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【2章】婿選び編
慕
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求婚。
結婚を申し込むこと。
(求婚……求婚かぁ…………)
思えばこれまで、誰からもハッキリと『結婚してほしい』と言われたことは無かった。
まぁ、相手はわたし――――一応この国の姫君なのだし、勝てる見込みのない戦には手を出さないっていう理論は分からなくもない。
だけど、おじいちゃんのいう通り、公にも婚約者候補として名の知れたランハートからもバルデマーからも求婚されていないのは、如何なものだろう? ちょっと――――いや、かなり問題かもしれない。
「ねえ、エメット。わたしってそんなに魅力ない?」
すっかり習慣付いた騎士団への定期訪問。休憩中のエメットを呼び出して尋ねれば、彼はキョトンと目を丸くし、やがて声を上げて笑った。
「何だよ。おまえ、そんなこと気にしてたの?」
「そんなこと!? 人が真面目に悩んでるのに、笑うなんてひどくない!?」
同意を求めてアダルフォを振り返れば、彼は真剣な表情でエメットを睨みつける。
「控えろ、エメット。ライラ様に対して不敬だぞ」
威圧感に背筋が震える。
しまった。同意を求める相手を間違えた。
アダルフォは今にもエメットのことを切りつけそうな雰囲気を醸し出してる。幼馴染としての他愛ないやり取りのつもりだったけど、真面目な彼には通用しなかったみたい。
「待って、アダルフォ。そんなに真剣に受け取らないで。半分は冗談だから」
フォローを入れながら、わたしはこっそりとため息を吐く。
エメットと会話するのは結構注意が必要だったりする。ナチュラルに失礼な発言をぶちかますからだ。
「――――で、どうしてそんなこと気にしてるんだ?」
しかし、当のエメットは、大分神経が図太い。ちゃっかり本題に戻っているのが腹立たしくて、わたしは彼の脇を軽く小突いた。
「おじいちゃんに言われたの。『求婚はちゃんとさせなさい』って。
だけど、そんなのこちらから強要するものじゃないでしょう? 自発的にしてもらえない時点で『わたしって魅力がないんじゃない?』っていう自虐的な発想に行き着いたというか」
説明しながら、何だかすごく恥ずかしくなってきた。これじゃ慰めを期待しているみたいじゃない?
「あぁ……なるほどねぇ。
でもさ、おまえにプロポーズするなんて、相手が貴族でもめちゃくちゃハードル高いんじゃない? 我が国唯一の跡取りなんだし、よっぽど自分に自信がないと出来ないっていうか……」
「だよね! そうだよね!」
さすがエメット。下手に慰めたりしない辺りが最高に良い! もしもここで『ライラは魅力的だよ』なんてお世辞を言われたら立ち直れない所だった。危ない、危ない。
「あっ、だけど、お前の婚約者候補ってバルデマーっていう澄ましたイケメンと、ランハートっていう見た目軽いイケメンだろ? あの二人は自信満々、自分大好きって感じだよな」
「ああ…………うん、そうだね」
前言撤回。
傷を激しく抉られてしまった。エメットの言うことが正しいって分かってるからこそ、尚更キツイ。
(やっぱりわたしって、身分だけが取り柄の、魅力ゼロの女なのかな)
それだって、ある日突然降ってわいたようなものなのに。
シュンと肩を落としていると、アダルフォがそっと微笑んだ。
「ライラ様、どうか気落ちなさらないでください。あなたはとても魅力的な、素晴らしい女性です」
「アダルフォ……」
目頭がぐっと熱くなる。彼は穏やかに微笑みつつ、大きくゆっくりと頷いた。
「ライラ様が訓練を見に来て下さるようになって、騎士達は皆、喜んでいます。文官たちもそう。あなたの笑顔に、直向きさに、どれ程の人が救われたか……。
城の皆が、国民が――――あなたの幸せを心から願っています。
ライラ様は何も悪くありません。ハッキリと求婚をしない、あの二人が愚かなだけです。ライラ様を慕っている人間が大勢いるのですから」
アダルフォの言葉が真っ直ぐに心に染み入る。慰めが、きちんと慰めになっている。だって、彼の言葉には嘘が無いって知ってるんだもの。同じ言葉をエメットから言われても、多分素直に受け取ることが出来なかったと思う。
「――――――だったら、アダルフォもわたしを慕ってくれてるって認識で良いの? 国の後継者としてじゃなく、一人の女性として」
この機会を逃したら、アダルフォは永遠に『自分が候補に入ってる』って気づかないに違いない。精一杯、不敵な笑みを浮かべ、アダルフォのことを見つめる。
だけど、なにを言われたのか理解が追い付かなかったのだろう。目を瞬いて数秒。アダルフォはやがて、頬を真っ赤に染め上げた。
「それは……その………………!」
え。
ええ?
