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29.褒めて、認めて、私を愛して

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 公爵令嬢ティアーシャ・フレンゼルは超が付く程の目立ちたがり屋だ。

 父親は国一番の資産家、母親は隣国出身の元王女。
 眩いプラチナブロンド、宝石のように煌めく緑色の瞳を持ち、女神のような美貌を誇る生粋のお嬢様だ。
 そんなやんごとなき生まれのせいだろうか。相当な自信家で、周囲にありとあらゆる自慢をして回っている。

 最先端のオートクチュールで埋め尽くされたクローゼットに、国宝級のジュエリーがギッシリ詰まった宝石箱。王城に勝るとも劣らない広大で豪奢な屋敷に、豊かな領地。果ては、愛らしいペットや王室御用達の茶器、美術品の数々、隣国の王族との関りに至るまで、彼女の自慢話は非常に多岐にわたる。 


(よくもまあ、あんなに話題が尽きないもんだ)


 ティアーシャをぼんやり眺めつつ、ノアは小さく息を吐く。

 貴族と言うのは見栄と嘘で塗り固められた生き物だ。虚栄を張り、体面を保ち、そうして特権を享受し続ける。
 だから、自慢話をするのはティアーシャだけではない。寧ろ、クラスの人間の殆どがそうだ。

 けれど、ティアーシャのそれは、ノアから見ても明らかに突出していた。

 いつでも、何事にも一番になれるよう、神経を研ぎ澄ましているように思うし、それだけの努力をしていることも見ていて分かる。けれど、噂話に敏感で、誰かが褒められるのを見る度に酷く傷ついたような顔をする。


(あれだけ持っているんだ。普通はもう十分だろう?)
 

 誰もが羨む程の美貌に財力を持ち、知力に優れ、あらゆる分野の才能に恵まれている。それなのに、これ以上何を望むというのだろう? ノアにはそれが不思議で堪らなかった。


「私に何か御用? ディートリヒ様」


 その時だ。
 ノアの視線に気づいたらしいティアーシャが、そう言って小さく首を傾げる。


「……いや、用という訳じゃないけど」

「でも、私のことを見ていらしたでしょう?」


 さすがは目立ちたがり屋。興味関心、好奇心と言った視線に人一番敏感だ。ティアーシャは嬉しそうに微笑みながら、ノアの元へと駆け寄る。


「私のことで何か知りたいことが有るんじゃございません? 何でも話して差し上げますわよ」

「いや、聞かなくても大体知っているし……」


 いつもそこかしこで誰かしらと話をしているのだ。直接聞く必要は無いように思う。
 けれど、ティアーシャの猛攻は止まらなかった。


「まあ! もしかしてこれ、私?」


 彼女が指さした先には一冊のノートがあり、ティアーシャの姿が繊細なタッチで描かれている。またその周りには、美しい王都の景色や、荘厳な城、愛らしい猫や他のクラスメイト達が、活き活きと描かれていた。


「すごいわ! あなたって絵がとても上手なのね」

「そりゃあ、どうも」


 興奮した面持ちのティアーシャを尻目に、ノアは淡々とそう応える。お世辞でないことぐらい、彼女の様子を見ていれば分かる。ノア自身、ある程度の矜持を持ち合わせており、謙遜する理由は何処にもなかった。


「まるで本物みたい。この猫なんて、今にも動き出しそうね」

「まあ、そう描いてますからね」


 近年流行っているのは、抽象的な絵柄だ。全く別の物にしか見えなかったり、自然界に存在しない色彩で描かれることも多い。ティアーシャが新鮮に思うのも当然だろう。


「そうだわ……!」


 ティアーシャは突然身を乗り出し、瞳をキラキラと輝かせる。何だろうと思いつつ、ノアはまじまじと彼女を見つめる。


「ディートリヒ様、私を描いていただけませんか?」

「…………は?」


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