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26.所詮、あなたは愛されない

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 ブリジットには婚約者がいた。名前をミカエルといい、幼い頃に父親が決めた許嫁だ。侯爵家の二男で、紛うことなき政略結婚。けれどブリジットの婚約は、彼女の腹違いの妹により、今まさに破棄されようとしている。

 ブリジットの母親は若くして亡くなった。残されたブリジットは、父親と共に暮らしていたが、すぐに後妻を迎え入れることになった。見た目は美しいがとても短気で、気の強い女性で、結婚から一年と経たないうちに、後妻は娘を産んだ。名前をスカーレットといい、こちらも勝気且つ強欲に育った。


「所詮、あなたは愛されていない子だから」


 それが後妻とスカーレットの口癖だった。
 後妻とブリジットの父親が、まだブリジットの母親が亡くなる前から愛し合っていた、というのがその理由で、毎日毎日、十年以上もの間、まるで呪詛の如く唱えている言葉だ。最初はショックを受けていたブリジットも、次第にそれが当たり前になり、18歳となった今では、全く気にならなくなってしまった。


「所詮、あなたは愛されていないのよ」


 スカーレットは今日も、意地の悪い笑みと共に、呪いの言葉を吐き捨てる。ただ、いつもと異なるのは、彼女の隣にブリジットの婚約者であるミカエルがいることだった。


「だから、わたくしが彼と婚約するわ」


 スカーレットの言葉は、そんな風に続いた。ブリジットは目をぱちくとりさせ、二人のことを呆然と眺めている。


「わたくしがミカエルと一緒にこの家を継ぎます。お父様もこのことは承知済みですわ。ですから、お姉さまはどこへなりと出て行ってください」


 父のみならず、既にミカエルの了解は取り付けているのだろう。スカーレットは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


(元々この家に私の居場所なんてなかったのだし)


 出ていけ、と言われたところで、ブリジットはそこまでショックを受けなかった。寧ろ、家を継がずに済むこと、離れられることは好都合とさえ思える。
 『娘に必要な教育を受けさせていない』――――そんな風に世間から後ろ指を指されたくない父親のおかげで、生きて行くのに必要な教育だけはしっかりと受けている。仮に身一つで追い出されたとしても、何とかできるだけの算段はあった。


「あの……私はそれで構いませんが、スカーレットは愛のある結婚をしたいのですよね? 本当にミカエルで宜しいのですか?」

「えぇ、もちろんよ。ミカエルは既に、わたくしのことを愛してくださっているんだもの。婚約者であるお姉さまではなく、このわたくしをね」


 そう言ってスカーレットは誇らし気に胸を張った。
 ミカエルは男性にして、社交界の花と謳われる程の美丈夫だ。令嬢やご婦人方から、引っ切り無しに声のかかる彼を夫にできることは、スカーレットにとって名誉なことなのだろう。


「でしたら私に異論はありません。どうぞ、二人で幸せになってください」


 ブリジットは屈託のない笑顔を浮かべ、そんなことを言う。思わぬ反応に、スカーレットは嘲る様に鼻を鳴らした。


(なによお姉さまったら。強がっちゃって、馬鹿みたい)


 ミカエルの腕を抱き締めつつ、スカーレットは勝利の味に酔いしれた。


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