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29.褒めて、認めて、私を愛して

2.

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***


 ティアーシャの屋敷、フレンゼル邸は王都の郊外に存在する。
 馬車で門をくぐってから既に十分。未だ屋敷の全貌が掴めていない。車窓には広大かつ優美な庭園が広がっており、ノアは小さく息を呑む。


「どう、どう? すごいでしょう、我が家は!」

「そうですね。すごいと思います」


 興奮気味のティアーシャに対し、ノアの態度は素っ気ない。けれどそれは、興味が無いからではなく、スケッチをするのに忙しいからだ。


「たくさん描いてね! あなたの絵があれば、説明がしやすくなりますもの」


 そう言ってティアーシャは上機嫌に微笑む。


 ティアーシャの目論見はこうだ。




『最近、皆さまが私の話に飽きているようですの』

『まあ、そうでしょうね』


 幾ら話題に事欠かないとはいえ、そもそも人の自慢話を喜ぶ人間はそう居ない。最初は物珍しさや、将来的なメリットを踏まえて聞くだろうが、それらを持続させるのは難しいからだ。


『だけど、あなたの絵があれば、私の生活を疑似体験してもらえるかと思いまして』

『疑似体験?』


 思いがけない言葉に、ノアは小首をかしげる。


『ええ。私がどれだけ素晴らしさを説明しても、全く見たことがないものって想像しづらいでしょう? だけど、実際にどんな物かを見てもらえれば、それらを自分に置き換えることも容易いだろうなぁと。【このドレスや宝石、屋敷が自分のものだったら】って想像したら、絶対に嬉しい。楽しくなるだろうと思ったのです』

(……いや、それはどうだろうか?)


 ノアにはよく分からない感覚だが、そういう人も居るのかもしれない。少なくとも、ティアーシャはそう信じているようなので、疑問の言葉はそっと呑み込む。


『ですから、ディートリヒ様には私や私のもの、屋敷等を描いて欲しいと思いまして』


 期待に満ちた眼差し。彼女の原動力は『他人に認められること』に他ならなず、そのためならば何だってするのだろう。


(そんなことしなくても、皆が羨んでいると思うんだけどな)


 そう思いつつも、ノアはティアーシャに興味があった。理解が出来ないものほど描き甲斐がある。それに、綺麗なもの、美しいものは出来る限りこの目に焼き付けておきたい。


『承知しました。俺で良ければ描きましょう』

『本当ですか!?』

『ええ。だけど、貴女の婚約者は大丈夫なのですか? 俺が貴女の屋敷に出入りすることを嫌がるのでは?』


 ティアーシャには一つ年上の婚約者が居る。エミールと言う伯爵令息で、誰もが羨むような甘いマスクの男性だ。二人の婚約は学園内では周知の事実で、彼と婚約をしていることもティアーシャの自慢の一つなのだが。


『――――エミールにはきちんとお伺いを立てます。彼にダメだと言われたら諦めますわ』


 そう口にし、ティアーシャは穏やかに微笑む。らしくない表情だと感じながらも、ノアは小さく頷いた。




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