えええ!?
正直、こんな反応を返されるなんて、想像していなかった。
てっきり『はい、もちろん』なんてサラリと返されて。
『だったら、王配になることも視野に入れておいてね』とか『アダルフォもプロポーズしてみてよ』なんてことを、軽いノリを装って返すつもりでいたのに。
(嘘でしょう?)
アダルフォがわたしを? ……本当に?
心臓がドッドッと勢いよく鳴り響く。あまりの事態に、普段空気を読めないエメットさえ、顔を真っ赤にして口を噤んでいる。
「――――当然、心からお慕い申し上げています」
アダルフォは観念したように、恭しく膝を突き、わたしの手をそっと握った。
潤んだ瞳がわたしだけを映し出す。手のひらが熱い。今にも抱き締められそうな、そんな心地がした。
これはやばい。想定外の事態だ。
こういう時、何て言えばいいの? どうしたら良いの? っていうかアダルフォの言う『慕っている』って、わたしの認識と合ってる? だけど、『騎士として慕っている』なら、こんな空気にはならないよね?
「――――ありがとう」
伝えるべきことは他にもたくさんあった筈なのに。
結局わたしは、そんなことしか口にできなかった。
結婚を申し込むこと。
(求婚……求婚かぁ…………)
思えばこれまで、誰からもハッキリと『結婚してほしい』と言われたことは無かった。
まぁ、相手はわたし――――一応この国の姫君なのだし、勝てる見込みのない戦には手を出さないっていう理論は分からなくもない。
だけど、おじいちゃんのいう通り、公にも婚約者候補として名の知れたランハートからもバルデマーからも求婚されていないのは、如何なものだろう? ちょっと――――いや、かなり問題かもしれない。
「ねえ、エメット。わたしってそんなに魅力ない?」
すっかり習慣付いた騎士団への定期訪問。休憩中のエメットを呼び出して尋ねれば、彼はキョトンと目を丸くし、やがて声を上げて笑った。
「何だよ。おまえ、そんなこと気にしてたの?」
「そんなこと!? 人が真面目に悩んでるのに、笑うなんてひどくない!?」
同意を求めてアダルフォを振り返れば、彼は真剣な表情でエメットを睨みつける。
「控えろ、エメット。ライラ様に対して不敬だぞ」
威圧感に背筋が震える。
しまった。同意を求める相手を間違えた。
アダルフォは今にもエメットのことを切りつけそうな雰囲気を醸し出してる。幼馴染としての他愛ないやり取りのつもりだったけど、真面目な彼には通用しなかったみたい。
「待って、アダルフォ。そんなに真剣に受け取らないで。半分は冗談だから」
フォローを入れながら、わたしはこっそりとため息を吐く。
エメットと会話するのは結構注意が必要だったりする。ナチュラルに失礼な発言をぶちかますからだ。
「――――で、どうしてそんなこと気にしてるんだ?」
しかし、当のエメットは、大分神経が図太い。ちゃっかり本題に戻っているのが腹立たしくて、わたしは彼の脇を軽く小突いた。
「おじいちゃんに言われたの。『求婚はちゃんとさせなさい』って。
だけど、そんなのこちらから強要するものじゃないでしょう? 自発的にしてもらえない時点で『わたしって魅力がないんじゃない?』っていう自虐的な発想に行き着いたというか」
説明しながら、何だかすごく恥ずかしくなってきた。これじゃ慰めを期待しているみたいじゃない?
