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【3章】黒幕と契約妃

35.苦悩

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「ごめんね、ミーナ。色々と……驚かせた」


 カミラが連行され、部屋には今、アーネスト様とわたし、ロキの三人しかいない。
 未だ、混乱で頭がクラクラしていた。侍女にお茶を淹れ直してもらって、ゆっくりと喉を潤すようにして飲む。すると、空っぽになった身体の中が少しだけ満たされる心地がした。


「先にお話してくれてたら良かったのにって思いましたけど……顔に出ますもんね、わたし」


 アーネスト様の説明の後、自分でも己の行動パターンを振り返ってみたけど、カミラを相手に知らない振りを――――演技が出来る気がしなかった。
 もしもわたしが今回のことを予め知らされていたら、折角のアーネスト様の計画を台無しにしてしまったに違いない。証拠を掴むことも、犯人を捕まえることも、何一つ成し遂げられなかっただろう。


「うん。本当は言って安心させてあげたかったけれど、ミーナのあの反応も計画の一つだったからね」


 アーネスト様は困ったように笑いながら、ロキのことをチラリと見る。ロキはいつのまにか、いつもの髪色と瞳に戻っていた。髪の長さだけは元に戻らないらしく、先程と同じ短髪のままだ。元々の長髪が彼によく似合っていたので、わたし的には複雑な気分である。


「ミーナ様ならきっと、俺のために取り乱してくれると信じていました」


 そう言ってロキは悪戯っぽく笑う。すると、アーネスト様は唇を尖らせ、わたしをぐいっと抱き寄せた。


(なんか……褒められているんだか貶されているんだかよく分からないなぁ)


 おまけに、さり気なくアーネスト様を煽っているあたりがロキらしいというか――――つくづく似た者主従だなぁと思う。


「筋書きを書けるようにしてあげる必要があったからね。ミーナが俺を殺す――――そんな筋書きを」


 アーネスト様はわたしのお腹のあたりをギュッと抱き締めながら、そう口にした。


「カミラは俺を殺した後、ミーナのことも殺す気だった筈だ。死人に口なし――――幾らでも事実を捻じ曲げられるからね。

とはいえ、後宮内外で仲睦まじいと評判の俺たちが、いきなり刃傷沙汰になるなんて普通は考えられない。だからロキを行方不明にすることで、ミーナには一度冷静さを失ってもらう必要があった。それを侍女や騎士たちに目撃させたのも、計算の内だよ。

カミラ達の中ではきっと『ミーナとロキは恋仲だった。それがバレて俺が激高し、揉み合いになった末に、ミーナが俺を殺した』みたいな筋書きが作られていたのだと思う。さっきカミラは他の侍女達に向かって、そんな疑念を抱かせるような一言を言っていたしね。
……俺としては物凄く、物凄く不本意だけど」


 アーネスト様は大層不服そうに、最後の一言を付け加えた。ピッタリと隙間なく密着された上、甘えるように頬擦りをされて、わたしは自然頬が染まる。


(ここにいるのはロキだけだけど! ロキだからこそ!)


 何だかビックリするぐらい恥ずかしい。まるで『ミーナは俺のもの』だと言われているみたいで、心臓がバクバクと鳴り響く。チラリとロキを見れば、彼はこちらをガン見したうえ、何やら嬉しそうに微笑んでいた。


「そっ……それであの時、カミラにお茶を頼んだんですか?」


 何とか気分を紛らせたくて、わたしはアーネスト様にそう尋ねる。


「うん。いつ仕掛けてくるか、ずっと待ち構えていたんだけど、思ったより警戒心が強かったね。俺達二人の他にカミラしかいなくて、尚且つ俺が反撃の出来ない状況を提供して、仕掛けてこないわけがないとは思っていたけど」


 なるほど、あの何とも言えない膠着状態にはそういう意味があったらしい。


(おかしいと思った)


