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【3章】黒幕と契約妃

36.対等な立場

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 あれから三か月が経った。

 あの日以降、アーネスト様とはカミラやギデオン様のことを話していない。どう足掻いてもアーネスト様の心の傷を抉ってしまうし、わたし自身、カミラのことを思い出すのは辛い。
 とはいえ、人の口に戸は立てられない。わたしは人伝に二人の処刑が執行されたことを知った。

 カミラの姉である紅玉宮の妃ベラ様は、後宮を追放された。彼女が何も事情を知らなかったこと、妃であったことを考慮されて、少しだけ減刑があったらしい。


(本当は本人から直接話を聞きたかったけど)


 わたしの身に危険が及んではいけないからと、会話は許可されなかった。

 後宮から連れ出される最中、ベラ様はわたしを見て、穏やかに微笑んだ。彼女の唇がゆっくりと、大きく動く。声は聞こえなかったけれど、

『頑張ってね』

と――――そう言って下さっているように見えて、わたしは静かに涙を流した。


 アーネスト様は宣言通り、忙しい日々を過ごしていた。事件の後処理に加え、ギデオン様という側近を失ったことは、彼にとって大きな痛手だった。

 そんな中、後任にはロキが就任することになった。皇帝の側近――ロキの元々の身分を鑑みれば異例の抜擢だけど、これまでの功績とアーネスト様の強い希望による人事だ。重鎮達も誰も文句は言えなかったらしい。


「おめでとう、ロキ!」


 挨拶にやって来たロキにそう伝えると、彼は心底嬉しそうに微笑んだ。元々彼は、アーネスト様の側近だったから、この決定は何よりも嬉しいだろう。わたしも自分のことのように嬉しい。


「ありがとうございます、ミーナ様。主のお役に立てるよう、精一杯務めさせていただきます」


 今日を以て、ロキは正式に金剛宮の――――わたしの警護の任を解かれる。
 初めて会った時のように、恭しく頭を垂れて跪き、ロキはわたしを見上げていた。なんだか物凄く感慨深い。わたしは静かに目を閉じた。


「頑張ってね。色々と風当りも強いと思うけど、ロキならきっと大丈夫。皆も、ロキの素晴らしさを絶対分かってくれると思う」


 確信を胸に、わたしは言う。ロキは照れ臭そうに小さく頷いた。


「あっ……でも、そっか。ロキはギデオン様の後任だから、もう『ロキ』だなんて気楽に呼び捨てちゃいけないわね。同じ役職で差を付けるなんて失礼だし。今更敬称を付けるなんて、なんだかむず痒いけど――――」


 言えば、ロキは少しだけ目を瞬かせる。
 そもそも彼とは今後、殆ど顔を合わせることが無くなるのだろう。政務を行う彼が、後宮を訪れることは基本的にない。そう思うと、何だかすごく寂しかった。


「……いえ。これからも変わらず『ロキ』とお呼びください。ミーナ様は俺のもう一人の主ですから」


 そう言ってロキは、わたしの手をそっと握る。彼は真剣な眼差しで、わたしのことを見つめていた。


「ミーナ様がいらっしゃらなければ、俺は主と出会えませんでした。
あなたと出会えたから、主は困っている民がいることに気づけた。俺のことを見つけてくれた。
ミーナ様――――あなたがいなかったら、俺はこうして主に仕えることも出来なかったのです」


「――――そっか」


 初めて会ったときから彼に感じていた親しみの念は、きっとここから来るものだったのだろう。胸がポカポカと温かい。

 だけどわたしにはもう一つ。ロキに伝えたい大事な想いがあった。


「でもね……わたしにとってロキは、大事な同志なんだよ」


 言えば、ロキはほんのりと目を丸くする。


「ロキはアーネスト様への想いを共有できる、唯一の人。わたしにとってかけがえの無い人だよ。
だから、わたしがそんな風に思ってるってこと、ロキにもちゃんと、覚えていてほしい」


 そう言ってわたしは小さく笑う。
 これから先もわたし達は、アーネスト様を支えていく大事な仲間だ。上下なんて存在しない。わたしは内から、ロキは外から、アーネスト様を支える。少なくとも、わたしはそう思っている。


「あっ……でも、それなら本当は、ロキもわたしを『ミーナ』って呼ばなきゃいけないのかも。同志なのに不公平というか何というか……」


 言いながらわたしは首を傾げる。すると、ロキはキョトンと目を丸くして、それからケラケラと声を上げて笑った。


「そんなことをしたら、俺が主に殺されてしまいます。――――だけど、そうですね」


 そう言ってロキは立ち上がったかと思うと、わたしの耳元にそっと唇を近づける。


「ミーナ」

「……!」


 それは、辛うじて聞き取れるレベルの、小さな小さな声だった。ロキが穏やかに目を細める。胸が一気に熱くなった。

 きっと彼はもう二度と、わたしの名前をこんな風に呼んでくれることは無いだろう。ただ一度――――ほんの一瞬だけ、わたし達は本当に対等な立場に立てたのだと、そう思う。


「では、また」


 そう言ってロキは、晴れやかな表情で踵を返す。


「――――ありがとう、ロキ」


 幸せな気持ちに包まれながら、わたしは彼の後姿を見送ったのだった。
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