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25.悲劇のヒロインぶるなと言われましたので

3.

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「御機嫌よう、カンナ――――様」


 レイラの引き攣った笑顔を目の前に、私は唇を引き結ぶ。


(……毎日わざわざご苦労なこと)


 学園内のクラスは、家柄と学力を考慮して編成されている。私とユージーンは一番上、対するレイラは一番下だ。教室だって遠く離れているし、普通はズカズカと入室なんてできない。
 因みにレイラの学力は下から三番目らしく、お金で入学を買ったと専らの噂だ。


「まあ、酷い。今日もだんまりですの? 折角こうしてお話をしにやってまいりましたのに」


 ユージーンが居ない隙を狙い、レイラはこうしてやって来る。周りから『不敬』と咎められないよう、口調だけは令嬢を気取ることにしたらしい。そんな分別を持ち合わせていたことに、私は寧ろ感心した。


「ねぇ、カンナ様は公爵令嬢でいらっしゃるんでしょう? すっごーーい。羨ましいわぁ。
あんたなんて、親ガチャ失敗すれば良かったのに」


 だけど、話の内容は相変わらず。私を罵倒するためのものだ。


「ホント、おかしな世界よねぇ。血筋だけで物事が動くんだもの。馬鹿みたいだわ。子どもがどんなに性悪でも、王太子の婚約者になれるんだもんねぇ?」

(……あほらし)


 そういうレイラの方は、成金男爵の一人娘に生まれたらしい。礼儀作法をまともに習っていないようで、立ち居振る舞いが前世から殆ど変わっていない。いつから前世の記憶があるかは知らないけど、郷に入れば郷に従えよって思う。

 その癖彼女は、前世では親の威光をこれでもかという程利用していた。社長令嬢というステイタスを用い、同級生をまるで家来みたいに扱っていた。

 完全なるダブルスタンダード。
 もしもレイラが私よりも上の身分で生まれていたら、間違いなく今とは真逆のことを口にしていただろう。


「――――いい加減何か仰っては如何です?」


 レイラは眉間に皺を寄せ、私の言葉を待っていた。
 が、生憎彼女と口を利く気はない。どれだけ挑発されようと、謙られようと、絶対に。


「酷い女。こんなのが王太子妃になるなんて、世も末ね。あたし、カンナ様に虐められてるの!って言いふらしたら、周りはどんな反応をするかしら? 王太子殿下はあんたのこと、見捨てるんじゃない?」


 ドクン。一瞬だけ胸が騒めく。
 そんな私の反応を、レイラは目敏く見逃さなかった。


「あら? あらあらあら? ……そっかぁ。嫌なんだ? 殿下に嫌われたくないんだ? それなのにあたしを無視するの?」


 愉悦に満ちた声音。出来る限り心を無にする。
 今の私は王太子の婚約者で、公爵令嬢。前世とは違う。

 前世で彼女が用いた力は、現世では通用しない。
 金持ちであることよりも、身分の方が強い。
 人が苦しんでいるのを見て喜ぶような馬鹿はこの学園には居ない――――と思う。

 無礼を働いて、評判が落ちるのはレイラの方。何も言わなければ、それだけでこの女に仕返しが出来る――――そう思っていたのだけど、嘘を吹聴されたら堪らない。


「――――礼を失している方とお話をする必要はないかと」


 こちらが悪者にならない程度に相手をすべきなのだろうか。非常に面倒だし、腹は立つけど。


「馬鹿みたいに気取った物言いね! ホントにつまらない女。いつまで悲劇のヒロインぶってんのかしら? いい加減うざいんだけど」


 水を得た魚の如く、レイラが勢いよく捲し立てる。
 つまらないなら放っておいてよ。あなたに割くだけ時間が勿体ないんだから。


「中途半端なのよ、あんた。メソメソと泣くことも出来ない。ヒールになる覚悟もない。『私は辛いことに耐えてるんです』って、そういうのが滲み出てんの。分かる?」


 だったらどうしろって言うのよ。
 レイラのものを隠したところで、悪評を流したところで、何の意味もない。寧ろ虚しくなるだけだ。


「現世では必ず、あんたのその澄ました面を、涙でぐちゃぐちゃにしてあげる。ヒロインはあたしなの。あたしが王子様を奪って、幸せになるところを見ていてよね」


 レイラはそう言って踵を返す。思わずため息が漏れた。
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