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24.その一言が聞けなくて

8.

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「借金の返済?」

「そう」


 それはジュールとノエミが晴れて婚約者となった翌日のこと。二人はテラスでお茶を飲みながら、そんな会話を交わしていた。


「なんでもステファヌ様って、昔父にお金を借りて、そのまま連絡が取れなくなった人だったんだって」

「ふぅん……そんな人が、なんで今更?」

「それが、父から借りたお金で生活が建て直せたし、事業が成功したから『恩を返さなきゃ』って思い至ったらしいの。だけど、単にお金を返すだけだと足りないだろうからって、わたしに結婚を持ち掛けたんだって」


 思わぬ事の真相に、ノエミは両親共々目を丸くした。てっきり爵位目当ての結婚だろうと思っていたので、しばらくの間返す言葉が見つからなかったほどだ。


「『別に婚約者が出来た』なんて言って、もしかしたら納得してもらえないかもって心配していたけど、杞憂だったわ。事情をお話したら『おめでとう』と言ってくださったの」


 ステファヌの使者が持参したお金は、ノエミの父親から借りたお金だ。返金の必要は無いし、ノエミとの結婚が無くなったので、利息分として祝い金を送るとも言ってくれている。


(持参金すら用意できないって思っていたけど)


 思わぬ形で何とかなりそうだ。ノエミは口の端を綻ばせる。


「ねぇ――――もしも相手が納得してくれなかったら、どうするつもりだったの?」


 ふと、不機嫌そうな声音が響き、ノエミはハッと顔を上げる。見ればジュールがノエミを見つめながら、ほんのりと唇を尖らせていた。


「どうって……わたしにはジュールがいるもの。ジュールとけっ……結婚したいからって、キッパリとお断りするつもりだったわよ」


 そう言ってノエミは、ジュールの手のひらをそっと握る。薬指には、ジュールから贈られた指輪がキラキラと光り輝いていた。

 これまでのノエミならば、己の想いを押し殺し、ステファヌの申し出を受け入れていたに違いない。けれど、ノエミは今やジュールの正式な婚約者だ。誰に遠慮する必要もないし、『ジュール以外は嫌だ』と堂々と口にすることが出来る。


「恋人って響きも良かったけど、婚約者って……やっぱり良いね」


 二人は互いを見つめながら、どちらともなく目を細める。
 ただ将来を約束しただけ。たったそれだけの違いだというのに、驚くほど気持ちが違っている。


「ねぇ、そっちに行っても良い?」


 ノエミの手を握り返しながら、ジュールが尋ねる。指を絡めつつ、愛し気に目を細めたジュールに、ノエミは困ったように笑う。


「良いけど……どうして?」


 ノエミはもう、尋ねることを躊躇わない。ジュールとの未来や、愛情、彼の全てを望んでも良い――――そう知っているからだ。


「全力で『ノエミが好きだ』って伝えたいから」


 ジュールの言葉に二人は顔を見合わせる。それから、どちらともなく小さく吹き出すと、そのまま互いをギュッと力強く抱きあうのだった。
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