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28.ありがとう、あなたのその表情が見たかったの

1.

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「どうして……?」


 女が声を震わせる。いつも能面のように暗い表情をした、黒髪の女だ。名前をヴィオラといい、目立たず何のとりえもない。
 唯一特筆すべき点は、見目麗しい婚約者が居ることだ。
 けれど、それも今日でおしまい。彼女の婚約者は今ここで、ローズのものになるのだから。


「どうしてですって? そんなの、あなたに魅力がないからでしょう? 盗られる方が悪いのよ」


 うっとりと瞳を細めながら、ローズは言った。
 その名の通り、大輪の薔薇のように美しい、魅惑的な少女だ。

 傍らには、ヴィオラの婚約者————婚約者だった男ホーネットがおり、静かにゆっくりと頷いている。


「そんな……嘘よね、ホーネット?」


 ヴィオラとホーネットは政略により婚約を結んだ。
 けれど、二人の仲は良好で、ヴィオラは婚約者を心から愛していた。ホーネットもヴィオラを愛していると言っていた。裏切られることなど、想像もしていなかったのである。


「悪いな、ヴィオラ。俺はローズを愛しているんだ」


 ホーネットの言葉に、ヴィオラは瞳を震わせる。絶望を塗り固めた表情。ローズは静かに口角を上げる。


「————ありがとう、ヴィオラさん。わたくし、あなたのその表情が見たかったのよ」


 いつだって無表情の面白みのない娘。そんな女が分不相応に美しい婚約者を持つ。
 自分の方がずっとずっと綺麗なのに。愛されるべきは自分なのに。
 だけど、今この瞬間から、ホーネットはローズのものになった。彼がヴィオラの下に帰ることはありえない。家格も財力も、ローズの方が上だ。彼の家とてローズとの結婚を選んでくれる。

 勝利の味に酔いしれながら、ローズは涙を流し続けるヴィオラのことを見下ろしていた。


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