に、モニカが彼に合わせて貰う形になってしまうのだ。
「合わせているつもりはない。前にも言ったはずだ」
冷たい視線、冷たい声音。彼は小さくため息を吐く。
「……はい。申し訳ございません」
「謝る必要もないと言っただろう?」
「分かっております。けれど……」
モニカは妃で。エルネストをサポートすることが本来の役割で。
それなのに、現状は彼の足を引っ張ってばかり。
どうしたって申し訳無さを感じてしまうのは仕方がない。
「今日の予定は?」
「本日は、数日後に控えた隣国大使の来国に備え、式典の段取りと衣装の打ち合わせ、それからお出しする食事の内容や、滞在中の視察先の調整の確認などを行う予定です。
また、式典に合わせて王都に来ている貴族の来訪が数件ほどございます」
モニカは妃として、多忙な日々を送っていた。
立場が立場だけに、文官のように政策の立案をできるわけではない。だが、王室の顔として、様々な人々と会っているのだ。
「貴族? 僕は聞いていない。相手は誰だ?」
本来ならば、貴族たちはモニカよりも王太子であるエルネストに会いたがる。彼らがモニカに会うのは、単にエルネストの時間が取れないからだ。
「まあ……わたくし、てっきりエルネスト様はご存知だと思っておりましたわ。連絡が行き届いておらず、申し訳ございません。
本日いらっしゃるのはドゥルガー侯爵とカステルノー伯爵、それからレディアン子爵ですわ」
この手の話が事前にエルネストに通っていないのは珍しい。モニカはそっと首を捻った。
「――――別に、君が謝ることではないだろう。
だが、今日は昼から時間が取れる。来訪者の対応は僕が行おう」
「え? けれど……」
エルネストの背後で秘書官が渋い顔をしている。恐らくは『時間が取れる』のではなく、『時間が取れないこともない』というところなのだろう。
この三年の間に、彼が担う公務、責任は格段に重くなっている。モニカとしては、任せられる部分は任せてほしいところなのだが。
「けれど、ではない。僕が行うと言っている」
「そうですか……ありがとうございます、エルネスト様。
それでは、わたくしも同席を――――」
「断る。対応は僕一人に任せてほしい」
エルネストはきっぱりとそう言い放った。
彼の表情は冷たく、取り付く島もない。
これ以上見ていられず、モニカは思わず俯いてしまった。
(どうして……? エルネスト様にとってわたくしはそんなにも頼りない存在なの?)
エルネストの生活リズムを乱す上、安心して公務を任せることもできない。
そんな妃に価値はあるのだろうか?
湧き上がる疑問。思いのままに尋ねられたらどれほど良いだろう。
けれど、尋ねたところで、返ってくるのは呆れたようなため息に違いない。
モニカはグッと言葉を飲み込み、それから無理やり笑みを浮かべる。
「承知しました。エルネスト様の仰せのままに致します」
肩を落とすモニカに向かい、エルネストは「ああ」と返事をした。
「――――おはよう、モニカ」
その途端、頭上からぶっきら棒な声音が降り注いだ。ぼんやりとした視界のまま「おはようございます」と挨拶を返す。すると、声の主――――エルネストはベッドからゆっくりと立ち上がった。
彼はとっくの昔に起きていたらしく、テキパキと朝の準備を始める。未だシーツに包まっているモニカとは大違いだ。
(昨日よりも早く起きたのになぁ……)
どう足掻いても、彼より早く起きることはできない。そんなに早く起きているなら、モニカの起床を待たずに準備を始めればいいのに――――そう何度も勧めたけれど、彼はその度に『必要ない』と一笑に付した。
エルネストが寝室を出た後、侍女たちを呼んで、モニカも朝の準備を始める。
手早く着替えを済ませ、モニカは朝食の席へと急いだ。
「――――もう来たのか」
エルネストがそう言って、小さく息を吐く。彼は書類を片手に、コーヒーを飲んでいるところだった。
「はい……あの、お邪魔なようでしたら、わたくしは別に席を用意してもらいますわ」
「そんな必要はない。ただ、早いなと思っただけだ」
彼は書類を部下に手渡し、侍女たちに食事を運ぶよう指示を出す。躊躇いながらエルネストの向かいの席に座ると、冷ややかな視線とかちあった。
「エルネスト様、わたくしの生活に合わせていただかなくて良いのですよ? 寝起きも、食事も、エルネスト様の邪魔をするのは忍びありませんから」
何度も繰り返しているやり取り。その度に胸を抉られるような気分に襲われる。
もちろん、モニカとてエルネストに合わせる努力をしているのだが、彼女が生活リズムを早めれば早めるほど、エルネストのそれも早くなる。結果的に、モニカが彼に合わせて貰う形になってしまうのだ。
「合わせているつもりはない。前にも言ったはずだ」
冷たい視線、冷たい声音。彼は小さくため息を吐く。
「……はい。申し訳ございません」
「謝る必要もないと言っただろう?」
「分かっております。けれど……」
モニカは妃で。エルネストをサポートすることが本来の役割で。
それなのに、現状は彼の足を引っ張ってばかり。
どうしたって申し訳無さを感じてしまうのは仕方がない。
「今日の予定は?」
「本日は、数日後に控えた隣国大使の来国に備え、式典の段取りと衣装の打ち合わせ、それからお出しする食事の内容や、滞在中の視察先の調整の確認などを行う予定です。
また、式典に合わせて王都に来ている貴族の来訪が数件ほどございます」
モニカは妃として、多忙な日々を送っていた。
立場が立場だけに、文官のように政策の立案をできるわけではない。だが、王室の顔として、様々な人々と会っているのだ。
「貴族? 僕は聞いていない。相手は誰だ?」
本来ならば、貴族たちはモニカよりも王太子であるエルネストに会いたがる。彼らがモニカに会うのは、単にエルネストの時間が取れないからだ。
「まあ……わたくし、てっきりエルネスト様はご存知だと思っておりましたわ。連絡が行き届いておらず、申し訳ございません。
本日いらっしゃるのはドゥルガー侯爵とカステルノー伯爵、それからレディアン子爵ですわ」
この手の話が事前にエルネストに通っていないのは珍しい。モニカはそっと首を捻った。
「――――別に、君が謝ることではないだろう。
だが、今日は昼から時間が取れる。来訪者の対応は僕が行おう」
「え? けれど……」
エルネストの背後で秘書官が渋い顔をしている。恐らくは『時間が取れる』のではなく、『時間が取れないこともない』というところなのだろう。
この三年の間に、彼が担う公務、責任は格段に重くなっている。モニカとしては、任せられる部分は任せてほしいところなのだが。
「けれど、ではない。僕が行うと言っている」
「そうですか……ありがとうございます、エルネスト様。
それでは、わたくしも同席を――――」
「断る。対応は僕一人に任せてほしい」
エルネストはきっぱりとそう言い放った。
彼の表情は冷たく、取り付く島もない。
これ以上見ていられず、モニカは思わず俯いてしまった。
(どうして……? エルネスト様にとってわたくしはそんなにも頼りない存在なの?)
エルネストの生活リズムを乱す上、安心して公務を任せることもできない。
そんな妃に価値はあるのだろうか?
湧き上がる疑問。思いのままに尋ねられたらどれほど良いだろう。
けれど、尋ねたところで、返ってくるのは呆れたようなため息に違いない。
モニカはグッと言葉を飲み込み、それから無理やり笑みを浮かべる。
「承知しました。エルネスト様の仰せのままに致します」
肩を落とすモニカに向かい、エルネストは「ああ」と返事をした。
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