「あぁ……なるほどねぇ。
でもさ、おまえにプロポーズするなんて、相手が貴族でもめちゃくちゃハードル高いんじゃない? 我が国唯一の跡取りなんだし、よっぽど自分に自信がないと出来ないっていうか……」
「だよね! そうだよね!」
さすがエメット。下手に慰めたりしない辺りが最高に良い! もしもここで『ライラは魅力的だよ』なんてお世辞を言われたら立ち直れない所だった。危ない、危ない。
「あっ、だけど、お前の婚約者候補ってバルデマーっていう澄ましたイケメンと、ランハートっていう見た目軽いイケメンだろ? あの二人は自信満々、自分大好きって感じだよな」
「ああ…………うん、そうだね」
前言撤回。
傷を激しく抉られてしまった。エメットの言うことが正しいって分かってるからこそ、尚更キツイ。
(やっぱりわたしって、身分だけが取り柄の、魅力ゼロの女なのかな)
それだって、ある日突然降ってわいたようなものなのに。
シュンと肩を落としていると、アダルフォがそっと微笑んだ。
「ライラ様、どうか気落ちなさらないでください。あなたはとても魅力的な、素晴らしい女性です」
「アダルフォ……」
目頭がぐっと熱くなる。彼は穏やかに微笑みつつ、大きくゆっくりと頷いた。
「ライラ様が訓練を見に来て下さるようになって、騎士達は皆、喜んでいます。文官たちもそう。あなたの笑顔に、直向きさに、どれ程の人が救われたか……。
城の皆が、国民が――――あなたの幸せを心から願っています。
ライラ様は何も悪くありません。ハッキリと求婚をしない、あの二人が愚かなだけです。ライラ様を慕っている人間が大勢いるのですから」
アダルフォの言葉が真っ直ぐに心に染み入る。慰めが、きちんと慰めになっている。だって、彼の言葉には嘘が無いって知ってるんだもの。同じ言葉をエメットから言われても、多分素直に受け取ることが出来なかったと思う。
「――――――だったら、アダルフォもわたしを慕ってくれてるって認識で良いの? 国の後継者としてじゃなく、一人の女性として」
この機会を逃したら、アダルフォは永遠に『自分が候補に入ってる』って気づかないに違いない。精一杯、不敵な笑みを浮かべ、アダルフォのことを見つめる。
だけど、なにを言われたのか理解が追い付かなかったのだろう。目を瞬いて数秒。アダルフォはやがて、頬を真っ赤に染め上げた。
「それは……その………………!」
え。
ええ?
えええ!?
正直、こんな反応を返されるなんて、想像していなかった。
てっきり『はい、もちろん』なんてサラリと返されて。
『だったら、王配になることも視野に入れておいてね』とか『アダルフォもプロポーズしてみてよ』なんてことを、軽いノリを装って返すつもりでいたのに。
(嘘でしょう?)
アダルフォがわたしを? ……本当に?
心臓がドッドッと勢いよく鳴り響く。あまりの事態に、普段空気を読めないエメットさえ、顔を真っ赤にして口を噤んでいる。
「――――当然、心からお慕い申し上げています」
アダルフォは観念したように、恭しく膝を突き、わたしの手をそっと握った。
潤んだ瞳がわたしだけを映し出す。手のひらが熱い。今にも抱き締められそうな、そんな心地がした。
これはやばい。想定外の事態だ。
こういう時、何て言えばいいの? どうしたら良いの? っていうかアダルフォの言う『慕っている』って、わたしの認識と合ってる? だけど、『騎士として慕っている』なら、こんな空気にはならないよね?
「――――ありがとう」
伝えるべきことは他にもたくさんあった筈なのに。
結局わたしは、そんなことしか口にできなかった。
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