 アーネスト様が人払いもしない上、何の提案も説明もしないなんて、らしくないもの。

 ようやく殆ど全ての疑問が解消されて、頭の中も整理できてきた。
 だけどわたしにはもう一つ、何よりも大きな疑問が残っていた。


「アーネスト様……カミラは初めからアーネスト様の命を狙っていたのでしょうか?」


 わたしはこの一年近くを思い返しつつ、そう口にする。

 彼女はずっと、優しかった。自分よりも身分の低いわたしに仕えることは、きっと屈辱だっただろう。けれど、そんな様子はおくびにも出さず、献身的に支えてくれた。わたしに読み書きを教えてくれたのも、歴史や他の教養を仕込んでくれたのも、全部カミラだ。


(最初からそうだったなんて、思いたくない)


 まるで、そんなわたしの気持ちを読み取ったかのようにアーネスト様は穏やかに微笑むと、そっとわたしの頭を撫でた。


「恐らくだけど……カミラは最初、何も知らなかったんだと思う。
彼女が言いつけられていたのは、『ミーナの妊娠の兆候を探ること』ただそれだけ。それが一族の陰謀にどう関わるかも知らないまま、カミラは与えられた任務を熟していたにすぎない。

変わったのは恐らく、あの夜会の夜。ギデオンはそこで、カミラに接触をしたのだろう。姉へのコンプレックスも強かったカミラが、『帝国乗っ取り後の妃の座』を仄めかされて、心動かないはずがない。

俺はあの日以降、自分に殺意が向けられているのを頻繁に感じるようになったから」

「そうですか……」


 アーネスト様の予想がどこまで当たっているかは分からない。けれど、『最初から裏切られていたと思う』より、アーネスト様の言葉を信じる方がずっとずっと幸せだ。


(それにしても)


 未だわたしを撫で続けているアーネスト様に向け、わたしはそっと唇を尖らせる。すると彼は「ん?」と口にして、ほのかに首を傾げた。


「さっきも思いましたけど……そんなに前からご自分が狙われてるって分かっていたのに、どうしてわたしには教えてくれなかったんですか?」

「――――言っただろう? ミーナは俺を守るために死に戻ったわけじゃない。俺と一緒に幸せになるために戻って来たんだって」


 アーネスト様はわたしを熱っぽく見つめながら、そんなことを口にする。


(それは覚えてるけど! ちゃんと覚えてますけど!)


 それでも、わたし自身はアーネスト様を守りたいって強く思っていたんだもの。何だか除け者にされた気分で、ちょっと――――すごく寂しい。


「許して、ミーナ。この埋め合わせは、今夜必ずするから」


 そう言ってアーネスト様は、わたしの指先にそっと口づける。声にならない叫びを上げて、わたしは思わず顔を背けた。ロキがクスクスと声を上げて笑う。恥ずかしさが一気に加速した。


「とはいえ、しばらくはまた、忙しくなると思う」


 アーネスト様はそう口にすると、深々とため息を吐く。


「事が事だし、関係者が多すぎるからね。彼等がどう裁かれるか――――それを考えると頭が痛い。
元々は俺の先祖が蒔いた種だ。こちらに非がなかったわけではないし、かといってギデオン達に情状酌量の余地はない。
けれど、これ以上悲しみや憎しみの連鎖を作りたくはないから」


 アーネスト様は言いながら、表情を曇らせる。それは皇帝としてのアーネスト様の迷い――苦悩だった。

 彼はきっと側近や大臣に対しても、こういった心の内を見せはしない。他の臣下達の前では、アーネスト様は迷いも憂いも一切見せることなく裁可を下す。打ち明けられるのはきっと、わたしとロキだけだ。


「わたしが付いて居ます」


 アーネスト様の手を握り、わたしはそう口にする。彼の苦しみや悲しみに少しでも寄り添いたい。アーネスト様が自分らしく――――安らげる場所を提供することが、わたしの役目なんだと思う。


「うん」


 そう言ってアーネスト様はわたしに体重を預けた。身体が小刻みに震えている。本当はずっと、無理をしていたのだろう。わたしを安心させるため、臣下達の手前、ずっと気丈に振る舞っていらっしゃったのだと思い知る。


「ミーナ……俺の側に居て」


 縋る様な声音のアーネスト様を抱き返しながら、わたしはそっと目を瞑った。
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