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【1章】夜会と秘密の共有者

12.同志

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 一緒に朝食を摂った後、アーネスト様は早速、ダンスを教えられる従者へと引き合わせてくれた。
 名前をロキという。黒と銀色が混ざったみたいな不思議な髪色の、背丈の大きな細身の男性だ。年の頃はアーネスト様と同じか少し上、といった風貌で、愛想はあまりない。けれど、不思議と親しみやすさを感じる、これまでに出会ったことのないタイプだ。


「ロキは皇子時代、俺の側近だったんだ」


 そう言ってアーネスト様は穏やかに笑う。その表情はどこか寂し気だった。


(側近『だった』ってことは――――)


 今は違う、ということらしい。気になるけど、深堀するのも憚られたので曖昧に微笑んでおく。
 それからアーネスト様は朝議に出られるとのことで、足早に宮殿を後にした。大きなホールにはわたしとロキ、それから侍女のカミラが残っている。ロキは静かに跪き、わたしを真っ直ぐに見上げた。


「ロキと申します。改めて、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 わたしが頭を下げると、ロキは穏やかに微笑んだ。孤高の狼のような――――けれど従順な犬のような、チグハグな印象の微笑みだった。


「主からミーナ様のお話は聴いています」

「えっ? わたしの?」


 何かの間違いじゃなかろうかと思いつつ、わたしはそっと首を傾げる。


「はい。あなたが主を――――守ってくださると」


 ロキはわたしの手を取り、そっと耳元に唇を寄せる。


「もっ、もしかして、ロキにも記憶が残っているのですか?」


 一度目の――――アーネスト様が殺された記憶が。言外にそう尋ねると、ロキは首を横に振った。


「いいえ。けれど、主が教えてくれました」


 ロキはそう言って真っ直ぐにわたしを見つめている。その瞳に、一ミリだって疑いの色は見えない。


(信頼しているんだ)


 ロキも――――それからアーネスト様も。お互いを強く信じているのだと分かる。
 アーネスト様には、ロキが犯人じゃないという確信があった。だから、一度目の人生で自身が毒殺されたことを打ち明けた。
 そしてロキも、そんなアーネスト様の話を当たり前のように受け止めている。当事者以外には信じがたい、荒唐無稽な話だというのに。


「主は俺の全てです。ですから俺は、全力であなたの力になります」


 ロキの言葉に、わたしは力強く頷く。何故だか心が温かかった。


 ロキはとても良い先生だった。ダンスのダの字も分からないわたしに、手取り足取り、懇切丁寧に指導をしてくれる。


「今のはすごく良かったです。とても綺麗でしたよ、ミーナ様」


 おまけにものすごく褒め上手だから『必死で頑張っている』という感覚が少ない。ストレスなく練習が続けられた。

 見目麗しいロキの存在は、あっという間に後宮内の話題を掻っ攫った。他の宮殿の侍女たちも、彼の姿を拝むために、度々ホールを覗きに来る始末だ。けれど、アーネスト様命のロキは、そういう熱視線に興味はないらしい。チラとも振り返ることなく、わたしの指導に集中している。


「ところで、ロキは普段、どんな仕事をしているんですか?」


 彼と初めて会ってから二週間が経ったある日のこと、ステップの確認をしながらわたしが尋ねた。ロキは穏やかに目を細め、わたしをリードしていく。ようやく『ダンスっぽいもの』に近づいてきた、って感じだ。


「主の――――主に貴石宮の警護をしています」

「貴石宮?」


 初めて耳にする宮殿だ。首を傾げるわたしに、ロキは小さく頷いた。


「貴石宮は内廷にある、主の住まいです。公務がお忙しく、金剛宮を訪れる時間がない時は、主はそちらで寝泊りしています。主が金剛宮を訪れるときは、俺も同行します。ミーナ様はご存じなかったでしょうが」


 そう言ってロキは微笑む。


(全然、知らなかった……)


 どう足掻いてもわたしの世界は狭い。他のお妃様を通して、後宮内のことは少しずつ分かって来たけど、内廷のことや、アーネスト様を取り巻く環境等、まだまだ全然知らないことが多い。
 そんな風に思っていたら、ロキはゆっくりとステップを止めて、わたしを見つめた。


「――――主は元々、皇位を継ぐ予定ではありませんでした。皇太子――お兄様がいらっしゃいましたからね。けれど、先帝とお兄様を同時に失い、本人すら予期せぬ形で唐突に皇位を継ぐことが決まりました。
本来なら俺は、主の側近になれるような人間じゃなかった。俺は自分の親がどんな人間なのかすら知りませんから。主はそんな俺にも、居場所と生きる意味を与えてくれたんです。
皇帝になった今も――――昔のようにはいかずとも――――俺を側に置いてくれている」


 それは今にも泣きだしそうな、幸せそうな表情だった。


(同じだ)


 ロキはわたし。もう一人の自分だ。
 初めて会った時からロキに感じていた親近感はきっと、彼とわたしが同じだからこそ感じていたんだと思う。わたし達の心の中には、他人が絶対に侵せない不可侵領域――アーネスト様――が存在するから。


(ロキに出会えて良かった)


 何となくだけど、ロキもわたしと同じことを考えている気がする。満足気に微笑むアーネスト様の顔が目に浮かんで、わたしはふふ、と声を上げて笑った。
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